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善き魔女はスローライフに憧れる  作者: マチバリ
1章 魔女はじめます
9/24

09

 


 人の目につかぬよう、夜が明けきらぬ薄暗い中、最低限の従者と護衛だけを連れた質素な馬車に荷物を積み込み、出発の準備を整える。

 幼い頃から身の回りを世話してくれた侍女が用意してくれた服は、デザインこそ質素だが丁寧な縫製といい生地を使っているのが着心地でわかる。


「お嬢様、どうか、どうか、ご無事で」


 泣いたのだろう、目の周りを赤くした侍女が私の手を優しく握る。

 もう貴族でもなんでもなくなる私に気を使う必要などないのに、本気で心配している姿が胸に刺さる。


 私はあの魔獣の一件で心を病んでしまった、という事になった。遠い異国で静養させるというお父様と公爵家からのお達しで、私が魔女ではないかという噂はうやむやになったらしい。

 お付き合いのあった友人や、何故か聖騎士のエリック様からの見舞いの手紙が届いてたが、読む勇気はなくてそのまま処分してもらった。もう一生会う事はないだろうし。


 家族とは昨夜のうちに別れを済ませた。

 父と母はひたすらに私の生活を気遣い、兄や姉たちも涙ながらに私を不憫がってくれた。見送りはこれまで交流のあった使用人たち数名だけと寂しいものだが、誰しもが私を気遣っているのが伝わってくるから十分すぎるともいえる。


「みんなもどうか元気でね。さようなら」


 多分、二度と会うことも戻ることもないだろう。

 これ以上話していたら泣いてしまうような気がしたので、振り切る様に速足で馬車に乗り込み出発の合図を送れば、静かに馬は走りだす。

 どんどんと離れていく生まれ育った屋敷に寂しさを感じないといったら嘘になる。

 前世を思い出すまでの間、そして思い出してからの数年間。

 大切に慈しみ育ててくれたと思う。

 とても幸せな時間だった。

 灰色の人生を終えて死んだ前世の私が報われるだけのものを与えてもらったと思う。

 貴族令嬢、ユーディリア・アルフォードとして生きるのはおしまい。

 今日からは、魔女のユディとして生きていくのだ。





 王都の城門を出るとそこは見知らぬ光景ばかりだった。

 しばらくは街道沿いに町や牧場があって視界を楽しませてくれたが、昼食のために訪れた町を出ると、途端に寂し気な林や森ばかりの光景が続く。

 魔獣に襲われるのを防ぐため、スピードをあげて走る馬車は寂しいと浸る余韻を許さないように大きくガタガタ揺れて、壊れるんじゃないかと不安になるほどだった。


 夜半にたどり着いた小さな宿屋の質素な部屋に通されると、疲れのせいか落ちるように眠ってしまった。

 翌朝、日の出前には宿を出て、同じような旅路を繰り返す。

 セオのくれたペンダントのおかげか、魔獣に遭遇することもなく無事に目的の村にたどり着いたのは、王都を出てから三日後、西の空がうっすらと茜色に染まる夕暮れ時。



 グリーンウィッチの村。

 大伯母さまが住み着くまでは名前すらなかった小さなこの村は、今はそう呼ばれているという。

 国境に近い、海が見える平凡な小さな村。この世界でも海は青く美しい。

 もう少し先に進めば国境である栄えた港街があるためか、わざわざこの村に足を止める商人や旅人の姿は少なく、この地に根を張り生活する人々だけが慎ましく暮らしているようだった。

