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呆気にとられている私だけではなく、門をこじ開けようとしていた男達も同様だ。
エリック様は質素なマントを身に付けはいるものの、洗練された雰囲気のせいで田舎の風景からそこだけ浮き立ったように輝いて見える。
実際、光り輝いているのかもしれない。なんといっても聖騎士様だ。
「てめぇ、何者だ!」
男たちは突然現れたエリック様に大変動揺している。
わかる。私も動揺している。
「エ、エリック様?」
「ああ、ユーディリア殿、ご無沙汰しております。お元気でしたか?」
「はあ」
最初に会った時と同様に穏やかな笑みを向けられ、間抜けな声が出てしまう。
これは夢か幻か。というか本当に現実なのだろうか。
「邪魔するならタダじゃおかないぞ」
「どうするというのだね。本当に粗暴だ」
「うるせぇ」
ほんの一言二言会話をしただけだというのに、男たちはあっという間に戦闘態勢だ。
扉が開かなかったことで気が立っているのかもしれない。
エリック様が誰だかも知らないのだろう。知っていて行動に起こしたのなら逆にすごい。
どこに隠していたのか様々な武器を構え、じりじりとエリック様との距離を詰めていく。
その手慣れた様子に、もし結界が無かったらどんなことになっていたのかとゾッと背中が冷えた。
「話し合いの余地はなさそうだ」
エリック様も男たちの様子に何かを察したのだろう。
剣を抜き、その切っ先を男達に向けた。
「礼儀を欠く者に手加減をするつもりはないが、いいか」
真っ直ぐなその瞳と冷え冷えとしたその雰囲気に男たちのうち数名が怯えたように後ずさるが、リーダー格らしい男は唾を飛ばして威嚇するように叫んだ。
犬じゃないんだからさぁ。
エリック様の登場で完全に外野になってしまった私は口を挟む間もない。
男達が一斉にエリック様に向かっていく。
危ない、と1度だけ叫んだが余計なお世話だったかも。
男たちは人形の如くばったばったと地面へと倒れていく。最後まで踏ん張っていたのはリーダー格の男だったが、剣の柄で頭を殴られた後は一言も発せずに静かに倒れ込んだ。
あまりに見事な流れに、舞台か何かを見ているような気分になってしまった。
「あ、あの」
「再会して早々、物騒なものをみせてしまったね。大丈夫かい」
「……ええ」
大丈夫も何も、私は安全な塀の中から眺めていただけだ。
これぞ本当の意味での蚊帳の外。
とりあえず男達が完全に気を失っているのを確認して、門をくぐり外に出る。
僅かに意識があって呻いている連中もいたが、起き上がって私に向かってくる元気はなさそうだ。
「ユーディリア嬢」
私の前に立つエリック様はあの日とたがわず美しい。
ふ、と綺麗な瞳が優しげに細められると動悸がしてくるので勘弁していただきたい。
「あの、エリック様、ですよね、聖騎士の」
一応確認しておこう。さっき呼んだとき返事はされたが、他人の空似という可能性も捨てきれない。
「ああ、間違いない。そういう君はユーディリア・アルフォード殿で間違いないだろうか」
エリック様は私をじっと見て少しだけ困ったような表情を浮かべている。
今の私は貴族令嬢というよりは魔女っぽい服に身を包んだただの若い娘だ。お化粧だってしていないし、髪も結い上げてはいない。エリック様の記憶にある私とはかなり印象が異なっているだろう。
「ええ、かつてはそう名乗っておりました。今はこの村に根を下ろす、善き魔女ユディでございます」
スカートを摘まんで貴族令嬢らしく挨拶をしつつも、今の自分の立ち位置をしっかりを伝える。
頭を下げているのでエリック様の表情は見えないが、僅かに息を飲んだ気配だけは伝わってきた。
「そう、か。そうであったか…」
何故かその声が震えている気がして顔を上げれば、エリック様は手で顔を押さえ俯いてしまった。
とはいえ、私よりもかなり背が高い彼が俯いても顔は見えるのだけれど。
「ええと、ここへはどうして?」
辺境視察だろうか。それとも魔獣討伐?それにしては一人でいるのは不自然だし、一体何事だろうか。
「君に、」
「え」
「君に会いに来たんだ」
私はエリック様の唐突もない発言にびしりと凍りつくことになった。
門の外で話し続けているのも何なのでとエリック様を屋敷に招き入れる。
客だと告げれば結界は作用しないが、そもそも魔女が作った結界が聖騎士であるエリック様に効果があったのかは果たして謎だ。
セオが嫌な気配と言ったのはエリック様のことだったのだろうと妙に納得する。
悪魔と聖騎士、水と油どころではない最悪の相性だ。
「この屋敷は、君の?」
エリック様は何かを警戒するように険しい顔で屋敷の中を見回している。
聖騎士としての力でこの屋敷にある悪魔の気配というか、闇属性の魔力を感じ取っているのかもしれない、
「ええ。私の今の住まいです。先代の魔女より受け継ぎました」
「先代とは」
「この村に住んでいていた偉大で良い魔女ですよ」
私と血縁関係にあった事は口にしない方がよいだろうと適当に誤魔化す。
大伯母さまも私も、魔女になった時点で家族に迷惑をかけないようにここで静かに暮らす事を選んだのだ。
むしろ、あのまま普通に過ごして迫害されるよりずっと幸せな選択だったと思っているので全く後悔はない。
「ユディ姉さん?」
双子を背後に隠したルイザは、私が連れてきたエリック様を見て目を丸くしている。
「この子たちは…」
「ああ、私が引き取って面倒見ている子たちです。ルイザ、こちら騎士のエリック様。カイルとアデルも出てきてご挨拶なさい」
無駄に肩書や家名を説明してややこしくなるのは避けたいので、シンプルに不必要な事は言わない作戦を取らせてもらった。
エリック様からは少しだけ戸惑いの空気が出ていたが、私の意図は理解してくれたらしい。
「こんにちは。私はエリック。この…ユディ殿とは旧知の仲なんだ」
「きゅうち…?お友達、ですか?」
ルイザが困惑した視線を私に向けてくる。
「ええと」
お友達よ、というにはあまりに縁遠いし立場が違いすぎる。
どうしたものかと私も困り果てていると、エリック様がたまらず、といった様子で噴きだした。
失礼な人だな、あなたのせいで困っているというのに。
「そうだよ。私はユディ殿の友人だ」
柔らかな優しい声と絶景な笑顔。ルイザや双子の表情が和らぎほんのりと色づく。
ああ、美形って得だなぁと思いながらも、私もようやく一息吐くことができた気がした。




