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最後はハッピーエンド?



 連れてこられたのは温かみのある小さめの部屋。

 きょろりと辺りを見渡たす。調度品はそこそこいいものを使っているが、凝った装飾はほどこされていない。どうやら客人用の控室のようだ。


 長椅子の上に下ろされると思っていたのに、何故かレン殿下の膝の上。

 近すぎる位置に涙が出そうだ。


 早く教会に行きたいのに。とにかくここから解放されなくては。


「あの、降りてもいいでしょうか?」

「もちろん駄目だね。そろそろ私も我慢できないから」


 何を??


 思いっきり疑問を顔に出していたらしく、レン殿下は呆れたようにため息をついた。


「そういう鈍感なところ、可愛いと思うけど憎たらしくもあるね」

「わたし、ちっとも鈍感ではありませんわ。ひどい言いがかりです」

「じゃあ、ちゃんと私の気持ちは伝わっていた?」


 えーと?

 何をおっしゃっているのか、まったくわからないですが??


 素直にそう言いたいけど、殿下の笑っていない目を見て言葉を飲み込んだ。


「うん、やっぱり伝わっていなかった。はあ、わかっていたけど凹むね」

「いえ、そんなことは」


 慌てて否定すれば、じとりとした目で見つめられた。


「本当に? 彼女達とは違う態度で接していたのに気が付いていた?」

「え?」

「君が喜ぶから、散策やお茶に付き合っていたことは?」

「……はい?」


 よくわからなくて、ぽかんとしてしまった。殿下はため息をついた。


「そもそもなんだけど、婚約者候補に何故自分が入っているか理解している?」

「え、っと。人数合わせ?」


 ぎゅっと突然頬が摘ままれた。痛くはないが引っ張られて顔が歪む。


「で、ででで!」


 殿下と言いたいのに、言葉が続かない。殿下は呆れたような顔でぐりぐりとわたしの頬を摘まんで遊ぶ。


「先にはっきりしておくけど、君が婚約者だから」

「婚約者? え、誰の?」

「もちろん私の婚約者だよ。数合わせは彼女たちの方」


 意味不明。

 頭が完全に理解することを放棄した。


「私は第三王子だから、侯爵家や辺境伯家とは縁を結ぶつもりはない。ただでさえ、兄上たちがいがみ合っていて大変なんだ。心配しなくても彼女たちは自分の役割をきちんと理解しているよ。報酬はかなり持っていかれているし」


 確かに第一王子と第二王子の派閥は派手に覇権争いを繰り広げている。わたしの家は平和主義なので、距離を取っている……すみません、嘘です。うちのお父様にそんな気概がありません。基本、事なかれ主義の日和見だ。


「えっと、殿下は王位争奪戦から離脱するために我が家に目を付けたと」

「はじめはね。でも、すぐに目が離せなくなったよ」

「えへへ……?」


 これは喜ばしいこと?


 思わず首をひねった。わたしとしては、擬似恋愛を堪能していたので、実際に殿下とあれこれする気持ちは皆無だ。遠くから見ていた星がすぐ近くに落下してきたことに、戸惑いしかない。


「ふうん。私を他の令嬢と結婚できないように祝福したくせにしらんふりするつもりなんだ」

「そんなの、言い掛かりです! え、祝福??」

「知らないとは言わせないよ」


 見ているだけで凍りつくような笑みを浮かべた。思わず体が逃げる。


「そんなこと、知りません!」

「じゃあ、証拠を見せよう」


 そう言うと、彼はわたしを抱えて立ち上がった。優しく長椅子に下ろされる。


 これから始まる断罪に体を小さくした。できれば、今すぐ消えてしまいたい。


 殿下はわたしから視線を反らすことなく、自分の服に手をかける。ゆっくりと上着を脱ぎ、シャツのボタンを外す。


 わたしは息を飲んだ。まさか、体に刻まれるタイプの祝福だろうか。


 一枚、一枚、躊躇うことなく服を剥ぎ取っていく。


 鼻血が出そうだ。今まで裸を見たがる心理に眉をひそめていたが、この尊い時間に人間の神秘を理解した。

 

 白皙の肌に、整った顔立ち。瞳には強い意思が宿る。


 上半身の衣服はすでに脱ぎ捨て、何故か首には紺色のタイは残ったまま。

 着痩せするのか、意外としっかりとした筋肉がついていた。

 腹筋も無駄な肉など存在せず割れており、美しい。


 これこそ神の造りたもうた造形だ。


 遠慮などせず、バッチリ見た。こんなチャンスは早々にない。限界まで瞬きをやめ、目を見開き細かなところまで脳裏に焼き付ける。


 殿下は恥じらうことなくズボンに手を伸ばした。一気に取り払われ、長い素足が姿を見せる。


「……!」


 ズボンの下には腰から巻かれたものがあった。ひらりと下半身を隠すそれは見覚えのあるもの。


「あまりの熱烈さに家族にもかなりからかわれてしまったよ。まあ、兄上たちは自分の敵にならないと理解できたから喜んだだけかもしれないけどね」


 彫刻のような完璧な肉体に巻かれた華やかな立体花と繊細な刺繍の布。


 見間違いようがない。


「な、な、なんで……それがここに」

「どうやって君を自覚させて刺繍してもらおうかと考えていたけど、これほどの思いを伝えられるとは、流石に想像していなかったよ」


 殿下は流れるような仕草でわたしの前に(ひざまず)いた。そっと右手が差し出される。


「どうか私と結婚してください」

「……よろこんで?」


 答えがあっていたのか、レン殿下は嬉しそうに笑った。


 レン殿下が落としたあの布は英雄たちの残した聖遺物であり、王族がたった一人に愛を誓い、王族から臣籍降下する時に使われるものらしい。


 その儀式は連綿と続き、秘められた儀式。


 レン殿下はその聖遺物の使用許可を国王陛下にいただき、手に入れたばかりだったらしい。それをたまたまわたしが拾って、隠すために刺繍をした。


 それが良い方向に作用して、こうしてわたしたちの婚約をすっ飛ばして婚姻が成立した。




 終わり良ければすべて良し、と昔の偉い人が言ったように、これはきっとハッピーエンドだ。

 でもね。

 証拠隠滅はよくない。

 ちゃんとすぐに返すことをわたしはこれから授かるだろう子供たちに教えるつもりだ。


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