マリちゃん?
進級して高校2年生となる日の朝、俺、倉本響は枕元に、白封筒に入った手紙を見つけた。その手紙には、
俺が1年後に死ぬこと、
その運命は変えられないこと、
俺が死んだせいで『あいつ』が自殺してしまうこと、
何度も俺が記憶を失いながらも手紙を使うことによって『あいつ』の死を止めようとしたが全て失敗したこと、
『あいつ』の死を止めるチャンスは今回で最後だということ、
そして、その方法は死ぬまでの1年間誰とも関わらないこと、
などが明らかに俺の字で書いてあった。そのことがこの手紙の真実性を高める。
俺死んじゃうの? そもそも俺の死因は何だ? どうして俺の死は止められないのに『あいつ』とやらの死は止められる? そもそも『あいつ』って誰だ?
などなど考えればキリのない疑問が出てきたが、何よりも、そう、俺が死ぬとかよりも何よりも、
俺は今ぼっちなのに俺の死を原因に自殺をしてしまう奴なんているのか?
という疑問が真っ先に出てきてしまう。
100歩譲ってそういうやつがいるとしても俺はぼっちなのだから『あいつ』という存在の正体なんてすぐにわかるんじゃないのか? それともわからなくなるくらい俺は今から人と関わるのか? 今は友達0人のぼっちなのに? しかもたった一年でか? 俺は正真正銘ただのぼっちだぞ?
......やめよう。こんだけぼっちぼっち言ってるとたとえ声には出してなくても悲しくなってくる。それよりも俺が死んでしまうことの方が大変だろ?
いや、そうでもないな。別に死にたい願望があるわけではないのだが、いつかは人間死ぬもの。それが俺は少しばかり早いだけだ。死ぬのがわかっているだけ運が良い方である。いっそ世界一周でも始めてみるかな? いやめんどくさいな。そもそも一年で回れそうにない。日本一周だと世界一周に比べて物足りないしな。うーん。死ぬ前にやりたいことかー。......無いな。こういう場合、普通の男子高校生だったら、最後に彼女とか友達とかとたくさん遊びたいとか思うのか? 彼女? 友達? なんですかそれ、美味しいんですか? 僕? いませんけど何か? ぼっちですけど何か?
俺が死んで悲しむようなやつもいない。いや両親と妹がいるか。いや妹は悲しんでくれるのだろうか? 昔までは仲のいい兄妹だったのに、最近の妹は超冷たい。何を言っても塩対応である。昨日の夜だって一緒にゲームしようって誘ったのに友達と電話するからって部屋にこもりやがった。それに、あのゴリラみたいな母が泣いている姿が想像できない。すなわち、俺が死んで悲しんでくれるのって父さんだけじゃね?まじつらたん。
そんなことを考えながら俺がだらだら朝食のトーストを食べていると母が言う。
「あんた、そろそろ学校行かなくても良いの? もう菜摘は行ったわよ?」
菜摘とは、俺の妹の名前である。菜摘の年は俺の1つ下で今日から俺と同じ高校に通う1年生だ。菜摘は、俺のようなぼっちとは違って入学初日から昨日の夜電話していた友達とやらと登校しやがった。今年からは菜摘と登校して登校ぼっちではなくなると思っていたのに!! 俺と友達、どっちが大事なんだ!! 友達ですか、そりゃそうですよね。っていうか男友達じゃ無いよな? お兄ちゃんは認めませんよ!!
「1年生は入学式があるから早いんだよ」
そう俺が説明すると、
「確か2、3年生も出るはずじゃなかった? 私も行くんだから知ってるわよ」
そうだった、菜摘が1年なんだから母も来るんだった。っていうか俺がいて去年も行ってたんだからどっちにしろ知ってるわな。
「......。制服どこだったっけな」
「はい、ここにあるわよ」
「歯磨きしないとなー」
「あなたいつも朝食前にしてるじゃない」
「ああ!! 机に足をぶつけた!! 痛い、痛すぎる!!」
「ツバつけときゃ治るわよ」
母強し!! 俺弱し!!
