証拠隠滅
ぼんやりと馬車の外を見ているうちに家に帰り着いた。
具合が悪いとマリーに言付けて、逃げるように自室にこもる。
自室に入るとそのまま床に座り込んだ。
「よかった、帰ってこられた」
あのまま見つかってしまったら、きっと恐ろしいことになっていただろう。いつも優しい笑みを浮かべているレン殿下が冷酷になれるなんて思ってもいなかった。でもよく考えてみれば、彼も王族の一人。普段はそんな場面になることもないだろうが、非情な判断を下すことも多いだろう。
わたしはずっしりと落ち込んだ。
レン殿下の一面しか見ていなかった。もしかしたら他の二人の令嬢はレン殿下のああいう為政者としての面をきちんと見ているから、必死になって勉強に社交にと力を入れているのかもしれない。何もかも足りない自分に嫌になるが、それでもそれ以上のことはきっとできないだろうという自分もいる。
ため息をついてから、他の荷物に隠していた拾い物を取り出した。レン殿下とカレブ様が探していた落とし物だ。あのまま置いておけばよかったのに、そのまま持ってきてしまった。
とりあえず落とし物を袋から出した。出てきたのは、かなり大きな一枚の白い布だった。
「何かしら、これ?」
布は不思議な形をしていた。幅30センチ、長さ1.5メートルほど。その端には縦の長さと同じぐらいの白いリボンが縫い付けられている。リボンの用途はよくわからないけれど、布の肌触りは柔らかく、とても気持ちがいい。真っ白なそれはこれといった飾りや刺繍はない。
「どこにでもありそうなものだけど……特産物の布なのかしら?」
首をひねった。血相を変えて探しているのだから、大切なものには間違いない。レン殿下もカレブ様も酷く焦っていたし、顔色も悪かった。
もちろんあの場所で一番顔色が悪かったのはわたしだ。間違いない。
「切っちゃう?」
この特殊な形がなければ、ばれない気がしてきた。なんの特徴もない白い布だ。特産物かもしれないが、肌着やハンカチに使うものと同じような気もする。きっとハンカチサイズに裁断すればわからないはず。
「ふふふ。現物がなければ、わたしが拾った証拠はなくなるわ」
ひどく魅力的なアイディアに気持ちが浮上してくる。女神さまが使うような奇跡は早々に起こらないのだから、この布をわたしが持ち帰ったなんてわかるわけがない。
証拠隠滅の方法を決めると、部屋の隅に片づけてある道具箱取りに立ち上がった。道具箱を引っ張り出し、テーブルの上に布を広げる。鋏を布の真ん中に当てた。
「あら?」
力を入れて鋏を使おうとしたが、何かに阻まれた。
「護符がかかっている」
護符はこの世界の創造神である女神さまが与えてくださった守りの力だ。身を守るためにつけるもので、教会でお金を払えば簡単に手に入る。貴族ばかりか平民でさえ気軽に買えるし、どの家庭も一つは持っている。
平民が持つ護符はとても弱い物であるが、王族や貴族が持つようなものになると刃物を通さないぐらいの防御力を持つ。鋏すらも受け付けないほどの護符となれば、かなりの祈りの力が込められている。自然と王族や高位貴族などに持ち主は限られる。
「やっぱりこれ、レン殿下の落とし物なのね」
ため息しかない。元の位置に戻してもいいが、もしかしたら見張りが立っているかもしれない。ほら、犯人は現場に戻るっていうじゃない。それで捕まっても嫌だ。何をされるか分かったものじゃない。
「本当にこれ、何に使うのかしら?」
謎の布を前に唸る。護符がかけられているということはこれが使用する最終形となる。これほど大きな白い布の使い方がわからない。マントにするには細長過ぎる。
一端につけられたリボンも意味が分からない。腰に巻くサッシュと同じぐらいの長さがあるので、何かに縛り付けるのだろうか。
「もしかしたら……」
突然閃いた。
細長い布に、縛るためのリボン。
これは大切なものを保護するための布だ。繊細な焼き物や彫刻などを保管する場合によく用いられている。血相を変えて探すということは、歴史的文化物であるとか、代々伝わる宝などに使われるものなのかもしれない。
「え、それってかなり不味い感じ」
冷や汗が出た。テーブルの上に広がる布を見つめ、どうして持って帰ってきてしまったのかと自分の頭の悪さを呪う。
しばらく放心したようにそれを見つめていた。
白い大きな布。
白い……。
「あっ、そうだわ!」
立ち上がると、部屋の本棚にある図案を取り出した。このままでばれてしまうのなら、ばれないようにすればいい。幸い、わたしは刺繍の腕前だけは本職並だ。
パラパラと図案をめくり、刺繍の柄を選ぶ。なるべく個人を特定できないように特徴の少ない、どこにでもある柄がいい。
「これがいいわ」
貴族たちの間で人気の図案で手を止めた。