04
十四歳になった私は王女様主催の茶会に招待されていた。
通常ではあれば城や屋敷で開かれる茶会だが、バラの季節と言うこともあり、王家が管理するバラ園を貸し切っての盛大なガーデンパーティ。
十六歳で社交界デビューとなる貴族社会だがその前に知り合いやツテは作っておくのが当然とされ、同じ年頃の貴族たちが内々に開く昼間の集まりは頻繁に開催されていた。
しかもこれは王女様主催。
普段お目にかかることもないような公爵家や伯爵家の子息や令嬢が盛りだくさんだ。
キラキラと着飾る彼らの姿に目眩を覚えつつ、私は少し離れたところでおとなしくお茶を味わっていた。
そもそも、私程度の身分が呼ばれるなど不相応にも程がある面々だ。
たぶん何かの手違いか人数合わせだろう。王女様は派手好きとお噂。
特別親しくしている令嬢も顔見知りの令嬢も見かけないから、この中でおそらく一番身分の低い私は声をかけられない以上、ぼっち確定だ。
自分からご令嬢の輪に入ってお声を掛けられるを待つ、というのは性に合わない。
それに、この場に私の将来の旦那様になるようなお相手がいるとも思えない。
ここは目立たず騒がず壁の花・・・屋外なので野の花?に徹して頃合いを見てこっそり帰るのが得策だろう。
「さすが王家主催。何もかもが豪華だこと」
用意された食器やお菓子、飾られる花々は見たこともないほどの高級品ばかりだ。
このティーカップひとつで我が家のひと月分の食費が賄えそうな気がする。
なんだか持っているのが空恐ろしく感じて、そっとテーブルに戻す。
手持ち無沙汰になって、こっそりと周りを伺えば、これまた品のある召使いや執事、そして騎士たちがずらりと並んでいた。
ふと、その中にひときわ目立つ存在がいることに気が付いた。
「あれが噂の・・・」
きちんと姿を見るのは初めてだと思う。
希少な聖属性を持つ騎士、エリック・グリシィ様。
日の光を形にしたような金色の髪に海のような青い瞳。精悍な顔立ちは、絵本に出てくる白馬の騎士そのもの。
聖属性というだけで王家に取り上げられるのに、エリック様は貴族の出身という事で身分の確かさもあり、若くして騎士団を束ねている有名人。
お近づきになりたいご令嬢は数知れず。
会場のあちこちから熱っぽい視線が向けられているが、本人は慣れているのか顔色一つ変えずに姿勢を正したままだ。
勇気あるご令嬢が一人でも行動に移せば、あっという間に取り囲まれてしまいそうだが、誰も動こうとしないのには訳がある。
それはエリック様の隣にぴったりと立つ美少女、王女マルガリーテ様。
マルガリーテ様がエリック様にぞっこんというのは衆知の事実で、このパーティーもエリック様との縁談をもくろむご令嬢たちを一掃するための会ではないかとも噂すらある。
噂を体現するように、マルガリーテ様はエリック様に当然のようにエスコートさせては意味ありげな目線を送っている。
ご令嬢たちは優雅にマルガリーテ様の招待に感謝の礼をを述べてはいるが、ギリギリとハンカチをかみしめんばかりの悔しさを滲ませているのがまるわかり。
そしてそんな傷心のご令嬢たちを慰めるように貴族の子息たちが我先にとお茶やケーキを運んでいるという、ある意味での地獄絵図。
巻き込まれたくない私はなるべく誰の目に留まらぬように会場の隅から隅を渡り歩いて気配を消していた。なのに。
「ごきげんよう。ええと、ユーディリアでしたかしら、アルフォード家の」
見つかってしまった。
何故だ。
気配を消してマルガリーテ様の進行方向には絶対立たないようにしていたのに。
しかも名前まで把握されている。これが王族というものなのか。
「ごきげんようマルガリーテ様。本日はお招きありがとうございます」
動揺を押し隠して深々とお辞儀をする。
名前を知られている以上、招待は間違いではなかったのだ。
むしろ挨拶せずに姿を消して不興を買わずに済んだと喜ぶべきかもしれない。
たった一度の挨拶さえ済めば、私は石ころ同然の存在だろうし。
「そんなに畏まらないでください。才女と噂される貴女と一度お話してみたいと思っておりましたのよ」
誰だ!
そんな噂を!
流したのは!!
小一時間ひざを突き合わせて問い詰めてやりたい。
一晩中説教してやりたい。
「勿体ないお言葉です。私などマルガリーテ様の足元にも及びません」
「あらあら御謙遜を!王立図書館であなたの姿を見ない日はないとのお話ですのよ?」
図書館!ありとあらゆる本が読めるからって入り浸りすぎた!
私のばか!
ばか!
己の頭を殴りつけたい衝動を押し殺しながら顔を上げると、ころころと鈴を鳴らすように笑うマルガリーテ様がふわふわとしたハニーブラウンの巻き毛を優雅に揺らして傍に控えるエリック様をうっとりと見上げていた。
絵にかいたようなお姫様と騎士様という光景に眩しさで目がくらみそうだ。
「ねぇ、ユーディリア。良ければ一緒にお茶でもどうかしら」
ああ、本当になんでこんな目に。
こんなことなら勉強なんてするんじゃなかった。