ちなみに、さっきから俺がこんなことしているのにはちゃんと理由がある。決してもう死んでしまうんだから学校行きたくなくなったとか、ぼっちだから学校が嫌になったとかでは無い。(ほんとに違うんだからね!!) というかそんなことをしてもこの母をもってすれば学校まで肩にかつがれ連れていかれる。どんな公開処刑だよ。
俺がこんなことをしている目的は学校を休むことではなく、学校に遅れて行くことにある。その理由は、朝枕元にあった例の手紙による。
実は、あの手紙にはただ誰とも関わるなとだけ書いていたわけではなく、親切にも関わらないためにするべきことも書いてあった。どうやらやり直しのチャンスをくれた神とやらとの決まりでは『あいつ』の正体を書くのはいけないが、『あいつ』を含んだ俺と深く関わる人たち全員と関わらないための方法は簡単になら書いていいらしい。なんだ? 神様は俺をぼっちにしたいのか?
そこに書いてあった事の一番初めに、
『高校2年生初日はいつもより遅く行くこと。そうすれば、マリと関わることはないはずだ』
と書いてあった。どうやら第1『あいつ』候補者の名前はマリというらしい。ていうか女なのかよ。候補者は4人いるが、なんと4人中3人は女なのである。ひびき君はびっくりだよ。
そういうわけで俺は今学校に遅れていこうと画策しているのだが、そろそろ限界が来ようとしていた。
「あんたいい加減にしなさいよ。これ以上家にいるってんなら覚悟はできてるのよね?」
ゴゴゴ、と効果音が聞こえるくらいの怒りのオーラを静かに発しながらどこぞの敵キャラみたいなことを母は言う。
ひいぃぃ!! やばい、殺される!!
俺は死を覚悟した。だがその時!!
ピンポーン♪
救世主登場の音がする。
「はーーい!!」
そう叫んですぐさま、俺は玄関の方へ直行する!!
「ちょっと待ちなさい!!」
母の静止を促す声を後ろに、ドアを開け、おそらく母が入学式に一緒に行くと言っていた菜摘のお友達のお母さんだと思い、
「母がもうすぐ参りますので少々お待ちください」
などと言って、俺は学校へ向かおうと思っていた。のだが、目の前にいたのは想定とは全く違った人物だった。
「少々道をお尋ねしたいのですが。あ」
そう言って綺麗なエメラルド色の目で驚いたように俺を見る金髪超絶美少女で、俺と同じ学校の制服を着ていた。おそらく驚いたのは俺が同じ制服を着ていたからだろう。
「響!! ちょっと待ちなさい!! ってあれ? もしかして響のお友達かしら?」
「いえ、そういうわけでは「そうそうお友達お友達!! この子と一緒に行く約束をしてたんだよ!!」え?」
女の子の声にかぶせて俺は言う。
「にしては、戸惑ってるように見えるけど?」
「突然友達の母親にあったから緊張してんだよ。な?」
「え? えっと、 え?」
突然のことに目を白黒させる女の子。
「だったらこの子の名前は? 知らないなんて言わないわよね?」
「なっ!?」
母の尋問に詰まる俺。初めて会った女の子の名前などわかるはずがない。仕方ないので、ぱっと思い浮かんだ名前を出す。
「ま、マリちゃん? だよ、マリちゃん」
「なんで疑問形なのよ」
「いやちょっとド忘れしちゃってて!! ハハハ!!」
「友達の名前をド忘れするなんてクズのすることね。ホントなの?明らかに日本人みたいな名前なんだけど」
俺に毒を吐きながら、母は女の子に真偽を確かめる。
その女の子は金髪で明らかに地毛。さらに日本人にしては肌が白すぎる。少なくともストレートな日本人ではないだろう。
だが、オレが呼んだ名前はマリという麻里や真理などと書けてしまう日本人のような名前である。ミスった!! なんでマリにしたんだ、俺は!?
「はい、合ってますよ。正確にはマリーというのですが」
な!? 合わせてくれたのか!? しかも完璧なフォロー!! なんだ天使か? 俺は1年を待たずして死んでしまったのか?
「あら、ホントだったのね。ごめんなさい、時間をとらせてしまって。あんたちゃんと車道側歩きなさいよ?」
母は女の子には謝るが、俺には謝らずに小言を言う。
「わかってるよ、そんじゃ行ってきます」
母の小言に適当に返事をして俺はこれ以上詮索されないよう逃げるように女の子の手を取って学校へと歩きだす。
「あらまあ、大胆ねぇ」
そんなことを母は言っていたようだが今すぐその場から離れたかった俺の耳には届かなかった。