 村の中を馬車でゆっくりと通り過ぎれば、旅人が珍しいのか小さな子供達が興味深そうに視線を向けてくる。


 村の中心部を離れてしばらくすると、小高い丘の上に煉瓦造りの屋敷が見えてきた。

 周囲をぐるりと腰高の壁に囲まれ、入るためには小さいけれど小さな門扉を出入りする必要がある。

 こんな村にしては厳重な造りのようだが、魔女とはいえ公爵家の令嬢だった方が住んでいた屋敷と考えれば当然だろう。


「お嬢様、こちらです」


 従者に促され、門扉の前に立つ。

 お母様が公爵家から預かった鍵をそっと鍵穴に差し込めば、カチリと音がして開錠を教えてくれた。

 そっと扉に触れて開けようとすると、見た目は軽い木の扉のはずなのに金属のように重く片手ではびくともしない。

 錆ついているのだろうかと首をかしげていると、突然頭上から不思議な声が聞こえてきた。


『この屋敷は魔女が住む屋敷、許可なく立ち入ることは許されぬ』


 ぎょっとして顔を上げれば、門扉の一番高い所に取り付けられているランタンの中が、淡い緑色に光っている。


「あなたが屋敷精霊ね」


 屋敷精霊。

 大伯母さまがこの屋敷に定着させた特別な精霊で、屋敷を守っている存在だと公爵家からの伝聞だ。

 主亡き後、何度か手入れに訪れた公爵家の使い達はことごとく立ち入りを拒まれてしまったらしい。

 入ることができたのは、大伯母様の血縁だけだったという。


『我をご存知で?鍵を持っていたようだが、何者でしょうか』

「新しいこの家の主人よ」

『新しい主人?』

「先代の魔女様は、私の大伯母様に当たる方なの。そして私も魔女。今日からここに住まわせてもらうから、どうぞよろしく」


 小さくお辞儀をすれば、緑の光は何かを探る様に小さくなったり大きくなったりを繰り返している。

 しばらく返事を待っていると、緑の光が一瞬、青い色に染まった。


『・・・承知しました。貴女からは主様と同じ匂いがする。この屋敷の新しい住人として認めます』

「ありがとう。荷物を入れたいのだけど、扉を開けていただける?」

『御意』


 扉が大きく開き、私を迎え入れるように道を開けてくれた。

 屋敷へと続く道は長い間放置されていたせいで雑草が生え放題だったが、精霊の力なのか荒れた様子は見受けられない。

 後ろに控えていた従者たちに荷物を頼み、屋敷へと向かう。


「結構大きな家なのね」


 女一人で暮らしていくには十分すぎるほどの大きさだ。

 扉に手をかけるとこちらは鍵が開いている。

 門扉と同じように入り口には緑に光るランタンが取り付けられているので、鍵の管理は精霊任せなのだろう。

 そっと手をかければ、今度は呆気なく扉が開く。


「あら、綺麗」


 もっと埃まみれの荒れ放題を想像していたのに、屋敷の中は多少の汚れはあるものの、少しだけ手を入れればすぐに生活できる程度には整っている。


「ええと、精霊さん?が綺麗にしていてくれたのかしら」

『そうです。人間のようにとはいきませんが、多少の魔法が使えますので空気の入れ替えなどは行っております』

「そうだったの。ありがたいわ」


 従者たちが運んできた荷物は玄関先にまとめて置いておいてもらう。

 本当に最低限の荷物と数日分の食料だけだから、あっという間に運び終わってしまった。


「・・・お嬢様、それでは」


 従者が静かに頭を下げる。彼らともここでお別れだ。


「村長にお嬢様の事は伝えてあります。明日にでもご挨拶に伺ってください」

「何から何までありがとう。帰りの道中、どうか気を付けて」

「お嬢様も、どうかご自分をお大事になさってください」


 名残惜し気に何度も振り返りながら従者たちは屋敷を去っていく。

 馬車が見えなくなるまで見送って空を見れば、茜色よりも薄闇色が勝ってきている。


「夜になる前に、せめて寝床だけでも整えておきましょう」


 誰がいるわけでもないのに口にして屋敷に入れば、静まり返った気配に一人なのだと痛感した。


「ええと、寝室はどこかしら」

『2階の奥が主様の部屋です。その隣に客室がいくつかございます』

「そういえばあなたがいたわね」


 呟きに答えてくれる存在がいるというのは心強いものだ。

 姿は見えないが、屋敷の敷地内にいる限りは応えてくれる屋敷精霊はこの先も役に立ってくれそうで喜ばしい。


「じゃあ、今日は客室を使わせてもらうわね」


 初日から大伯母様の部屋を使わせてもらうのは気が引ける。

 屋敷精霊の言葉から察するに、彼?彼女?にとってみればこの屋敷の主はいまだに大伯母様で、私は住まうことを許されただけの存在のようだ。

 初日から主人面するのは良くないだろう。


 屋敷精霊言葉通り、2階には4つの部屋があり、一番奥の広い部屋が大伯母様の部屋で、それ以外はベッドと箪笥が備え付けられた簡素な客室となっている。

 一番階段に近い部屋に入り窓を開け空気を入れ替える。

 ベッドシーツは可愛らしいキルトだ。大伯母様の手作りだろう。


「今日からここが私の家、か」


 終の棲家になるのだろう。

 窓の外は王都とは全然違う。

 鬱蒼と広がる森が眼前まで迫っており、風に乗って獣の鳴き声が聞こえてくる。

 運ばれてくる匂いも、わずかに海のにおいが混じっている。

 自分が遠いところに来たのだと全身で感じる。


「不思議ね」


 寂しくないといえば嘘だが、悲しいとか辛いとは思えない。

 少しだけワクワクしている。

 明日からは新しい生活が始まる。そのためには体力を蓄えておかなければ。


「少し何か食べてから寝ましょう」


 窓を閉めて階下に降り、荷物からパンと干し肉を取り出す。

 玄関横の扉は台所につながっており、かまどや道具の類は屋敷精霊のおかげかすぐに使える状態が保たれていた。

 鍋の一つに魔法で水をため、干し肉を小さくちぎって落とし火にかける。

 野菜を入れたいところだが、あまり手をかける気分ではないので、乾燥ハーブを少し加えて塩で味を調えるだけの簡易なスープをこしらえた。

 初めて一人で作ったせいか、ひとりぶんにしては沢山出来てしまったが、明日の朝も食べればいいだろう。

 木皿を軽く水で洗ってスープをよそい、パンをひと切れそえる。

 薄暗くなってきたので燭台にろうそくを立て火をつければ暖かな色合いが食卓を明るくした。

 最初の晩餐にしては質素すぎる気がしなくもないが、空腹さえ満たせれば事足りる。


「いただきます」


 ひとりは味気ないが仕方がない。慣れるしかないだろう。

 頼めば屋敷精霊が話し相手になってくれるかもしれないが、それも虚しい気がして黙々と食事を口に運ぶ。

 あっという間に空になったお皿を流しに置き、燭台を持ったまま部屋へと戻る。

 戸締りついでに家の中を探検しようかとも考えたが、屋敷精霊もいることだし、お腹が膨れたのと旅の疲れで眠気が襲ってきたので、今夜はさっさと寝ることにした。

 何も焦ることなどないのだ、時間はたっぷりある。

 明日からの生活に思いをはせながら、私は大伯母様の手作りキルトに包まり夢も見ないほどの深い眠りに落ちたのだった。



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