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禁術の大魔法使い  作者: うぇに
第二章
114/200

114 閑話 ニーナ・シュレンドール後

 ニーナは神、アーネリアフィリスの信託を受けていた。

 アレクシスに向けて無意識に魅了を放ちつつ、転移でやってきた帝国宮殿の中庭、そこに刺さっていた聖剣カラドボルグを引き抜いたときだ。


 その圧倒的な存在の言葉により、ニーナは何者であるのかを改めて知った。

 勇者とは、何をなすべきなのか。

 自分に秘められた力と、アーネリアフィリスにより授けられた禁術魔法。

 全ては、魔王を――その先に存在する者を討ち滅ぼすために。


 だが、全てを理解することはできなかった。

 五年も引きこもりを行い、まだ修復が完了していない状況の心では全てを受け入れることができなかった。

 力の全てはニーナの中に存在する。

 だが、その力の全てを引き出せない状況に陥っていた。


 ――本当に、いいのかな……。


 無能だと思っていた自分が、魔法を使うことのできる勇者だと知った。

 勇者パーティーであるアレクシス、リンシア、リリー。そして、アレクシスにやたらベタベタしてちょっとイラッとするアンナ。(悪い人だとは思ってない)

 みんな、自分に好意を向けてくれている。


 ニーナは迷っていた。


 その好意を素直に受け取っていいのだろうかと。

 家族から向けられていた好意を拒絶したのは自分自身だ。

 今更、差し伸べられた手を握っていいのだろうかと。


 迷いは、魔法の発動に支障を及ぼす。


 ニーナはワザとやっている訳ではない。

 だが、自分が思い描いた術式を上手く選ぶことができなかった。

 心の中で引っかかる迷いが、そうさせていた。


 拒絶されたくない、かといって好意を向けられるだけの器かと言われるとニーナは自信を持つことができなかった。


 やがて、覚醒した力を使いこなすことができないまま時が過ぎ。

 勇者とその仲間たちを殺すため、魔精霊ウンディーネが動き出す。


 戦いには連れていけないとアレクシスに言われたとき、ニーナはついに匙を投げられたのだと思った。

 でも、非力なのは自分だ。

 心を迷子にしたまま、甘えていたのは自分だとも思った。


 何も言い返せない自分が悔しくて悔しくて、目に涙を浮かべるほどの感情の高ぶりを感じた。


 その時だ。


「ニーナ、俺達は仲間だ」

「へ……」

「仲間だからこそ、今はニーナを守る。そして、いずれ来る時の為に道を用意する」


 力強く、真っ直ぐな目でアレクシスはそう言った。


「ニーナにできることをするんだ。俺にはできなくて、ニーナにしかできないことを」


 自分にしかできないことを。

 その言葉はニーナの心に深く突き刺さり。

 そして微かに、迷っていた自分に対して、一筋の光を差し込ませた。


「アタシ、すぐ追いつくから! みんなの役に立てるよう、頑張るから! 待ってて!」


 戦いに向かう三人に、ニーナは思いをぶつけた。


    ◇


 熾烈な戦いが繰り広げられていた。

 ニーナは少し離れた安全圏から、先程から急に使えるようになった禁術級の肉体強化魔法で視力を強化しながら様子を伺っていた。

 覚醒は、ニーナの気が付かないうちに進んでいる。


 何度かヒヤッとすることもあったが、海上で荒れ狂う巨人と巨龍たちとの戦いに目を奪われた。

 ――アタシの仲間は、こんなにも強いんだ。

 追いつかないと、守ってもらっている立場で満足していてはいけない、みんなを守れるだけの力を身に着けなければ。

 そう、ニーナは覚悟を決める。


 やがて、魔精霊ウンディーネは滅び決着がついたと思われた。

 心からの安堵を感じる。


 だが、その安堵は瞬時に崩れることになる。

