19
荒事は予想外のタイミングでやってきた。
ある明け方、パルが慌てた様子で私を起こしに来た。パルにどうしたのかと尋ねるよりも先に、不穏な音が聞こえてきている事に驚いてベッドから飛び起きる。窓から外を覗けば、門扉を無理矢理にこじ開けようとしている人影が数人。乗り越えようと足場を作っている者もいる。
「魔力のないやつらばっかりだから入っては来られないけど、すごくよくない気配だよ」
「ええ、見ればわかるわ」
もう明らかに悪役面ばかりだ。
知らない顔ばかりなのでいったいどこのどいつだと言いたくなるが、予想は簡単につく。多分、ガザシュ商会の手先だろう。話を断ってからまだ1週間もたっていない。
あの日以来、店を開けている間は必ず私が居るようにしていたし、薬は多くても一人に二つほどしか売らないように心掛けた。少し粘ってくる旅商人もいたが、誰があの商会の関係者かなどわからない。本当に病人やけが人がいるのならば心苦しい気もしたが、明らかに困っている様子が無い相手ばかりであまり良心は痛まずに済んだ。
だから諦めてくれたものだとばかり思っていたのに。
「最悪の手段で来たわよね」
窓から確認できるだけで5,6人はいるだろう。他にも居るかもしれない。
胃が痛くなるのと同時に腹が立ってくる。私が魔女とはいえ、若い娘で、ここには子供しかいないと思っての行動だと考えるだけで、身体の奥がふつふつと沸騰するような気持ちになる。
前世でも、時間や場所を考えない借金取りに怯えて、弟妹達を抱えて震えた記憶が鮮明に蘇る。
「姉さん!!」
その記憶をなぞるように、ルイザが顔を青くして双子を両手に抱えて部屋に飛び込んでいた。小さな手で必死に家族を抱きしめる姿に胸が苦しくなる。
「ごめんね。大丈夫だから、ここでじっとしているのよ。絶対出てきちゃ駄目」
「でも」
「パルがいるから屋敷の外に出なければ大丈夫。魔女を信じなさい」
子供たちのあたまをやさしく撫で、私は手持ちの衣装から一番黒く大人びて見える衣装を取り出す。手早く身支度を整えると、パルに部屋に強い結界魔法をかけて一緒にいてくれるように頼む。
「ユディ様の事も守るよ?」
「大丈夫。子供達を必ず守ってあげて。何かあったらすぐ呼びかけて頂戴」
「わかった」
屋敷の敷地内であればパルの声は私に聞こえる。あいつらがパルにも何かしないとも限らない。対面するのは私一人で十分だろう。
「こんな朝早くから何の用事ですか」
極力冷たい声で呼びかければ、塀や門扉をどうにかこじ開けようとしていた男たちの動きが止まる。私を見た瞬間、黒づくめである事に一瞬ひるんだ様子ではあったが、すぐに卑しい笑いを浮かべる。
「起こしてしまったかな。俺たちはこの屋敷に住む魔女様に話があるんだ」
「随分と手荒い目覚ましでびっくりしたわ。で、私になんの用事かしら?」
男たちは私が魔女だとは知らなかったらしい。一瞬目を丸くするが、すぐさまにやりと楽しそうな笑みを浮かべた。
「お嬢ちゃんが魔女?馬鹿いっちゃいけねぇぜ」
「あら?魔女がどんな女か知らずに来たの?随分と無計画ね」
「……本当にお前が魔女なのか?」
男たちは疑わしげだ。商会も仕事が適当過ぎるだろう。襲う相手の情報位ちゃんと渡しておけよ。
「信じるも信じないもそちらの自由よ。とにかく、そっちに話があっても私にはないわ。うるさいのでさっさと帰って」
「……そう言われても俺たちも仕事でな。お嬢ちゃんが魔女だっていうなら、俺たちと一緒に来て貰おうか」
どうして悪役というのは今も昔も、きっとこれからも人の話を聞かないし、こっちの言う事なんて聞いてくれないんだろうか。
「どうするつもりです?」
「今すぐこの邪魔な塀をぶっ壊してそっちにいってやるよ!!」
「はぁ、そうですか」
私の気のない返事に腹を立てたのか、男達の空気が荒々しくなる。
「覚悟しとけよお嬢ちゃん!俺たちはお前が生きてればそれでいいって言われているんだからな!!」
と、彼らが語気を荒げたのはかれこれ1時間ほど前になる。
「くそ、なんなんだ、これは」
息も絶え絶えと言った様子で、男たちはぐったりと塀の向こうに座り込んでいる。ありとあらゆる道具を使い塀を壊したり乗り越えようとしたり門扉をこじ開けようとし奮闘していた彼らだったが、先代とパルが作った結界は強固だ。傷一つ付いていない。
