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ルイザ達だけを店に置いておくのが急に不安になり、パルを留守番代わりに店に残し、私はマルサさんの店に来ていた。今日今すぐに何か起こる可能性は低いだろうし、何かあればパルが知らせてくれる。
「マルサさん。こんにちわ」
「おや魔女様じゃないか。何か欲しいものでもあるのかい」
「今日は冬支度の相談に来たんです。この村で冬を越すのは初めてなので勝手がわからなくて」
「ああ」
マルサさんはにこりと暖かい笑みを浮かべると大きく頷いてくれた。
「蓄えとくのは肉と野菜だろうね。どうしても冬は店に並ばない。牛乳や卵は売らなくなるわけじゃないが、どうしても量は減る。うちも毎日店を開けなくなるし、生活用品は多少買いだめしておく方がいいよ」
「なるほど」
「魔女様の家はそこまで食べる子はいないだろうから量は必要ないかもしれないけどね。チーズや小麦は冬が近くなると値上がりする事もある。肉はもう少ししたらみんなで一緒になって準備をするんだ。手伝いに来てくれるか代金を払えば加工したものを用意できるよ」
やはり小さな村なので冬支度は村人みんなで取り組むようだ。肉の加工、つまりは屠畜だろう。前世でも今世でもそういう血なまぐさい事は慣れていないので遠慮したいが、この先長く魔女として生きていくには避けない方がよさそうな気がする。
「手伝えるかどうかはわからないんですが、日取りが決まったら教えてください」
参加するかどうかはその時に決めよう。
「保存食の類はそろそろあちこちの店で売り出すはずだよ。こまめに買い貯めておくといい。うちで用意できるものはなるべく集めとくよ。初めての冬越しだからわからない事も多いだろうし」
「助かります。それと子供たちの冬服も仕立てたくて。生地を何種類か注文もしていいですか」
「わかったよ。ちょっとまっとくれ」
ごそごそと書付を取り出したマルサさんに双子が希望した色の布地やルイザに似合いそうな色の冬用の生地を注文しておく。あとこの冬に履く靴もいるだろうと言われて一緒に注文した。
「次、街に買い付けに行くときに全部用意しておくよ」
「よろしくお願いします」
思ったよりも大きな出費になりそうだが、ここで惜しめば冬が越せない。私はともかく、子供達に寒い思いやひもじい思いをさせるのは嫌なので奮発しておこう。
前金をマルサさんに渡しながら、ついでにガザシュ商会を知っているかと聞いてみた。途端にマルサさんの顔が曇る。
「やめときな、あんな詐欺師紛いな奴らに関わるのは」
「やっぱり評判は良くないんですね」
「ああ。あちこちで人の商売に口出ししたり奪ったり、自分たちのその場しのぎの利益しか考えていないアコギな奴らだよ」
マルサさんは同じ商売人として許せない様子だ。
「まさか魔女様の薬にまで手を出そうと?そういえば先代様の薬がまだ残っている時にも一度来たって村長が言っていたね」
そんな前から目を付けられていたのか。
「魔女様の薬はよく効くからね。それに値段も良心的だ。私たちはとっても助かっているんですよ」
「いえいえ。これも善き魔女としての勤めです。あ、そうだ。これ、以前言っていた手の荒れによく効く薬です。どうか使ってみてください」
「まあいいのかい?たすかるよ!」
嬉しそうに受け取ってもらえると、こちらとしてもとても嬉しい。使い心地が良ければ薬店にも出すと約束して店を出た。
そしてその足で村長の家に向かう。
当然、相談するのはガザシュ商会についてだ。
「あいつら…性懲りもなく。しかも尊い魔女様の薬で商売をしようなどと」
「困っている人に使う分には私も嬉しいのですが、あまりに要求してくる量が膨大で。きっと利益を貪る為だと思うのです」
「そうでしょう。魔女様には言えなかったのですが、魔女様が我々に教えてくださったテングサもあいつらが他の村々を騙して不当に安く買いあさっていたようなのです」
「まあ!」
「うちの村は魔女様から直接教えていただいていたので、あいつらが暴利をむさぼろうとしているのには気が付いて断りました。しかしまだあの海藻が利益になると知らない村を回って、ひどく安い値段で長期の契約まで結んだところもあるようで」
言葉にならない怒りが込み上げてくる。私は人々の生活が良くなるようにとおもい使った前世の記憶。その結果を金儲けの道具にされたのだ。しかも多少なりとも豊かになるはずだった善良な人たちを踏み台にして。
