109 第四柱・魔精霊ウィルオウィスプ
いつの間にか、嵐は止んでいた。
まだ荒れている海面に浮かぶのは、四肢を失った魔精霊ウンディーネ。
『ル゛……ア゛……ア゛』
もう身動きをすることも出来ない様だが、その瞳に浮かぶ呪いとも形容できる恨みの籠った光が不気味で仕方なかった。
どうして、そこまでして世界を滅ぼそうとするのか。
どうして、こもまでの恨み諂いを込めた眼で世界を憎むのか。
魔王は、なぜ世界を滅ぼすのか。
俺には理解できない。
聖精霊ジンと、聖精霊リヴァイアサンが大きく息を吸い込んだ。
今度は途中で消えるという事もなく。
二体から放たれた次元の違う威力を持ったブレスは————跡形もなく魔精霊ウンディーネを消滅させた。
立ち上った水しぶきが雨を降らせた。
勝った。
勝ったぞ。
今回も乗り越えた。
俺達の力が、魔王の配下である第三柱・魔精霊ウンディーネを打ち破った。
「は……はは……」
乾いた笑いがでた。
覚悟はしているつもりだった、でも、やはり。
あの恨みの籠った眼は恐ろしい。
「アレクシス様、大丈夫ですよ。わたしも、リリーさんも。それにアンナさんやニーナさんだっていますから」
そっと寄り添って手を握ったリンシアがそう言った。
「ぷいぷい」
反対側の手を、リリーが手を繋ぐ。
そうだな、ぷいぷい。ぷいぷいだ。
よく分からんけど。
覚悟という点では、劣っているつもりは無い。
だが、俺は死ぬつもりは無いのだ。
敵は、たとえ自分が死んだとしても世界を滅ぼそうとしている。
敵の覚悟の方が上で、そして有利なのだ。
俺達が死ねば、すなわち世界が滅びるのだから。
空を見上げると、雲の合間から日の光が差し込んでいた。
————待て、違う。
雲の合間から差し込んでいるのは太陽から発せられる光ではない。
凄まじい勢いで雲が晴れていった。
本来、青いはずの空は——、真っ黒に染まっている。
夜なんて生易しい物ではない。
光を通さない、漆黒の、可視化された魔王の魔力が空を覆いつくしていた。
その魔力の下に、煌々と輝く超絶巨大な魔方陣が浮かんでいる。
複雑な幾何学模様が刻まれ、魔方陣を構築する術式は、やはり見覚えのあるものであった。
「————召喚……魔法……?」
刹那、超絶巨大な魔方陣から何かが射出された。
『GYURUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU――――――――――――!?』
『BGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――――――――――――!?』
聖精霊ジンと聖精霊リヴァイアサンが悲痛な叫び声をあげる。
その胴体には——、魔剣フラガラッハが突き刺さっていた。
二体の聖精霊は光の粒子となって消滅していく。
嘘だ。
まさか。
このタイミングで仕掛けてきたのか?
魔王は、最初からこれを狙ってたのか?
俺達が魔精霊ウンディーネで消耗するのを、待っていたとでもいうのか?
発行する魔方陣から信じられないほど巨大な手が出現する。
手は下に伸びていき、やがて腕、頭、胴体、腰部、足と、順番に肉体が具現化されていく。
逆さを向いた白く光り輝く巨人は、聖精霊に止めをさした二本の魔剣をそれぞれの手で握り、正位に戻る。
全長にして五十メートル以上の巨人。
先ほどまで暴れていた魔精霊ウンディーネの比じゃない。
デカすぎる。
『テ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛√﹀╲_︿╱﹀╲/╲︿_/︺╲▁︹_/﹀╲_︿╱▔︺╲/————ッ!!』
その巨人の表情は、醜悪な笑みで歪んでいた。
「第四柱……魔精霊……ウィルオウィスプ……」
リンシアとリリーと繋がっている手に、力が入らなかった。