177 閑話 ドラトニス
ドラトニスの眺める先に、瓶に詰められた肉塊が蠢いている。
魔王を倒した後、ドラトニスは発展する帝国で自身の屋敷の地下に閉じこもっていた。
「俺のせいだ」
魔王との戦いのさなか、ドラトニスは命を落とした。
勇者アディソンに放たれた、魔王の最後の一撃。それを防ぐために自らの命を差し出してそれと止めた。
だが、ドラトニスは今こうして生きている。
「俺のせいで……」
ドラトニスを生き返らせるため、大聖女コルネリアは命を落とした。
誰かのために自分の命を失ってもいい、そう思っていたのに。
自分のために誰かの命が失われるのは、これほどまでに重いものなのかとドラトニスは見せつけられた。
自分は勇者アディソンにこんなに重い物を押し付けようとしていたのかと、精神を病ませていった。
コルネリアの肉体は命を失ってもなお、治癒魔法を垂れ流し続ける肉塊へと変貌を遂げていた。
どんな威力の強い禁術魔法をぶつけようとも、神の領域に踏み込んだ治癒魔法を発動する肉塊を消滅させることは不可能。
眼に見えないレベルまで焼却しても瞬時に元に戻るのだ。
コルネリアの魂はここに存在しないと理解している、けれどドラトニスを生き返らせた代償は、今もなおコルネリアだった肉塊が払い続けているのだ。
まるで呪いのように。
「俺が弱かったから……コルネリアは」
――強くならなければ。
いずれ魔王は復活する。
その時、ドラトニスは新しい大魔法使いとしてこの世に生を受けることになる。
コルネリアだって新たな大聖女として生まれ変わるだろう。この肉塊を残して。
このまま何もせず余生を過ごして、魔王が復活後、生まれ変わって再び対峙した際。
「弱い俺は、同じことを繰り返すだけじゃないのか?」
力を授けた神アーネリアフィリスでさえ、邪神ジュレストネレスの完全な消滅を行うことができない。
たとえ魔王を倒したとしても、今後永遠に魔王は復活し続ける。
そうなれば、その数だけまた大聖女の肉塊を作ることになるのではないだろうか。
縛り付けられた運命からは逃れることはできない。
大魔法使いの魔力に耐えうる魂の持ち主は、ドラトニス以外にいないのだから。
「……なら、強くなるしかないだろうが」
二度と、同じ過ちを繰り返さないように。
二度と、仲間を失わないように。
「強くなればいい」
ドラトニスはそう決心した日から、死に至る日まで延々と魔法の研究に明け暮れた。
その中で、アーネリアフィリスより授けられた魔法理論を紐解いていく。
今までは授けられた禁術魔法をそのまま使用するだけであったが、理論を紐解き、自分で構築することで新たな禁術魔法を生み出せることに気が付いた。
召喚魔法に独自のルールを付け加える理論、召喚とは空間を歪める理論であることを逆手に取り編み出した転移魔法。
さらに極限まで肉体の強化を行った状態で、自らの肉体に精霊を召喚することで人間の領域を超えた力を手にすることができると知った。
けれど、そこまで強くなっても、聖剣と同じ規模の魔法を放てるようになったとしても。
肉塊となったコルネリアを消滅させることができなかった。
死者蘇生。
神ではなく、人が新しい命を生み出すことの代償は余りにも重すぎた。
ドラトニスの研究は未来永劫ジュレストネレスによる魔王復活を阻止する領域に到達していた。
もう勇者アディソンも死に、闘戦士ミミーも寿命を迎えていた。
代が進んだ帝国を治める皇帝陛下にそのことを伝え、勇者パーティー専用装備である魔道具の基礎を授けた。
来る魔王復活に備えることと並行して、命の魔法の研究も行っていた。
精霊化魔法によりドラトニスの肉体はエルフと同等のものと化し寿命も延びていたが、それでも時間が足りなかった。
大魔法使いであるドラトニスは本来、治癒系統の適性を持ち合わせていない。
そんな困難をも強引に捻じ伏せ、神から授けられた理論を紐解き続けた。
もはや新たな系統の誕生と言ってもいい。
足りない命を補うため、ドラトニスは自らの魂を人工的に作り出すことにした。
治癒魔法を垂れ流すコルネリアの肉塊を解剖し、蘇生魔法たる生命の根源に直結する理論を研究し、人工魂生成によるホムンクルスを誕生。
自らの命と引き換えに、ドラトニスはホムンクルスを創り出した。
ドラトニスはもう狂ってしまっていた。
ただ、コルネリアに謝りたい。
その想いだけで。