001 使える魔法はありません
「お前、魔法が使えないくせにいつまでグランドル伯爵に寄生するつもりだよ」
王立魔法学園の教室の隅に座る俺にクラスメイトが声をかけてきた。
「あ……はは……」
「笑ってんじゃねぇよ」
ドスのきいた声にビクンとする。
魔法が使えないのは事実だ、言い返すことはできない。
「ん、なんだこれ」
「あ、やめ!」
クラスメイトは俺が魔法理論を書き込んでいる紙をひょいと取り上げる。
「お前、こんなの書いてんの?」
「う、うん……」
「魔法すら使えないヤツの理論なんか誰が興味あんだよ」
そう言いながら、クラスメイトは紙をビリビリと破った。
邪悪な魔王が討伐されて以来、世界に平和が訪れた。
凶悪な魔物は姿を消し、人々は戦う必要がなくなる。
いかに便利な魔法を発明するか。
求められているのは、勇者パーティーが使っていたような膨大な魔力によって発動する大規模魔法ではない。
俺は、人より魔力量が多いという理由で、この学園に無理やり入学させられた。
今まで魔法を使ったことがなかったのに。
いや、初級魔法すら使えないというのに。
確か、十二歳の時だったか。
「一時期は勇者の生まれ変わりとか言われてたけど、偽物だったんだなぁ。ああ、グランドル伯爵が可哀そうでしかたない」
「…………」
俺の身分は平民だ。
両親が病気で死に、引き取り手を探す際、魔力測定で異常な数値をたたき出した俺は勇者の生まれ変わりではないかと噂された。
それに目をつけたグランドル伯爵に引き取られ、衣食住を与えられ、魔法学園に入学させられた。
いわば、貴族の投資先として引き取られたのだ。
この王国では、魔法使いにより日々便利な魔法が発明され続けている。
やれトイレを自動化する魔法、やれ自動で楽器を演奏する魔法。
自分の開発した魔法論文と、実演した結果が認められれば魔法の特許登録が行われる。
特許登録のされた魔法には、使用されるたびにお金が支払われるのだ。
沢山の人々が使う魔法を開発すれば、大金持ちになるのも夢じゃない。
それを夢見て、俺は王立魔法学園で魔法の学習を行う。
「ここにお前の場所なんてないんだよ」
罵声を浴びせられながら。
◇
休日を使って、学園のある王都から少し離れた生まれ故郷にやってきた。
グランドル伯爵は、比較的放任主義なので、休日は自由に過ごすことができる。
いや、成果を上げない人物には無関心なだけかもしれないけど。
学園に入学してから三年、何の成果をあげることもできずに三年が経過してしまった。
生まれ故郷に帰ってきたのも、三年ぶりだ。
元々人の少ない村だったけれど、どうやら今は誰も住んでいないらしい。
建物は一部崩れ始め、閑散とした静かな時間が流れている。
なぜここに戻ってきたのか自分でもよくわからない。
この地に眠っている両親が導いてくれる、そんな淡い希望を抱いていたのかもしれない。
そんなことが起こるはずないことは理解している。
俺は、一人なのだから。
父と母が埋葬された、墓とも言えない場所で屈みこみ、お祈りをする。
家族三人、楽しかったあの頃を想像しながら。
目を瞑って、静かに。
「ここにいては危険ですよ?」
不意に声が聞こえた。
慌てて眼を開けて振り向くと——、
「間もなくここは戦場になりますから、逃げることをお勧めします」
眼を奪われるような美女が、そこにいた。
プラチナブロンドの長い髪を揺らし、大きな青い瞳が映える。
滑らかな生地で作られた高級であると思われるローブを身に纏い、手には小さめの杖が握られていた。