117 第二章 エピローグ
帝国の皇帝陛下オスヴァルトに第四柱・魔精霊ウィルオウィスプの討伐が完了したとの報告が入った。
その報告に、今日何度目かわからないため息をオスヴァルトは吐いた。
今度こそ不安ではなく、安堵によるものだ。
冷静で心を乱すことが少ないオスヴァルトだが、魔精霊ウィルオウィスプが出現したと報告があった時は、流石に驚きを隠せなかった。
だが、勇者ニーナを仲間に引き入れ、全員が揃った勇者パーティーはそんな困難な状況も切り抜けてみせた。
あまりにもイレギュラーな状況にも関わらずだ。
勇者ニーナが真に覚醒し、力を発揮することができれば苦戦する戦いではないと思われたが、戦闘の直前までニーナは戦える状態ではなかったはずだ。
にも関わらず、魔精霊ウィルオウィスプは聖剣による圧倒的な力で葬られたという。
一体、ニーナにどのような心の変化があったのか。
離れた地で様々な調整を行っているオスヴァルトがその理由を知るのはもう少し後である。
実はニーナがアレクシスに惚れており、その気持が爆発して覚醒したと知ったとき、オスヴァルトは案の定だと思うのであった。
ニーナの覚醒が魔精霊ウィルオウィスプ討伐に大きく貢献したこともさることながら、オスヴァルトが驚いたのがアレクシスが第四柱・聖精霊ヴァルキュリアを召喚したことだ。
以前の大魔法使いドラトニスは第三柱・聖精霊リヴァイアサンまでなら召喚することができた。
だが、第四柱・聖精霊を召喚することはできず、第五柱・聖精霊も含めてその正体は未知であった。
魔王を追い詰めたのは、勇者の力のみであったのだから。
そうではいけないと、先代の勇者パーティーは後悔していた。
それでは、魔王の――その先を討ち滅ぼすことはできないのだと。
代々、皇帝陛下にそう語り継がれてきた。
アレクシスは不可能を可能にしてみせた。
現在の魔力量では絶対に召喚不可能だと思われた第四柱・聖精霊ヴァルキュリアを、召喚してみせたのだ。
控えめに言って、異常だ。そうオスヴァルトは感じた。
明らかに以前の大魔法使いとは違う。
それは敵にも言えることではあるが。
そもそも、第四柱・魔精霊ウィルオウィスプがこんなにも早くに出現したという事実が信じられないほどなのだ。
あの魔王でさえ、ギリギリで、ほんの短い時間しか召喚できなかったと記されていた第四柱と第五柱。
その第四柱を強制的に成長させる魔王の魔力量は……前回の比ではないということは明らかであった。
にも関わらず、魔王は姿を表さない。
一体何を企んでいるのか、オスヴァルトは熟考する。
オスヴァルトは地図に描かれた魔精霊の出現箇所を再度確認する。
魔王は勇者パーティーの覚醒に合わせて魔精霊を出現させていると思っていたが、事実そうであるが。
本当にそうなのだろうか。
何か見落としていることがあるのではないかと――、
「待て」
オスヴァルトの額に、一筋の汗が流れた。
第一柱・魔精霊イフリートの出現箇所は帝国の西に位置する王国。
第二柱・魔精霊シルフィードの出現箇所は帝国の東に位置する獣人王国。
第三柱・魔精霊ウンディーネの出現箇所は帝国の南西に位置する海域。
第四柱。魔精霊ウィルオウィスプの出現箇所は帝国の南東に位置する公国。
どの場所も帝国から均等な位置に存在し、そして、等間隔に帝国を囲っている。
――まさか、これは。魔王は、いや。邪神ジュレストネレスは最初からこれを狙っていたというのか?
オスヴァルトから流れる汗は止まらない。
この推理が正しければ、次に第五柱・魔精霊シェイドが出現するのは帝国の北、ドワーフ鉱山とエルフの森付近ということになる。
出現場所が絞れたのはいい、だが、そうなれば。
「全方位から、帝国が囲まれている。等間隔に、魔力を繋ぐように」
魔法陣。
その布石なのではないかと、オスヴァルトは感じた。
邪神ジュレストネレスは、帝国に何かを仕掛けるつもりだ。
「オスヴァルト皇帝陛下、追加でご報告が」
「何だ」
オスヴァルトは心の内に渦巻く不安を悟られないよう切り替えて密偵の報告を耳にする。
「聖剣が、折れました」
「――おごふッ!」
さすがのオスヴァルトも、その報告には冷静でいられなかった。