108 魔剣フラガラッハ
状況だけを見れば、一方的な虐殺、その一言だ。
二体の聖精霊に翻弄され、魔精霊ウンディーネは傷ついていく。
まあ、即座に治癒してるみたいだけど。
魔精霊ウンディーネを葬るには強烈な一撃を与えなければならない。
すなわち、明確な隙を突かなければならないということだ。
いくら聖精霊二体といえど、魔精霊を一撃で葬るには溜めが必要だ。
ウンディーネが元気な状況ではその溜をするタイミングを確保できない。
そう、ボコって魔力を減らし、殺るのだ。
攻撃を受けながらも魔精霊ウンディーネは藻掻き、海底をどんどん深く掘り下げていく。
俺の召喚した聖精霊もそのままだったら、さらに悲惨なことになってただろうな。
この周辺の地図が変わってしまう。
事実、過去の勇者と魔王の戦いで地図が変わった場所もある。
その名残が今も深く爪痕を残しており……地味に観光地となっていたり。
俺の先代の大魔法使いであるドラトニスは、術式にアレンジを加えていなかったのかもしれない。
「アレク」
「どうした、リリー」
「あれ、なんだろ」
リリーが指さしながらそう言った。
指の先に視線を向けてみると——、魔方陣……?
青黒い魔方陣が宙に浮かんでいた。
何だ、あれは、いつのまに?
誰が用意をした?
俺が発動したものではない、つまり聖精霊が使用したものではない。
もちろんリンシアやリリーでもない。
ということは。
『ル゛ア゛ア゛————』
考え得る可能性の対象に視線を向けた瞬間、俺に向けて魔精霊は笑みを零していた。
刹那、魔方陣が発光する。
そこから出現したのは漆黒の剣。
黒いオーラを纏った剣であった。
「あれは……まさか魔剣ですか? そんな、どうして……」
リンシアがそう言った直後。
剣は、俺達に向けて勢いよく射出させた。
————マズイ。
魔精霊ウンディーネが攻撃を受けながらも魔法を準備していた!?
そして飛翔してくる剣は途轍もなく巨大だ。
人間サイズではない、巨人が持つような剣だ。
切り裂かれる以前に潰される!
即座に術式を構築した。
間に合うか。
いや、間に合わせなければ————死ぬ。
巨大な漆黒の剣が迫り、結界魔法をいとも簡単に砕いた。
鋭い剣先が俺の目前に到達したところで————、ふっと視界が開ける。
「間に……合った——」
視界が明滅した。
一気に魔力を消費したので身体に力が入らない。
巨大な漆黒の剣が到達する寸前、強引に転移魔法を発動させて飛ばした。
かなりギリギリだった。
下手したら魔力不足で死んでたぞ。
いや、何もしなければ死んでたので、やらなきゃいけなかったんだけどさ。
そして、転移させた剣は。
『ル゛……ア゛ア゛……』
魔精霊ウンディーネの腹部を貫いていた。
即席転移だったので、うまく飛ばせるが不安だったが、うまくいったらしい。
しかし、今しがた魔精霊ウンディーネが展開した魔方陣。
あの術式はどう見ても転移魔法であった。
そして漆黒の巨大な剣の特徴。
あれはどう見てもリンシアの言う通り魔剣であると思われる。
帝国に残された資料に載っていたものだ。
第四柱・魔精霊が使用していたとされる“魔剣フラガラッハ”だ。
勇者の持つ聖剣カラドボルグに匹敵するとも記されており、かつて聖剣と魔剣がぶつかった際は空が割れたとも。
それを、魔精霊ウンディーネは召喚したとでもいうのだろうか。
確実に俺達を殺そうという魂胆で。
第三柱が、第四柱の武器を使った。
以前の勇者の時代では考えられないことが起こっている。
すなわち、魔精霊シルフィード戦の時と同じように。
魔王による干渉である可能性が高い。
『ル゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛√﹀╲_︿╱﹀╲/╲︿_/︺╲▁︹_/﹀╲_︿╱▔︺╲/————ッ!!』
魔精霊ウンディーネが腹部に刺さった魔剣を強引に引き抜き、ブンブンと振り廻す。
そのたびに傷口からどす黒い血液をまき散らした。
先ほど魔剣を召喚したことにより、もう治癒する魔力が残っていないのだろう。
俺達と刺し違えるつもりだったのか。
自分の命を犠牲にして、本気で俺達を殺すつもりだった。
ああ、シルフィードの時と同じだ。
魔精霊ウンディーネも死ぬ気で世界を滅ぼそうとしている。
だが、その攻撃は俺達には届かなかった。
聖精霊ジンと聖精霊リヴァイアサンの攻撃により、ウンディーネの肉体は崩壊し始める。
もはや隙を見せるつもりは無いらしい。
狂ったように剣を振り廻すウンディーネだが。
やがて剣を握ったままの腕が引きちぎられ、沖の方向へと飛ばされる。
魔剣は大きな水しぶきを上げながら海中に沈んでいった。