147 想定外の要求
魔精霊シェイドの体が大きくのけぞる。
その瞬間にドラゴンは全速力で穴の底にまで到達した。
「よくやったぞ、ドラゴン! 後は地上で待っとけ!」
『ぬっ、つまりそれは――』
言葉の途中でドラゴンの姿は消えた。
ここからは魔精霊シェイドの攻撃を防ぎつつ魔鉱石の捜索を行わなければならない。
移動手段ならまだしも、戦闘でドラゴンは足手まといだ。
であるから地上に帰ってもらったのだ。
まあ、足手まといとはいえ、凄まじいガッツを見せてくれた。
ドラゴンの協力無しでは底に到達するのはもっと苦労していただろう。
あとでちょっとだけ褒めてやってもいいかな。
調子に乗らない程度で。
「リンシアとニーナは魔鉱石の捜索、リリーは俺と一緒に魔精霊シェイドを止めるぞ!」
「ん!」
「わかった!」
「ご武運を!」
そう挨拶を交わした直後、超絶巨大な足が俺たちの頭上に迫っていた。
間一髪、すんでのところで回避を行う。
ズンッと魔精霊シェイドの足が地面を吹き飛ばす。
既に空が見えないほど深い穴がさらに深くなった。
リリーは、よし、ちゃんと俺についてきてるな。
こっからが踏ん張りどころだ。
リンシアとニーナが魔鉱石の捜索が行えるよう、ヘイトを俺に集める。
そう、心象魔法で威圧を行うのだ。
魔精霊であっても、いや魔精霊だからこそ威圧されれば放置はできないはずだ。
予定通り、心の底から恨みのこみ上げたような表情で俺を睨みつけてきた。
「リリー、全力で肉体強化魔法を!」
「ん!」
リリーが小さな体で俺を抱え、岩肌を削りながら迫る魔精霊シェイドの脚から遠ざかっていく。
さすがは闘戦士の肉体強化魔法だ。スピードが段違いである。
「さて、リリー頼みがある。難しいことは承知だ、俺にその肉体強化魔法を付与してくれ」
「付与……やりかたわからない……」
ズンッと巨大な拳が振ってくる。
それをリリーが俺を抱えたまま回避した。
ドラトニスの魔法理論、精霊化魔法にはリリーの協力が必要不可欠だ。
精霊化魔法は肉体強化魔法を昇華させたもの。
俺がリリーを聖精霊ヴァルキュリアに変身させた応用のようなものだ。
だが俺一人ではうまく発動はできなかった。
何故か、肉体強化魔法の精度が足りないからだ。
半端な肉体強化では精霊を自分自身に召喚した際、強度が足らずにダメージを受ける。
俺が燃え上がってしまったみたいにね。
それに耐えうるには闘戦士が用いる肉体強化レベルの精度が必要だ。
闘戦士には凄まじい補助系統の適正があることからアーネリアフィリスに特別な肉体強化魔法の術式を与えられている。
その術式をぜひとも知りたいところだが、多分リリーに術式を説明しろと言っても不可能だ。ドラトニスも複雑すぎる肉体強化魔法の術式を闘戦士ミミーから聞き出せなかったみたいだし。
だからこそ、これはリリーと共同で行う必要がある魔法なのだ。
「もし付与できたら何でも言うことを聞いてやる!」
「――! アレク約束!」
リリーがやる気になったようだ。
うん、背に腹はかえられない。
闘戦士の魔法は通常、自分以外に付与することは不可能だ。
そういった術式が存在しないからだ。
だが、ドラトニスはミミーを餌付けすることで強引に付与の方法を編み出させた。
欲望の力とは凄いと本に書かれていた。
じゃあ、凄い肉体強化が使える精霊化魔法をリリーに使えばいいじゃないかって話だが。
それをやるのはまず自分が精霊化魔法に慣れてからにしろと書かれていた。
どうやら、相手に精霊化を付与する場合は強度というか調整が難しいらしく、軽くはない怪我をさせてしまう可能性があるそうだ。
巨獣変化を聖精霊に変身させるのとは訳が違う。
聖精霊に変身すれば意識は全て聖精霊に持っていかれる。
あくまでも今の肉体に精霊の力を宿し、自分の意志で戦えるのが精霊化魔法の一番の長所とのこと。
「アレク、ホントに約束守るって約束」
「ああ、約束だ! 俺に可能なことならな!」
「リリー。アレクの赤ちゃん、欲しい」
「ほぶぐほうぁッ!」
変な声が出た。