171 真似事
「ひとまず時間稼ぎにはなるはず」
術式を展開し、発動範囲を広げた状態で魔法を発動させた。
直後、壁を掴んでいた巨大な魔精霊シェイドの手首から先が消滅し、頭部が炸裂した。
身体を支える手を失った魔精霊シェイドは壁面に引っかかりながら凄まじい音を鳴らし、穴の奥へと落下していく。
よしよし、範囲を指定した強制転移が成功したぞ。
ドラトニスから与えられた魔法の一部に範囲を指定してその空間ごと転移させるというものがあった。
さすがに魔精霊シェイドほどの巨体全てを転移させるのは魔力が足りない。
身体の一部分、手首より先を消滅させることで壁を登る力を失わせる。
かつ、その手を魔精霊シェイドの頭部と同じ座標に転移させ炸裂させたという訳だ。
すぐに復活するだろうけど……。
「リリー、追い打ちをかけるぞ」
「ん」
転移魔法を発動し、例の二匹を呼び寄せた。
『そんなことがあって、我はアレクシス様とリンシア様に一生尽くすと決めたのだ』
『わらわもそこまで開き直れるかのぉ……むしろ一生尽くさねばどんな恐ろしいことになるか……。む、ここは……?』
黒と白のドラゴン二匹である。
どうやら雑談して仲良くしてたらしい。
ぴょんと黒ドラゴンの背中に飛び乗る。
『ア、アレクシス様……これは一体どういう状況だ……? いや、まさか……』
「戦闘だ、穴の中で空中戦になるからお前の機動力がいる! リリーは白い方に乗るんだ!」
「ん!」
『ま、待て待つんだ聞いてないぞアレクシス様! もうあの穴には潜りたくない!』
「諦めろ! どのみちアレを放置してたら全滅するんだ!」
『黒いの、オヌシも恐怖を克服できたわけではないのじゃな……』
白ドラゴンは諦めたような表情をしてリリーを背中に乗せた。
黒ドラゴンの鱗をペチペチ叩き、動かなかったら雷で焼くぞと脅したら覚悟を決めてくれた。
穴に向けて降下しようとした直後――、底の見えない暗闇から紫の光がチラついた。
「や、ば……ッ!」
超高速で転移魔法を構築する。
一秒にも満たない時間の間に紫の光は急接近し、そして――
「っぶないな!?」
間一髪、転移が間に合った。
穴の底から上空に向けて例のビームのような魔法を放ったらしい。
地面から巨大な紫光の柱が天に向かって伸びている。
光はやがて収束し、静けさを取り戻す。
『あ、がが……しぬ……死んでしまう……』
「死なせないからしっかりしろ」
しかしマズイな。
あんなビームを放たれれば穴を降って追い打ちは無理だ。
登ってきたところで再び手首より先を転移させて落とす作戦も、次は対策を取られるだろう。
魔精霊は頭が切れる、それでいて俺にも想像がつかない方法で息の根を止めにかかってくるだろう。
思考をフル回転させながら戦わな……い……と。
「嘘だろ……?」
穴の上空に、巨大な黒い人型が浮かんでいた。
先ほどまで、何も存在していなかったにも関わらず、忽然と。
魔精霊シェイドの姿が眼の前に存在する。
コイツ……俺の転移魔法を真似しやがった……!