112 ヒロイン
純白の鱗で身を包む巨龍。
その神々しさは、言葉に形容しがたいもので。
第三柱までの聖精霊とは次元が違うことが一目でわかった。
俺の頭の中で繋がった一筋の光。
第四柱・聖精霊ヴァルキュリアを召喚することは不可能。
魔力が足りないからだ。
では、足りない状況でも発動させるにはどうすればいいか。
答えは見ての通り、巨獣化したリリーを媒体とし、存在を昇華させることだ。
リリーの魔法は自分の肉体を禁術魔法によって一時的に作り替えるもの。
魔力の続く限りその姿を維持することができる。
では、その作り替える術式に俺が少し手を加えればどうなるか。
聖精霊ヴァルキュリアの存在を概念として構築し、その術式をリリーの“巨獣変化魔法”に組み合わせる。
そうすることにより、リリーの“巨獣変化魔法”は“聖精霊変化魔法”へと昇華し、この世界に聖精霊ヴァルキュリアを具現化させることに成功したのだ。
これであれば、聖精霊ヴァルキュリアをゼロから肉体を構築して召喚する必要がない為、俺の魔力とリンシアの補助を合わせてギリギリ実現可能だった。
禁術魔法を授けてくれたアーネリアフィリスも、こんな方法は思いつかなかっただろう。
俺だからこそ、できたことだ。
人間を、なめるなよ。
『RYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA————————————ッ!!』
聖精霊ヴァルキュリアの咆哮に、魔精霊ウィルオウィスプは表情を歪める。
そうだろう、予想外の状況だろう。
なにせ同位存在、それも成長前の魔精霊ウィルオウィスプと違い、俺とリンシアとリリー、三人の魔力を最大限に消費して具現化した、本来の力に近い聖精霊ヴァルキュリアなのだ。
魔精霊ウィルオウィスプが魔剣を握る手に力を籠め、聖精霊ヴァルキュリアに向けて振りかざす――、が。
その剣は容易く振り払われる。
振り払った聖精霊ヴァルキュリアは————魔精霊ウィルオウィスプの首筋に勢いよく噛みついた。
『テ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛√﹀╲_︿╱﹀╲/╲︿_/︺╲▁︹_/﹀╲_︿╱▔︺╲/————ッ!!』
悲痛であり、悍ましく、鼓膜が破れそうな魔精霊ウィルオウィスプの叫びが響いた。
効いている、対抗できている。
それどころか、リリーが昇華した聖精霊ヴァルキュリアは魔精霊ウィルオウィスプを押している。
勝てる。
勝てるんだ。
「いけええええええええええぇぇぇぇ————ッ! リリ————————————ッ!」
『RYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA————————————ッ!!』
聖精霊ヴァルキュリアは魔精霊ウィルオウィスプを食いちぎり、引き裂いていく。
再生しても、何度も何度も、再生が間に合わないほどに。
海が、真っ赤に染まっていく。
あぁ、でもどうしてだ。
この晴れない不安の種は。
状況は逆転したというのに、俺の心は不安に塗りつぶされそうであった。
その不安の通り、また、状況は変わっていく。
空を埋め尽くしていた真っ黒な魔王の魔力が一気に魔精霊ウィルオウィスプに注がれている。
魔王が、魔精霊シルフィードを強制的に成長させたときのように。
ドクンと脈打った魔精霊ウィルオウィスプが食らいつく聖精霊ヴァルキュリアを引き剥がした。
直後、魔精霊ウィルオウィスプの肉体が肥大化していく。
おい、嘘だろ。
俺達を殺すために、第四柱の魔精霊すら使い捨てるっていうのか?
その全長はもう理解の及ばない範疇だ。
百メートルを超えているのではなかろうか。
黒いオーラを身に纏いう魔精霊ウィルオウィスプの周囲に召喚魔法陣が数えきれないほどに出現した。
魔方陣、それぞれから魔剣フラガラッハが召喚されていく。
数えきれない魔剣が、空を埋め尽くしていた。
ここまでやったのに、限界を超え、聖精霊ヴァルキュリアを具現化させたというのに。
まだ届かないのか?
圧倒的に体格の差がついた魔精霊ウィルオウィスプに聖精霊ヴァルキュリアの攻撃はもう届かない。
魔精霊ウィルオウィスプの命が尽きるまで耐えきるか?
魔精霊シルフィードですらあれだけ粘ったんだぞ。
悪いことは重なる。
時間制限が来た。
リリーは聖精霊ヴァルキュリアへの変身を維持することができず、元の姿に戻ってしまった。
ここにきて、あと少しだったのに。
絶望なんて生ぬるい。
「ぐ、ぎ…………い…………い————ッ!」
食いしばりすぎて、奥歯が砕けた。
諦めてなるものか、ダメなら次の手を。
ここで諦めてなるものか————ッ!
諦めて————…………。
無数の巨大な漆黒の剣が、まるで雨のように俺達に向けて降り始めていた。
周囲に突き刺さる剣は地形を瞬く間に変えていく。
そして、俺の頭上にも。
死。
どうしようもない死を感じた。
だが、その死は訪れることが無かった。
目を疑った。
今しがた目の前で起こったことを信じることができなかった。
赤い髪をなびかせる少女が、聖剣を手に俺に背を向けている。
凄まじい勢いで迫ってきていた魔剣フラガラッハは聖剣の衝撃波により勢いを失い、次々に海へと落下していく。
「アレクシス、あなたはアタシが守る。だって、アタシたち、仲間でしょ?」
ニーナが顔だけを俺に傾け、そう言った。