それに回り込んで裏手から行くようにと指示された輩は未だに戻ってきてはいない。何故ならばこの塀は途中で途切れているように見えて、屋敷とそれに付随する小さな森をぐるりと囲むように作られている。パル曰くルイザ達のように悪意のない子供ならば軽々と越えられるように作られているそれは、悪意を持った者は絶対に越えられないそうだ。本気で一周しようとすれば半日はかかる。
「いい加減諦めてくれません?そろそろ店を開けないと村の人たちも心配するので」
「クソッ!!」
男のリーダー格のような存在が男たちに声をかける。帰るのか、と思ったがそうではないようだ。
「店に行くってことはここからお嬢ちゃんが出てくるってことだよな。それまで待たせてもらうぜ」
ぜいぜいと息を荒げて言われても怖くはないが非常に面倒だ。
こいつらがここに居座っては子供達が怖がってしまう。
さあ、どうしたものかと考えこんでいると、肩に僅かな重みというか気配がかかった。一瞬パルが来たのかと思ったが、視界の端をかすめた黒にそれが誰かとすぐに気が付く。
「よう、困ってんな」
「うわぁ」
タイミングが良すぎるだろうセオの登場に私はげんなりした顔をする。以前と同じ小さなセオはそれすらも楽しむように笑い、男たちを眺めている。
手乗りサイズの小さなセオというのは久しぶりで新鮮な気持ちだ。
「そんなに簡単に人前に出てきていいの?」
「あ?アイツらなんかに俺の姿は見えねぇよ。多少なりとも魔力のある奴らならまだしも」
「そうなんだ…」
貴族暮らしの時はまわりに魔力を持つ人が多かったからいなくなっていたのか、と今更ながらに納得する。
もしかして屋敷をちょろちょろしていても子供たちがセオに気が付かないのはそのせいなのだろうか。
「今頃気が付いたのか?」
「……だから、人の心を読まないでよ!!」
セオはケタケタと笑った。
「別に読んでねぇよ。お前の考えてることは大体顔に出てるし、意外と独り言が多いんだぞお前」
「そうなの?」
「ったく、本当に無防備な奴だよなぁ」
何故か呆れた様子のセオに腹が立つ。
男たちは急に自分たちから意識が反れた私の様子に不審な目を向けているが、セオの言葉通り、その存在には気が付いていない様子だ。
「アイツらどうするんだよ」
「どうしようか…」
外にさえ出ていかなければ侵入できないのは見ていて分かった。しかし、それでは困る。私たちが店に行かない事を心配した村の人たちに危害が及んだらどうしようという心配もある。
「助けてやろうか?」
「え?」
「俺が力を貸してやるよ」
にやり、と悪魔の笑みを浮かべるセオ。
「契約しろってんでしょ」
「お、話が早いじゃないか」
確かにセオと契約すれば、こういう手合いは簡単に排除できる気がする。でも。
「私は善き魔女になりたいの。そんなに簡単に悪魔とは契約できない」
「ったく…じゃあ俺はしらねぇぞ」
そう言いつつもセオは私の傍から離れる気配はない。
「本当に面倒な女だよなぁ。だから面白いんだけど」
何かぶつぶつ言っているが、セオこそ悪魔のクセに面白いと思う。悪魔ってもっとこう、狡猾なイメージなのに。
むすっとした顔をしていたセオが、ふいに遠くを見た。その顔はこれまで私が見たことがある顔とは違う、険しいもので、私の肩に置かれたセオの手がきゅっと強く髪を握りしめた。
「どうしたの?」
「…………嫌な気配がしやがる」
「嫌な気配?魔物とか?」
「ちがう…チッ、お前、本当に……」
全てを言い終わる前にセオが不意に姿を消した。いつも唐突に現れて消えていくセオだが、今日の消え方はあまりに急だ。
混乱している私の様子を男たちは怯えと取ったのか、いつの間にか門扉の前にずらりと並んで私を見ている。
絶対に破られない扉だとわかっているのに、急に怖くなった。セオに戻ってきてほしいなんて考えてしまう。
「若い娘を取り囲むなど、この村には不届きものが多いのだな」
唐突に聞こえた声に男達だけではなく、私も弾かれたようにそちらを見た。
「騎士として見過ごせぬ状況だ」
「あ、あなたは……!」
日の光を形にしたような金色の髪に海のような青い瞳の精悍な顔立ち。
軽装であるが隠しきれないほどのオーラを放つその人は、聖騎士のエリック・グリシィ様。




