015 皇帝陛下
「え、ちょ、まっ!?」
扉が閉まった直後、凄まじい速度と手際で男性たちに服を引っぺがされた。
身体の汚れている部分を綺麗に拭き取られ、同時並行で別の男性が新しい服を俺に着せていく。
先ほどまで着ていたのは使用人のような服であったが、今着せられているのは……どう見ても貴族が着るようなとても上等なものだ。
着替えが終わると、ボサボサになっていた髪を軽くカットされ、セットも済ませる。
わずか数分の間に鏡に映る俺の姿は別人のようになっていた。
「おまたせいたしました、アレクシス様。お召し替えが完了いたしました」
「あ、ありがとう」
なんという早業。
そして俺への対応が完全に貴族に対するソレだ。
あれ、俺は雇ってもらうために来たんだよな?
よい意味で待遇が違わないか?
部屋を出ると待っていたリンシアが「カッコよさに磨きがかかりましたね」とべた褒めだ。
……何というか、勇者の生まれ変わりとはやし立てられた時の記憶が過る。
至れり尽くせりの状況から、俺が魔法が使えるようにならないと分かった途端の手のひら返し。
周囲から冷たい視線を向けられるのには慣れているが、また同じように手のひらを返されるようになるのは……。
そう思うと心がグッと痛む気がした。
いや、以前の俺じゃないんだ。
今は禁術魔法という、かつての勇者パーティーが使っていた魔法を使える。
大丈夫、俺は今度こそ新しい人生を歩み始めるんだ。
皇帝陛下との謁見の間に案内される。
宮殿の中で、ひときわ豪華な扉の奥がその謁見の間だそうだ。
扉が開かれ、奥の様子が見える。
最奥の椅子に堂々とした覇気を放つ男性が俺に視線を向けている。
ゴクリと息を飲んだ。
こんなにも生命力に満ち溢れた人間を見るのは初めてだ。
カリスマとでもいうのだろうか。
さすがは、帝国の頂点に立つ人物。
「さあ、アレクシス様。行きましょう」
リンシアに背を押され、謁見の間に足を踏み入れた。
「お初目にかかります、オスヴァルト皇帝陛下。アレクシスと申します」
事前に伝えられていたセリフを、頭を下げながら口にした。
「面を上げよ、アレクシス」
その言葉を受け、頭をあげる。
四十代を思わせる見た目の男。
燃え上がるような赤い短髪に、深く鋭い紅の瞳。
豪勢な衣装を着こなし、皇帝陛下と呼ばれるに相応しい風貌の人物が俺に力強い視線を向けていた。
「よく来てくれた、歓迎する」
「ありがたきお言葉にございます」
「話は聞いている。かの勇者パーティ―の一員であった大魔法使いドラトニスを思わせる禁術魔法を操り。復活を遂げた魔精霊イフリートを葬りさったとな」
どうやら、事前に情報が伝わっていたらしい。
リンシアが話していた警備の人が伝えたのだろうか。
「是非ともその力を魔王討伐のために貸してほしい。アレクシス、私の配下となれ」
「はい。え、あっ、はい! お言葉のままに」
「感謝する、アレクシス」
あれ、待って。
もしかして採用?
いや、リンシアも即採用だとか言ってたけど、本当に?
あの年俸が貰えるのか?
「あの、もっと聞くこととか無いんですか?」
「リンシアは信用のおける人物だ。その人物が連れてきた人物が信用を置けないはずがないだろう」
なんだその決断力!?
というか、リンシアは皇帝陛下にそこまで言われる人物だったのか?
振り返りって背後にいるリンシアに視線を向けると、ドヤ顔でウインクしながらサムズアップしていた。
「さて、まずは見てもらいたいものがある。それを見てから、帝国について。そして勇者と魔王について詳しく話をさせてもらおう」
皇帝陛下は椅子から立ち上がり、謁見の間のさらに奥へ付いてくるように言った。