192 孤独の時間
初めてドラトニスと対峙した際、去り際にみたあの醜悪な笑み。
心の底から愉快であるとにじみ出た感情が露わになっている。
刹那、俺の中に眠る魔力が可視化され、線を描き始めた。
線は勇者パーティー全員を経由し、綺麗な八芒星を描いていく。
八芒星を中心に幾何学模様が構築され、魔法陣が完成した。
ただの召喚魔法陣じゃない。
ドラトニスが神の領域に踏み込んだ、想像を絶するレベルの理論を組み込んだ魔法陣だ。
流れ込んだ知識により一部が解読できる。
これは生と死、魂に触れる魔法理論。
神でなければ扱うことが許されない、禁術を超えた禁忌の領域。
「俺の物語はまだ終わってないんだよ。これから始まるんだ」
カッと、自分ではない者の意識が入り込んでくるのがわかった。
それは孤独。
ホムンクルスとなって、永遠とも思える長い時を地下空間でたった一人過ごした記憶。
自分だけではどうしようも出来ないと理解してしまった絶望に沈んだ世界。
自害する気すら起きず、ただそこに、はっきりとした意識だけが存在した。
どれだけ努力しても報われない努力も存在する。
それを突き付けられたなら、作られた魂であっても壊れてしまう。
いいや、作られた魂だから壊れてしまったのかもしれない。
物は、壊れてしまうのだから。
壊れてしまったから、狂った時を刻み始めた。
ジュレストネレスに心の声が聞こえるよう、わざと人工の魂を細工した。
神が魂だと認識出来るよう、より本物に近い魂の形へ。
過去の勇者パーティー、現在の勇者パーティー。
帝国という国も、精霊も、神も、全てドラトニスの掌の上で踊っていた。
収まりきらない巨大な力を、壊れた掌の上で踊らせていた。
すべては、自分の理想を実現するために。
『随分いい思いをしてたようだな』
気が付けば真っ暗な空間にいた。
目の前にはドラトニスがたたずんでいる。
『勇者パーティーだけでなく他の女も誑し込んだのか? へぇ、アンナってのか。俺もタイプだ』
暗闇に浮かび上がるのは俺の経験、記憶。
ドラトニスはそれを見てベラベラと喋る。
『負けられない戦い、ね。負けてたら俺の計画がおじゃんになるから困るんだけど。てか、不完全とはいえ勇者覚醒前に自力で聖精霊召喚したのは素直に褒めてやるよ。人間だった頃の俺にはできなかっただろうな』
魔精霊たちとの激しい戦い、そしてリンシア、リリー、ニーナ、アンナたちとの思いで。
すべてがドラトニスと共有されていく。
対して、ドラトニスから流れ込んでくるのは、どこまでも続く虚無。
気を抜けば虚無に飲まれて自分を見失いそうになる。
『生身の魂でよく耐えるな、ホムンクルスでもないのに。すぐ廃人になると思ってたんだけど』
俺の十五年の人生に対して、押し付けられるのは千年を超える膨大な時間。
人生を何周しても足りない時間が、それも圧倒的な虚無が。
『ま、無事だったとしてもお前はもう用済みなんだけどな』
俺の中に。
『あの世でジュレストネレスと仲良くやりゃいいさ』
注ぎ込まれた。