前世でも、両親はそんな連中に騙されて借金を作った。両親は別に善良な人間ではなかったが、借金を作る原因になった奴らは正しく悪人だったと思う。
「それは、許せないわね」
「ええ。しかしよくない噂もある奴らです。大きな街では孤児を浚ってよそで売っているとか。魔女様もどうかお気を付け下さい」
「ええ」
魔女とはいえ、ちょっと変わった属性があるただの若い娘だ。面倒な輩が数で押しかけてきたら勝てないかもしれない。屋敷に籠っている間はパルの力で何とかなるかもしれないが、ずっと引き籠っているわけにもいかないし、薬店や村の人々の事は心配だ。
背後にちょっとややこしい悪魔が控えているが、あいつは私が困るのをきっと楽しむ気がする。なんてったって悪魔だから。
村長に礼を言い、薬店へと戻る。
すれ違う人々はみんな穏やかに私に挨拶をしてくれる。ほんの短い期間しか一緒に過ごしてはいないが、人口の少ない狭い村なので人々の付き合いは濃厚だ。
「魔女様?薬店に行くのか?」
「あら、ティルじゃない」
駆け寄ってきたのは村長の孫であるティルだ。背中には籠を背負っている。
「どこかに行くの?」
「いや、今帰ってきたところ。冬に備えて森に採取に行ったんだけど、あまりにいいものが無かった」
籠の中には僅かな果物とキノコ。そうか、そういう山の恵みを採取しておくという方法もあったと思いつき、やはり長年の貴族生活で前世の貧乏な日々の知恵は随分薄れているな、と何故か懐かしく思う。
「大変ね」
「また明日にでも行ってみるよ」
「気を付けるのよ」
「ああ」
ティルは年の割にはしっかりした子供だ。この辺りで取れる野草やキノコの話をしながら一緒に薬店へと向かう。
「主様~」
パルが近寄ってきて私の肩にとまる。しっかり店を守っていてくれたようで、店内は客の姿もなく平和なものだ。
「おかえりなさい!ティルおにいちゃんもいる!」
双子が私とティルに喜んで駆け寄ってくる。ルイザもどこか嬉しそうだ。
「これ、少ないけどやるよ」
「いいの?」
ティルは今日の僅かな収穫物をルイザに差し出す。ルイザは困ったように私を見るが、その頬が少し緩んでいるのを私は見逃さない。
「貰っておきなさい。頑張って取ってきてくれたのよ」
「…そうね、うん、ティルありがとう」
「おう」
ティルも照れているのかちょっと顔が赤い。
この二人はであった頃は喧嘩していたものの、今では随分と仲がいい。
歳の頃も近いし、何となく気も合うのだろう。若いというよりまだ幼い二人ではあるが、何となくこの二人はずっと一緒にいるような気がしてならない。魔女の勘というやつだろうか。
「ユディ姉さん、買い物はどうでした?」
「色々とお願いして来たわ。明日はお店を休みにして、少し屋敷の備蓄を確認しておきましょう。足りないようならば早めに用意しておかなくてはね」
「うん」
「それと村長さんにも相談してきたのだけれど、これからあの商人が大量に買い付けに来たときは断って。ごねたら周りの大人を呼ぶか、私をすぐ呼んで頂戴。しばらくは子供たちだけでの店番はやめましょう」
双子がええーと声を揃えて不満を訴えるが、これはこの子たちの為なのだ。もし、私がいない時に商会の連中が複数で押しかけてこの子たちを怪我させたら。
考えるだけでどうにかなりそうだ。
「何かあったのか?」
事情を知らないティルの表情が曇る。
「ええ、面倒な奴らがね」
「危ないのか?」
「何とも言えないんだけど、用心の為にそうしようと思って」
心配そうなティルが私とルイザを交互に見ている。
「俺もなるべく顔を出すよ」
「ありがとう。でもあなただってまだ子供よ。危険な時はすぐに大人を頼るのよ」
ティルの優しさに感激しながらその頭を優しく撫でてあげる。子供を不安がらせるのは本意ではない。
「そうだ。明日、ティルはまた山に行くのよね。それって、ルイザや双子たちが一緒に行っても大丈夫?」
「うん?そうだな。こいつらくらいの小さいのも木の実を拾ったりしているから、たぶん大丈夫だと思う」
「じゃあ一緒に行きましょう。お昼前に屋敷に迎えに来てくれる?案内してほしいの」
「いいぜ」
ティルは嬉しそうに笑った。役に立てるのは嬉しいのだろう。お礼に手荒れに効く薬をティルに渡しておいた。
早めに店を閉め、皆で家に帰る。
今日の夕食は何にしようかなどとの他愛のない会話をしながら歩く道なりは楽しく暖かい。
この日々を守るために、私は何をすればいいのかとぼんやりと考えながら、あどけない子供たちの笑顔を見つめた。