 雲が晴れた空に広がるのは漆黒、そして邪悪な光を放つ魔法陣。

 あれが良くないものだということは、ニーナも一瞬で察知した。

 今すぐ駆けつけなければいけない。


 魔法陣から第四柱・魔精霊ウィルオウィスプが出現する。


 アレを倒すには勇者である自分でなければ――さもないと、アレクシスが死ぬ。

 密かに思いを寄せている(と勝手に思っているが、リンシアとリリーからすればガッツリと惚れているようにしか見えない)アレクシスが死んでしまう。


 けれど、アレクシスは予想を裏切る。

 まだ自分では召喚は無理だと言っていた第四柱・聖精霊ヴァルキュリアを召喚してみせたのだ。

 不可能を可能にしてみせた。


 だが、敵もまた一筋縄ではいかなかった。

 空を埋め尽くす黒が、魔精霊ウィルオウィスプに注がれ、絶望が空間を支配する。

 眩い魔法陣が数え切れないほどに出現し、魔剣フラガラッハが召喚されていく。

 勢いよく降り注ぐ魔剣を見て、ニーナは永遠にも思える時間を感じ取った。


 ――知ってる。


 ニーナは、この光景を知っていた。

 目の前の光景が、自分の奥底に秘めた何かと重なる。

 失ってはいけない、失いたくない。

 その思いが、ニーナの心を焼き固めた。


『そんな顔するなよ、俺は死ななかっただろ。な、アディ』


 それは声。

 ひどく懐かしく、そして愛おしい。

 けれど、これはニーナの記憶ではない。


『そう言って、ドラトニスは今回だけじゃなく前回も死にかけてたじゃない! コルネリアが治癒してくれなかったらどうなってたと思ってるのよ! ミミーもなんとか言ってよ!』

『まあまあ、アディソンさん。落ち着いて、ドラトニス様もこうして生きてることですし』

『ドラドラ、ミミーを残して死なない。安心』

『んもー! みんなドラトニスに甘すぎるのよ! ……あ、アタシだって。その……ドラトニスを……』


 かつての勇者、アディソンのものだ。

 まるで胡蝶の夢のように追体験したソレは紛れもなく、過去に起こっていたやり取りであり。

 そして勇者アディソンも自分と同じように。


「違う」


 ニーナは、それを否定する。

 あれはアディソンの気持ちであって、ニーナの気持ちではない。

 勇者の意思を継ぎ、聖剣を手にするニーナだが。

 確かに勇者の生まれ変わりであるニーナだが。

 ニーナはニーナであり、アディソンではない。


「アタシが好きなのはドラトニスじゃない――」


 アレクシスを、愛している。

 きっかけは心象魔法による魅了だったかもしれない。

 けれど、どん底にいたニーナの心を、確かに救い出したのだ。

 その後も、魅了なんて使わずともアレクシスはニーナをどんどん夢中にさせていった。


「だから」


 ――好きな人ぐらい、自分で守らないと。

 ――だって、アタシは記憶の中じゃなく、今を生きる勇者なんだから。


 気がつけば体が動いていた。

 降り注ぐ魔剣をくぐり、一直線へ愛しの彼の元へと向かう。

 腰に携えた聖剣カラドボルグを握り――、




 ――――抜刀――――。



 たったの一太刀で、数え切れないほどの巨大な魔剣の雨を全て弾き飛ばしてみせた。


「アレクシス、あなたはアタシが守る。だって、アタシたち、仲間でしょ?」


 そこに困った顔の少女はいなかった。

 誰が見ても彼女こそが勇者であると口にするカリスマを放ち、希望の光であると。


 ――うぐぐ、やっぱり顔を見ると恥ずかしくて愛してるなんて言えなかった……。

 ――戦いが終わったら……ちゃ、ちゃんと想いを伝える……予定だし……。


 内心、ちょっぴり後悔しているだなんて、今のアレクシスには想像もできなかった。

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