123 今頃ドラトニスは血の涙を流してるだろう、まあ俺なんだけど
「マジか……どうなってんだこの理論……。ドラトニスは天才か? どうやったらこんな方法を思いつくんだよ……。いや、俺なんだけどさ」
本に目を通していくうちに自然と言葉が口から漏れ出していた。
そこには禁術魔法の真髄が記されている。
俺が魔精霊ウィルオウィスプと戦っている時に編み出した、聖精霊ヴァルキュリアを強制的に召喚する方法を軽く凌駕するレベルの術式理論がズラリと並んでいた。
ぶっちゃけ、今の俺では全て理解不可能なほどに複雑な理論である。
走り書きで『俺自身が聖精霊になるんだよ』と書かれているが意味がわからない。
召喚魔法を自らの皮下組織に行うことにより、肉体強化魔法を精霊化魔法に昇華させることができるとか。
その状態でオリジナルで編み出した禁術魔法を使えば聖剣に匹敵する火力が出るとか。
一冊目の内容からコレだ。
いや、あの実用書を含めると二冊目か。
もうホントに意味がわからない。
「アレクシス様、こんなところにいたんですね」
「ん、あ、リンシア」
気がつけばリンシアが研究部屋の扉を開いてこちらに視線を向けていた。
どうやら一人で俺を探しに来たらしい。
ニーナは公国をしばらく空けることになるので、その手配で忙しい。
アンナはまだ転移酔いでダウン、リリーは未だにぐっすり。
リリーがぐっすり眠っているのは精神的な披露によるものだろう。
限界を超えた巨獣変化魔法を二回も使用し、さらに肉体を聖精霊ヴァルキュリアに変化させた。
肉体の披露は治癒魔法により回復しても、急な変化で精神の方にはかなりの負担がかかっているはずだ。
ドワーフ鉱山に向かうまではゆっくり休んでもらおう。
てなわけで、準備も終わり暇を持て余していたリンシアが一人でやってきたようだ。
「ここは、なんです……? かなりボロボロで……あまり体に良さそうじゃないです。一応治癒魔法かけておきますね?」
「ああ、ありがとう。ここは昔の俺、ドラトニスが魔王を倒した後に残した研究部屋だよ」
リンシアがピクンと反応したように見えた。
「そう、ですか。ドラトニス様の。研究部屋ということは、その本は研究成果が記されたものですが?」
「うん、まさに研究の集大成って感じだね。力がなかったのがよっぽど悔しかったのかめちゃくちゃ研究してたみたいだ」
「アレクシス様は、その――……」
少し言いよどんで。
「どれぐらい、転生前の記憶があるのですか?」
少し怯えた様子でリンシアがそう言った。
どうしたんだろうか。
「かなり断片的かな。どんな人物だったかは……この本を見る限りあまりモテない人だったのかなぁとしか。ただ、強く後悔した意志は強く残ってるかな。リンシアは?」
「わたしも……そうですね。同じようなものだと思います。あの、大聖女コルネリアのことは覚えていたり……?」
大聖女コルネリアは……リンシアの前世か。
「なんとなく面影、というか。うっすらと覚えているような……?」
「……そう、ですよね。覚えてはいないですよね」
なんだかリンシアがシュンとしてしまった。
正直、大聖女コルネリアがどんな人物であったのかはわからない。
知っているのは勇者パーティーの一員として魔王に立ち向かった大聖女であるということ。
だが、どうやら、リンシアは以前の記憶が俺よりも残っているのではないだろうか。
そうでなければ、過去の記憶が残っているか聞いて、あんな反応をするはずがない。
大聖女コルネリアと大魔法使いドラトニスの間に何があったのかは知らない。
もしかすると、ドラトニスが凄まじく後悔していた過ちに繋がっていたのかもしれない。
でも。
「確かに俺もリンシアも、大魔法使いと大聖女の生まれ変わりかもしれないけど。俺は俺だし、リンシアはリンシアだ」
「……アレクシス様」
「過去はどうであれ、今、俺はリンシアを愛してる」
「――――っ!」
ほうれ、真っ赤に茹で上がったリンシアの完成だ。
本を本棚に戻し、リンシアのプラチナブロンドの髪を優しく撫でる。
巨大なたわわを押し付けられた。
素晴らしい。
「わたしったら、ちょっと不安になっていました。ええ、わたしが今愛しているのはアレクシス様です。他の誰でもなく、目の前にいる、アレクシス様だけです」
腰に手を回しながら、リンシアが俺に覆いかぶさった。
やけに今日は押しが強い。
色々思うことはあるのだろう。
けど、俺と共に歩む時間だけは、そんな不安を取り除いてあげられるようにしてあげたい。
そう思う。
ジメリとした部屋の中で、荒い息遣いを感じた。
いつもと違う環境でというのも悪くない。
かなり張り切ってしまった。