07
王女様に次いで、悪魔にまで魔女宣告をされてしまった以上、これは逃れられない事実なのだと自分を納得させるのに、私はたっぷりと1ヶ月を費やした。
魔獣に襲われかけたショックで寝込んでいると思っている家族や侍女たちは腫れものを扱うように私に接しているが、その様子には隠し切れない畏怖の色が滲んでいる。
もしかて、本当に魔女なのかという疑念と恐怖。
もしかしなくても魔女でーす!
そんな風に明るく自己紹介できるならどんなにいいだろう。
1週間目は落ち込むだけ落ち込んで、正直泣いた。
2週間目はこの先に待ち受けているであろう灰色の人生に思いをはせて泣いた。
3週目にはこれは全部夢で、努力が実って無事に結婚生活を送って穏やかな老後を送る妄想でつぶれた。
そして、4週目にしてようやくこの先の人生をどう歩むべきかとい建設的な考えをするだけの余裕が生まれてきた。
「・・・よし!」
1ヶ月ぶりに思い切りよくベッドから起き上がる。
侍女を呼んで身支度を整え、家族に話があるので集まってほしいと頼む。
多分、逃げたり隠したりしたところで魔女という噂を払拭するためにもう一度、魔力を測定する儀式をしなければならなくなるだろう。
そんなことをすれば、教会認定の本物の魔女になってしまう。
その場合、下手をすれば魔女狩りに追われるかもしれないし、暗殺の対象になってしまうかもしれない。
だったら、先手を打って身を隠してしまえばいいのだ。
家族さえうまく納得させて、魔獣に襲われたショックで心を病んで田舎に引っ込んでしまえば、きっとうまくいくに違いない。
油断すると真っ逆さまに落ちてしまいそうな気持を無理やり押し上げて、私は応接間へと歩き出した。
両親の顔を揃ってみるのは久しぶり。二人とも随分とやつれた顔をしている。
当然だろう、娘が魔獣に襲われ、あまつさえ魔女だと王女様に言われてしまったのだ。
同席している兄や姉たちの顔色も悪い。
「もう体は大丈夫なのか?」
優しいお父様の声に、枯れたはずの涙が滲みそうになる。
「ええ、ご心配をおかけしました」
「ならばよいが・・・」
お互い、何から話し始めたらいいのかわからず無言が続く。
まずは魔女であることの誤解を解かなくてはならない。
誤解ではないんだけど、証拠も確証もない今は誤解だということを貫き通していくのがどう考えても得策だ。
「あの、私が魔女ということについてなのですが」
魔女、という言葉にお父様や兄たちの顔色が変わる。
当然だろう、家族から魔女が出るというのは家の恥だ。
すでに結婚している兄や上の姉は相手の家に気まずい思いをしなければならないだろうし、下の姉は下手したら婚約解消の憂き目にあってしまうかもしれない。
「それは、きっと誤解・・・」
「ごめんなさい、ユーディリア!!わたくしのせいだわ!!!」
どうにか穏便に話をしようとした私の言葉を遮ったのは、普段から白い顔をさらに白くしたお母様の悲鳴じみた叫びだった。
「お、お母様・・・?」
「わたくしが、わたくしの血のせいで貴女が魔女になってしまうなんて!!」
普段から穏やかで美しいお母様が取り乱した表情で泣きわめく。
私だけでなく、兄たちまで呆然として固まってしまっている。
ひとり、お父様だけが泣きわめくお母様を抱き寄せ、慰めるように細い腕に手を添えていた。
「ユーディリア、そしてお前たちに隠していたことがある」
お父様が昔話を始めた。
それは驚愕の事実。
お母様は王家の血を引く公爵家の出身。
そんなお母様が下級も下級の男爵家のお父様と結婚したのは熱烈な恋愛結婚だと聞かされていた。
それは紛れもない真実なのだが、いくら熱愛をしたからといって普通は公爵家の令嬢が底辺男爵家に嫁ぐ事が簡単に認められるものではない。
しかし、二人の結婚は呆気ないほど簡単に認められ、驚きの速さでまとまって今に至る
その理由は、お母様の実家で起こったある騒動のせい。
それまで隠されていたとある秘密が公爵家の跡目を狙う分家によって暴かれようとして、お家騒動になったらしい。
