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「貴女が善き魔女だったんですか」
てっきり厳しい取り調べを受けると思っていた私の緊張を返せ!と叫びたい。
すっかり打ち解けた私たちは向かい合ってお茶を飲んでいる。
「あの薬には我々もお世話になっているんですよ」
「止血薬は本当に便利です。欲を言えばもう少し匂いが少ないと助かるのですが」
「あ、臭かったですか?」
「いえ。張り込みの任や魔獣討伐などだと匂いがすることで居場所がバレたりする可能性があるので」
「なるほど~」
「その代り、沢山塗ると魔獣が寄ってこないという利点もあるんですよ」
青年警備兵の名前はクラウス、女性警備兵の名前はケイシー。
クラウスはさっぱりとした生真面目そうな好青年。
ケイシーは視線は鋭いが話してみればとてもしっかりとした品のいい女性だった。
二人とも王都に実家のある貴族出身で、既に上の兄姉が家督を継ぐことが決まっているので騎士となり今は警備兵の任についているのだとか。
私の薬は警備隊でも評判らしくて愛用してくれているらしい。
村の人達とは違った意見も聞けて大変参考になる。
事情聴取どころか薬に関する雑談に花が咲いてしまっている。
「しかし厄介なところに目を付けられましたね」
ちょっかいをかけてきた男たちの雇い主が、かの商会だと話をすると、二人ともわかりやすく顔を歪めたので事情はすぐに理解してくれたらしい。
なるべくこの村に巡回に来ると約束してくれた。
「ねぇねぇ、ユディねえさん、今日は森に行かないの?」
「うーん、今日はやめておこうか」
「え~~」
「こら、困らせないのよ!!」
話に飽きたらしい双子たちが不満の声を上げれば、ルイザがそれを止めてくれる。
警備をするに当たり、子供たちの顔を覚えておいてもらった方がいいだろうと部屋から出てきて貰ったのだ。
カイルはクラウスの剣や装備に大興奮で、アデルは女性でも騎士をしているというケイシーに興味津々の様子。
騒がしくてごめんなさいね、と謝るが、クラウスとケイシーは「子供は元気が一番です」と笑ってくれた。
凄くいい人そうで安心する。
「それで、今このお屋敷には貴女と子供たちの四人で暮らしてるのですか」
「そうです」
「あとパルもいるよ!」
「パル?」
ああ、余計な事を!と思ったがもう遅い。
「屋敷妖精なんです。先代の善き魔女が、この屋敷の結界として産み出した存在で」
「へぇ、凄いですね。そんな魔法が」
二人は純粋に驚いた様子だ。
まさかその妖精が小さな人型になって物理的にも存在していると知られたらもっと驚かれるだろう。
騒ぎになるのは勘弁なので黙っておくけれど。
「でも結界があるというならお屋敷の中は安全ですね」
「そうですね。そこはありがたいです」
「ただ、お話を聞く限りやはりお店やお店への報復が気になります」
「ええ」
心配事はそこに尽きる。
このお屋敷に引きこもっていれば安全とはいえ、薬を卸す必要だってあるし生活に必要なものだってある。
「あの商会は悪い噂が尽きないのですが、警備隊としても明確な証拠を残さないのでも有名でして」
「さっきの連中は?」
「ああいう手合いは金で雇われていてタチが悪い。雇い主のことを吐けばこの先に差し障りがある事を良く知っていますから、まず口を割らないでしょうね」
ああ、と妙に納得してしまう。
「それにユディさんには申し訳ないが、屋敷に不法侵入しようとした、という事しか証拠がないと言えば証拠はないのだ。薬を盗もうとしたと言われてしまえば、それ以上の事を追求するのは難しい。単なる強盗扱いであいつらだけを処分する事になるでしょう。そしてしばらくしたらまた別の誰かを送り込んでくるでしょうし」
よくある話だ。
前世でもとても怖い顔の人達が昼夜を問わず借金の取り立てに来て、これじゃあ殺される!と警察に助けを求めたけれど、しばらくしてから別の人が取りたてに来た。大元が事を止めない限りは続くのだと自分の無力さを噛み締めたのが懐かしい。
あの時は本当に危なくて、相談に乗ってくれた警察の人が親切にしてくれたんだっけ。
懐かしい。確か、ちゃんとした会社に借金をひとまとめにすればいいと助言してくれたんだ。
危ない会社というのは権力には案外逆らわない、下手を売って危険を犯す事はしない、と。
「ユディさんの薬は大変良い薬です。金儲けの道具にされるなんて許せません」
「そうだよな……俺たちだって困る」
二人が真剣な表情でどうしたものかと考え込んでくれているのがとても嬉しい。
「お気遣いありがとうございます。そう言って貰えるだけで本当にうれしいです」
「いいんですよ。困った人を助けるのは警備兵の勤めです。それになんたって、あの聖騎士様のお知り合いですから!」
「ぐ!」
エリック様に話題を戻されるのは非常に面倒臭い。
「そういえば、ユディさんはグリシィ様とはどういったお知り合いで?王都に居らっしゃったのですか?」
ケイシーさんは何の悪意も裏もない様子で質問してくる。
クラウスさんも同様だ。あの聖騎士様とどんな関係なのだろうと興味がある!というのを隠す様子もない。
エリック様は私に「世話になった」と言っていたが、正直全く心当たりがないので教えてほしい位だ。
「ええっと……大したことではないんですよ!!あの方は義理堅く真面目な方なので、私のようなしがない存在でも気にかけてくださるのです!」
「なるほど!」
「さすがですね」
かなり苦しい言い訳だったが、人の好い二人は納得してくれた様子だ。
私の事は庶民の薬師(さっきそう説明しておいた)だと信じてくれているのも大変ありがたい。
二人ともあのお茶会の騒動より前に王都から赴任してきていたので、王女に魔女と呼ばれた貴族令嬢の存在は知っていてもその名前や顔までは知らないのだろう。社交界デビュー前で本当によかった。
「ユディさんて薬師というにはどこか品があるので、もしかして貴族の方かと思ってたんですが勘違いでした」
「私が貴族?まさかそんなあはははは」
「そうだぞクラウス。貴族のご令嬢がこんなド田舎で暮らしているなんて不自然だろう。想像で勝手な事を言うんじゃない」
「いいんですよ。貴族に間違われるなんて光栄ですわ」
言いながら服の下は冷や汗でびっしょりだ。
お願いだからこれ以上余計な事は言わないでほしい。
「でも、先代の後を継いだとはいえ、薬師をしながら子供達を引き取って育ててらっしゃるなんて大変でしょう?」
「村の人達が助けてくれますからなんとかなってます。だから、今回の件は本当に困っていて」
「ですよねぇ」
なんとか私の身元に関する話から薬の話に話題を戻すことに成功した。
とはいっても目下の問題は一切解決していないけれど。
「一番いいのは、他の商会や薬師組合と先に契約してしまう事なんですよね」
「私は商売をしたいわけではないので、あまり大掛かりになるのは嫌なんです。それに薬はそこまで大量に作れるものではありませんし」
「良心的な商会や組合もありますよ。と、いってもこの辺を縄張りにしているところはあまりないですからねぇ」
「そうそう。この辺りで薬を大量に必要としてるのなんて、警備隊くらい……」
ケイシーさんは言いながら「あ」の口でぴたりと固まった。クラウスさんも同様だ。
私もワンテンポ遅れて彼らの言いたい事を察知する。
どうやら「危ない会社というのは権力には案外逆らわない」というのはこの世界でも通用する手法らしい。




