116 あっ……
ふわりと、ニーナが舞い降りてきた。
紛れもなく神の遣い……いや、女神そのものだと比喩してしまうほどの。
戦いが終わったにも関わらず、勇者としての風貌は俺の眼を釘付けにした。
「みんな、遅くなってごめん。無事で良かった」
その言葉は本当に俺たちのことを案じてくれているのだと感じた。
「ニーナ、ありが――」
ありがとうと伝えるのは簡単だ。
けれど、それを伝えれば俺は今後。
以前と同じ過ちを繰り返してしまうのではないかと不安に駆られた。
ニーナに、勇者の力に依存してしまうのではないかと。
それでは、駄目なのだ。
悔しさを胸に秘めて、心を抑え込んではいけない。
だから、魔王を完全に滅ぼすことができなかったんだ。
覚悟を決めろ、そして限界を決めるな。
俺は俺にしかできないことをやるべきだろう。
「俺は弱い」
「アレクシス……?」
勇者や魔王の力に比べれば、俺の力は圧倒的に弱い。
「だけど、だからこそ。俺は強くなる、今度こそ足を引っ張るようなことはしない。勇者と……ニーナと肩を並べて戦えるようになるから。釣り合いの取れる力を身につけるから、それまで、少しだけ待っていてくれ」
俺にならできる。
そう覚悟を決めてニーナに思いを告げたが……なぜかニーナが絶望的な顔になっていた。
え、なんで?
「べ、別にアタシは今のアレクシ――」
「さすがはアレクシス様です、惚れ直しましたよ? それに、わたしだってこんな程度で終わる女ではないと見せつけてやりますから。抜け駆けはさせません」
「リリー、濡れた」
ニーナが小さめの声でごにょりと何か伝えようとしたが、リンシアとリリーの声に遮られてしまった。
二人はぎゅっと寄り添ってくる。
というかリリー、空気を読みなさい。
まあでも、強くなりたいと思っているのは二人も同じようだ。
勇者の真の力を目の当たりにして、それでいてその力だけに頼ろうとはしない。
きっと二人とも、俺と同じように知っているのだろうから。
「あの――!」
ニーナが少し大きな声でそう言った。
なぜが少し頬を赤らめ、体をもじもじとさせながら聖剣をブンブンと振っている。
危ないなおい!?
「ど、どした、ニーナ。落ち着け、危ないから、ソレ」
「え、あ、ご、ごめん。あの、そのね……」
聖剣を振り回すのはやめたが、顔は更に赤く染まっていく。
「えっと、強くなるために頑張る姿も素敵だなぁと思ったりするけど、ね、その。今のままのアレクシスでも、アタシ、えっと……いいかなぁって」
「駄目だ、俺は強くならないといけない。今のままじゃ自分を許せない」
「そ、そういう意味じゃなくって!」
なら、どういう意味なのだろうか。
「だからその、アタシ、アレクシスのことが――す……」
――ピシッ。
ゾッとするような音がニーナの言葉を遮って響いた。
え、なんですかその凄く嫌な予感のする音は。
全員の視線が聖剣カラドボルグに向かう。
なにせ、音の発生源が聖剣カラドボルグであったのだから。
「ふえっ……?」
そう、気の抜けた声をニーナが漏らした瞬間。
パキンと聖剣カラドボルグの刀身が中央部分から折れてしまった。
聖剣が。
折れてしまった。
「ふ、ふえええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――――――――――っ!?」