茶会
いつものようにレン殿下の婚約者候補たちを集めてのお茶会。
今日は奥まった場所にある庭で行われていた。天気が良く、季節の花々は美しく咲き誇り、ほのかに甘い香りが漂っている。非常に気持ちの良い空間だ。
気持ちの良い空間過ぎて、疲れがどっと出てくる。レン殿下の持ち物と思われし拾い物を誤魔化すため、3日間、死ぬ気で刺繍を施した。流石に全面に施すことが難しかったから、下から60センチぐらいまでになった。でもかなり手を加えることで元がなんであったかなんてわからなくなっている。
さらには一昨日、いつも行く教会の隅にこっそり「忘れ物」をしてきた。今頃、誰かに見つかっているはず。
いい仕事をしたわ。大満足だわ。
やりきったせいか、油断するとあくびが出そうになる。意識を保つために、テーブルの上に視線を向けた。
テーブルには侯爵令嬢がお勧めだと言って用意したお茶とお菓子が並んでいる。遠方の国から取り寄せたとか言っていた。さりげなく流行になりそうなものを持ってくるのが流石だと思う。
我が家の家計状態や付き合いは狭いから、こういうことはなかなか思いつかない。せいぜい、王都で流行っているお菓子を見つける程度。もちろん庶民も簡単に手に入れられる菓子をレン殿下に差し入れできるわけがない。
眠気を払うように色々なことを考えながら、いつもと同じ笑顔を浮かべた。レン殿下は特にわたしを見る目は変わっていないから、こちらもばれていないはず。
いつもなら楽しいお茶会も今日はとてもしんどい。婚約者候補になって初めて早く帰りたいと思ったほどだ。
しかも隠し事をしているせいか、レン殿下を見ることができない。いつもならガン見しているから、様子がおかしと思われているかも。
それはそれでよろしくないので、何とかいつもと同じような態度を心がける。
わたしって貴族の娘は向いていないのかもしれない。しくしくと泣きたくなる心を叱咤しながら、笑みを浮かべ続けた。
和やかな会話の中、ふと侯爵令嬢が笑みを消した。
「レン殿下、何か心配ことでも? 先ほどからため息が出ておりますわ」
わたしは侯爵令嬢の言葉で初めてレン殿下の方へと注意を向けた。レン殿下は驚いたように目を見開いて、すぐに苦笑いを浮かべた。ため息をついていたことに気が付いていなかったようだ。
「実は一週間ほど前に大切なものをなくしてしまってね。心当たりのある場所を探しているんだが、見つからなくて困っているんだ」
「まあ、どのようなものですの? もしよければわたくしも気をつけてみますが」
侯爵令嬢が気の毒そうに表情を曇らせた。辺境伯令嬢も興味を持ったのかその話題に食いついた。
「レン殿下がそれほど気にするのならよほど大切なものなのですね」
「ああ、そうなんだ。ようやく父上に許可をもらえてね」
「まさか、なくした物というのは……聖遺物でしょうか?」
聖遺物?
初めて聞く単語に、わたしは顔を上げてレン殿下を凝視した。
「ああ、リリィ嬢は知らないか。建国の英雄の時代から行われている儀式をするために国王に申し出て許可をもらうんだ。その時に使う聖遺物を落としてしまってね」
「迂闊すぎますわ。どうなさいますの?」
侯爵令嬢が殿下を咎める。殿下も困ったような、諦めたような変な表情になった。
「どうしようか。最悪な場合、罰せられるだろうね」
ええええ、それってあれのことよね。
やっぱり重要な物だったんだ。
どうしよう。
どうしよう。
素直にここは謝るべきだ。拾ったのがわたしで、実は教会に置いてきました、と。
言わなくてはいけないと思いつつ、なかなか言葉が出てこない。焦りにジワリと汗がにじむ。焦りと緊張で気持ちが悪くなってきた。
「……リリィ嬢、具合が悪いのかい?」
「えっ」
突然、声をかけられてパッと顔を上げた。いつの間にか自分の世界に入ってしまったようだ。
「まあ、リリィ様。お顔が真っ青ですわ」
「申し訳ありません。先程から少し気分が」
「それはいけない。部屋を用意させるから、少し休むといい」
レン殿下は心配そうな顔でわたしをじっと見つめる。優しい顔なのに、何故か恐ろしく思えた。その澄んだ瞳がお前の隠していることを知っていると言っているようだ。今は恐ろしくて懺悔できそうにないから、先に教会に行って回収してこよう。まだ間に合うと信じたい。
「あの、申し訳ありませんが、このまま失礼させていただきます」
「それなら扉まで見送ろう」
「え? でも……」
いつもとは違う申し出に狼狽えた。レン殿下はわたしの気持ちをすっぱりと無視して、立ち上がると手を差し出してきた。
「リリィ様、殿下に送ってもらった方がよろしくてよ。今にも倒れてしまいそうですわ」
横から辺境伯令嬢が嬉しくない助言をよこす。
嫌だと思ってもレン殿下に手を差し出されているので無視することもできず、渋々その手に自分のを乗せた。彼はわたしの手を握りしめると引っ張るようにして立ち上がらせる。
あれ?
立ち上がった瞬間、頭がくらりとした。
「リリィ嬢!」
自然とレン殿下が抱き留めた。ふわりと柑橘系の爽やかな香りが鼻腔を擽る。こんな状況でなければ、うっとりとしていたところだが、そんな余裕はなかった。
近い距離に頭が真っ白になる。心配そうに顔を覗き込まれて息が詰まった。レン殿下は流れる動作で倒れ掛かったわたしをふわりと横抱きにする。
「え? 殿下!? 歩けますから、下ろしてください!」
抗議するように声を上げるが、目を細められただけだった。
「リリィ様、殿下にお任せすれば心配いりませんわ」
侯爵令嬢が楽しくない慰めをする。
「二人とも、申し訳ないが今日はここまでにする。彼女を休ませたいからね」
「それがよろしいですわ。落ち着いてからお帰りになった方が安心ですもの」
「お大事にしてね」
そう心配されてしまえば、暴れるわけにもいかず。
わたしは大人しくレン殿下の胸元に頭を預けた。正直に言って本当に辛い。寝不足の上に変な緊張が良くなかったのかもしれない。目を閉じれば直ぐにでも夢の世界に羽ばたけそうだ。物理的に明日には旅立っているかもしれないけど。
「少し横になれば気分もよくなるだろう」
優しく言われて少しだけ顔を上げた。
「あの、お手数おかけします……」
「素直にありがとうと言ってもらいたいな」
恐縮していれば、素敵な声で囁かれた。
本当にあの布のことがなかったら、気持ちよく堪能できたのに。
あの時、拾ってしまった過去のわたしを恨めしく思いながらも、くんくんと控えめに彼の匂いを堪能する。心地よい匂いにうっとりとしてしまう。この世の最後に殿下の匂いを胸いっぱいに吸えたことを幸運だと思おう。
「リリィ、君には聞きたいこともあるからね?」
「はひ!?」
今なんて?
「ああ、気分が悪そうだ。可哀想に。ちゃんと私が責任をもって看病してあげるよ」
きゃああああ!
これって、もしかしたらばれているんじゃない??
人生の終わりが見えた。