その騒動に巻き込まれないために、公爵家はお母様を早々に他家に嫁がせたかった。
暴挙に及んだ分家は、公爵家と我が男爵家が総力を挙げて潰したしたため、秘密は表に出ることはなかった。
「私の伯母様、つまり、お前たちのおばあ様の姉上が、魔女、だったの」
魔女はめったに産まれないし、そもそも存在自体が噂のようなもので、本当にいたという話を聞いたのは初めてかもしれない。
「そんな!知りませんそんなこと!おばあ様に姉妹がいたなんて!!」
兄の驚いた声に姉たちも私もうなずく。
年に数回しかお会いする機会はないが、公爵家の主人らしく気品と美しさにあふれた優しいおばあ様は一人娘だと聞いていた。
婿に入られたおじい様も、家を継いだ公爵である叔父様もそう言っていた。
「伯母様の事は、我が家の秘密だったの」
ハンカチで涙をぬぐうお母様が、魔女だった伯母様、私にとっては大伯母様にあたる方についてぽつりぽつりと絞り出すように教えてくれた。
大伯母様は私と同じく生まれた時は魔女ではなかったらしい。
少し変わったところがあるだけで、普通の令嬢だったし、周りもそのように扱った。
しかし思春期を過ぎそろそろ婚約者探しをするという頃になって大病にかかったのだという。
生死を彷徨うこと数日、何とか一命をとりとめた大伯母様は闇属性の魔力を持っていたのだという。
「王家直属の魔術師に調べてもらったら、まれにそういうことがあるそうなの。命の危機に脅かされて、血の奥に眠っていた魔力が引き出されるような事が」
慌てた公爵家は大伯母様は病で死んでしまったことにして存在を秘匿したのだという。
酷い話だ。
魔女だと知れれば公爵家の名に傷がつく。
魔女が産まれる血族というレッテルを貼られてしまえば、貴族界で公爵家が正当に生きていく術はない。
それならいっそ死んだ事にしてしまおう。
「・・・っ」
それは自分の身にも起こりえる未来なのだと想像して体温が下がる。
ぎゅっと己を抱きしめるように腕を回して俯けば、いつの間にか私の前の前にお母様がきていた。
あたたかな手のひらが包み込むように頬に触れる。
「おじい様、お前にとっての曽おじい様はね、伯母様を自分の領地に移して、誰の目にも触れないように、穏やかに生きれるようにと生活を整えたのよ」
死んだとしたのは、魔女と迫害されるのを案じたからだと告げるお母様の言葉に顔を上げる。
きっと私は今、泣きそうな顔をしているだろう。
「小さい頃、叔母様の家に遊びに行ったことがあるわ。伯母様は優しくて賢くて、私は大好きだった。魔女だと知っても全然怖くなかった。でも、もし自分が魔女になったら、産んだ子供が魔女だったらとずっと怖かったのも本当なの」
お母様の手がかすかに震えている。
「幸いにな事に産まれた子供には誰も闇属性は居なかった。このまま隠し通せればと考えていた私が悪かったのかもしれない。まさか、貴女までも魔女になってしまうなんて」
はらはらと涙を流すお母様は儚げでとても美しい。
違うのお母様、悪いのはお母様じゃなくて、前世の記憶を思い出してしまった私なの。
そのせいで悪魔なんかに目をつけられて。
言いたいのに言葉にすることはできない。
余計に悲しませることが分かっているから。
「安心して、お前を魔女として迫害なんてさせはしないわ」
きりりと表情を引き締めたお母様が私の手を取る。
「公爵家に連絡を取ったの。残念なことに伯母様は数年前にお亡くなりなっていたわ。でも、住んでいた屋敷はそのままにしてあるそうなの。伯母様は善き魔女として村で平和に暮らしていたんですって」
もう居なくなってしまった魔女の先輩、大伯母様。
その大伯母様が善き魔女として暮らした屋敷。
私の灰色に染まりかけた人生にかすかな色が射す予感がした。
「ユーディリア、お前も善き魔女としてその屋敷で暮らしなさい」
もしかしたら、平凡で穏やかな人生を送るチャンスが戻ってきたのかもしれない。