06
パーティー会場で気を失ってしまった私はいつの間にか屋敷に運ばれ、気が付いた時には自分のベッドの上。
心配した侍女が何度か声をかけようと私の様子を見に来るが、心ここにあらずといった私の様子を察してか何も言わずに身の回りの世話だけをして部屋を出ていく。
屋敷の中がなんだか騒がしい。
当然だろう。
出席したパーティーで魔獣に襲われかけただけでも大事件なのに、王女様から魔女呼ばわりされたのだ。
「最悪だ」
あの場には有名な貴族たちが沢山いたし、魔獣が現れたというスキャンダラスな話題だけに、噂になるのは早いだろう。
下級貴族の我が家に噂を差し止める手段も、それを覆い隠すほどの権力もあるわけもない。
つまりは、あの場で起こったことは全て周知の事実となるのだ。
「本当に、最悪だわ」
無気力にベッドに倒れたまま呟く。
魔女だという噂が立った女を妻に迎えたいと思うような奇特な男性はまずいない。
いたとしても地雷の匂いしかしない。
社交界デビューもしていないというのに、私の人生は終わったとしか思えない。
「だからさ、俺と契約しちまえよ」
心の隙間を突くような登場をするのはさすが悪魔といえよう。
ふわふわと重さを感じさせずに浮かんでいるセオはいつもの飄々とした笑みを浮かべてはいなかった。
どこか真剣な顔を間近で見つめるのは初めてかもしれない。
作りもののように整った顔は人間離れをしていて、不思議な魅力に満ちていた。
闇夜を溶かしたような黒い髪とその隙間から除く赤い瞳は、本当に悪魔なのだと実感させてくれた。
美しい、と素直に感動する。
「・・・絶対嫌です」
だからこそ、怖かった。
魔女と呼ばれ、この先に平凡で穏やかな人生が待っているとは到底思えない。
でも、悪魔と契約するよりは絶対マシだ。
己から日の中に飛び込むような真似だけは絶対にしたくない。
「意地っ張りだな。じゃあどうするんだよ、これから」
「どうするもこうするも、別に本当に魔女ってわけじゃないんだし」
そう、魔女と言われてしまったけれど、本当に魔女なわけではない。
噂がある以上、幸せな結婚は望めないだろうし、素敵な社交界デビューや華やかな貴族の生活というのは味わえないかもしれない。
けれど、結婚せず屋敷に引きこもってひっそりと生活するのだって悪くないかもしれない。
家族の誤解さえ解ければ、何とかなるかもしれない。
自分の前向きする考えに少々呆れつつも、よく考えたら悪くないかもとまで思っている。
「それについて、正直悪かったと思ってる」
「・・・何が?」
まるで謝罪のようなセオの言葉に眉根を寄せる。
悪魔が謝るなんて、もしかしてとんでもない事なんじゃないかと嫌な予感が駆け巡る。
「魔獣がさ、お前を襲わなかった理由はたぶん俺だ」
「はぁ?」
「魔獣ってのは魔力に敏感なんだ。魔力が高い奴ほどうまそうに見える。最初に襲われた女はそこそこに魔力があったんだろう。そしてお前の魔力にも惹かれた」
なるほど。
あの時、魔獣が私めがけて走ってきたのはそういう理由か。
この世界では誰しもが少なからず魔力を持っているが、水魔法をある程度使える私は魔力値が高いのかもしれない。
嬉しいけど、嬉しくない理由だ。
「それがなんで、セオのせいなのよ」
「俺がしょっちゅうお前の傍にいたから、どうやら魔力が影響したらしい」
「影響?」
「そう、魔力が強い奴の傍にいると属性が変化したり魔力値が引き上げられることがあるんだ」
「初めて聞いた」
「相手を引っ張り上げるほどの魔力を持ってる奴は珍しいからな。人間同士だとまずありえない」
「セオが悪魔だからってことか」
セオの悪魔としての魔力のせいで私の魔力値や属性が変化したから、魔獣の目に伝ってわけね・・・なるほど、と再度納得しかけて、ふとセオの言葉をもう一を思い出す。
「まって、それなら襲われた理由にはなるとして、襲われなかった理由って・・・」
「お前の属性と魔力が強すぎて、魔獣が勝てないと感じたんだろう」
「・・・は?」
つまり何か?
あの魔獣は私に恐れおののいて標的を変えたということになるのか?
魔獣が恐れるほどの魔力っていったい。
「私、どうなっちゃったの・・・?」
「だから、悪かったって」
「さっき、属性も変化するって言ったわよね!?私は水属性のはずでしょう!!??」
「まあ、生まれつきに持ってたやつはな」
「何よその、周りくどい言い方は!!」
へへ、とごまかすように笑うセオに嫌な予感しか感じない。
信じたくないが、たぶんそういう事なんだろう。
「お前の属性は、残念ながら闇属性に変化しちまってる」
つまり、それって。
「お前はもう、立派な魔女ってことだよ」
セオの残酷な宣告に、私はまたも意識を手放した。