115 大魔法使いアレクシス
それが現実だとは思えなかった。
夢でも見ているように感じる。
俺に背を向けて聖剣を握る勇者の姿に、微かな懐かしさを感じた。
「ニー……ナ……」
「後は任せといて」
そう言い放った直後、ニーナの姿が消える。
風圧すら起こさず、ニーナは魔精霊ウィルオウィスプに向けて跳躍していた。
魔精霊ウィルオウィスプはさらに魔剣を召喚していく。
それに加え、先ほど弾かれた魔剣も動き出し、ニーナに向けて一気に飛翔し始めた。
眼に映るのは赤い閃光。
ニーナが移動に尾を引くように赤い光が残る。
もはや生物に可能な動きではない。
迫り来る魔剣を掻い潜り、色とりどりの魔法を用いて距離を詰めていく。
一体、ニーナになにがあったというのだ。
本当に、歴戦の勇者であるような。
『――ドラトニス』
そう、声が聞こえた気がした。
俺の記憶……いや、違う、大魔法使いドラトニスの……?
声と同時に、絶対的な信頼感を覚えた。
アディソンに……いや違う、ニーナであれば必ず希望をつかみ取れるのだと。
俺自身がそう感じた。
ニーナは聖剣を振り上げ――魔精霊ウィルオウィスプの右腕をスパンと切断してみせた。
巨大な腕がゆっくりと落下していく。
腕を斬り落とされても魔精霊ウィルオウィスプは攻撃の手を緩めない。
無数の剣が小さな少女目掛けて振りかざされる。
が、ニーナにそんな攻撃は届かない。
本来の力を取り戻した勇者に、魔精霊ごときが敵うはずがないのだ。
勇者と魔王は対になるもの。その強さをマジマジと見せつけられている。
『テ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛√﹀╲_︿╱﹀╲/╲︿_/︺╲▁︹_/﹀╲_︿╱▔︺╲/————ッ!!』
もはや成すすべはない。
無限に生み出させる魔剣も、大地に巨大な穴を空けるような禁術級の大魔法も、ニーナにとってそよ風でしかない。
次元が違いすぎる。
おろおろとしていて、魔法も聖剣も上手く使えなかったニーナはもういない。
俺達に追い付くと宣言して、一瞬にして追い越してしまった。
ほんのりと蘇った記憶。
俺が大魔法使いドラトニスだった時の記憶。
アレクシスとして生まれ変わる前の俺。
その時の俺は、諦めていた。
絶対的な力を持つ勇者と肩を並べることを諦めていた。
凄まじい威力の禁術魔法を使おうとも、結局は勇者のお供でしかない。
そう考えていた。
バカじゃないのか。
悔しさを押し殺して。
それを悟られないように、おふざけをしながら。
明るく振舞って。
バカだ、ドラトニスは本当にバカだ。
大バカ野郎だ、何が大魔法使いだよ。
諦めていたから魔法の発展をできなかったんだ。
だから、なかなか聖精霊を召喚できなかったんだ。
その悔しさを俺は覚えてる。
覚えてるからこそ、今度こそ勇者の、アディソンの。
違う、勇者ニーナの役に立つだけじゃない、ニーナと肩を並べて戦えるように。
初級魔法すら使えない落ちこぼれと呼ばれても――、だからこそ俺は魔法の研究をし続けたんだ。
ここで止まる訳にはいかない。
勇者の力をしっかりと眼に焼き付けろ。
俺はここで終わるような男ではない。
俺は――。
『――大魔法使いアレクシスだ』
光の籠った聖剣カラドボルグが魔精霊ウィルオウィスプに振りかざされる。
その一撃は世界を震わせ、空を埋め尽くしていた魔王の魔力をスパリと割った。
空が割れた。
覗かせるのはどこまでも続く青と、煌々と輝く太陽の光。
第四柱・魔精霊ウィルオウィスプは影すら残さず、この世界から完全に消滅した。