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魔女ユディとして善き魔女として村に根付いた生活を始めて、三ヵ月ほどが過ぎた。暖かかった季節が終わり肌寒い朝が続くようになったので、そろそろ冬支度をしなければと屋敷の貯蔵庫と睨めっこをしていると、背中に妙な気配。
「よう、元気か」
「きゃ!!」
突然かけられた声に小さく跳ねて振り返れば、そこにはセオがいた。
私が動揺したのがお気に召したのか、以前は小さくて可愛かった姿が幻だったみたいに、今では人型の姿で私の前に現れるようになった。
「主様!」
喜ぶ声は私の肩に乗っていた屋敷妖精のパルだ。セオの魔力が芯になっている影響でセオの事まで主認定している。
「なにをやっている」
「急に来ないでよ!しかも背後から!」
怒る私の反応に楽しそうに赤い瞳を細めるセオは楽しそうだ。
「そろそろ冬支度をしないといけないと思って。子供たちの冬服も仕立てたいし、食料も貯めておかなくちゃ」
「人間てのは不便なんだな」
興味のなさそうな顔をして、セオはあくびをしている。
本当に勝手な悪魔だ。
薬店の営業は順調で平和そのもの。今では近隣の村や街から薬を買い付けに来る人もいるほどだ。
明確な医療という物が無いこの世界では、医者はとても貴重な存在だし、病を治す魔法は高価だ。魔女の薬がそれなりに効果があると知ればみんな手に入れたいのだろう。
とはいっても私はまだまだ駆け出しの魔女なので作れる薬は数が少ない。先代が残したレシピと睨めっこしながら日々修行の毎日だ。
「強い薬を作りたいのなら俺と契約しろよ。悪魔の魔力でどんな薬も作り放題だぞ」
下手な宗教勧誘みたいな台詞を吐くセオを無視しながら、私は黙々と新作の調合を始める。これは今までのものとは少し違う新しい傷薬だ。主に乾燥や水仕事で荒れる手肌を癒す効果が高い。寒くなってくると水仕事や家事をする人たちが手が痛くて大変だという話を聞いていたから。地味だが大切な薬だ。
「おい、聞いてるのか」
「もう!集中できないから話しかけないでよ!」
セオは私に怒られたのが気に食わないのか、ムッとした顔をして姿を消した。パルが「セオ様~」とちょっとさみしそうに呟くのが癪に障る。勝手に現れて勝手に消える。それがセオと私の日常だった。
「ユディ姉さん、熱さましと傷薬が減ってきたのでまた追加をお願いします」
「もう?そんなに病気の人が多いのかな」
「いえ、旅の商人が買い付けに来てまとめて買って行かれたんです」
「また?」
薬店から帰ってきたルイザの話を聞き私はまたかと頭を抱える。
薬店の評判が上がっているのは嬉しいが、その薬を転売するためにやってくる旅商人というのが最近よく表れるのだ。
勿論売っているのだから買ってもらうのはありがたいのだが、こうも続くと嫌な気分だ。善き魔女としてこの村の人々の為に薬を作っているのに掠め取られている気分。
それに大量買いをしていくという事は転売目的だろう。彼らも商売なのだろうが、これが続くのは良くないと私の前世の知識が告げている。
「ルイザ、今度また商人が大量に買おうとしてら売らないで。すぐに私を呼んで頂戴」
ルイザは神妙な顔をして頷いてくれた。
夕食を食べながらルイザに冬支度の相談をする。これまでずっと貴族のお屋敷でぬくぬくと過ごしていた私には冬支度という知識はあれど未知の世界だ。何をどれだけ用意しておかなければならないのか想像もつかない。
「冬用の服はいくつか仕立てた方がいいと思います。食料は村のお店がどれだけ開いているのか確認した方がいいかもしれませんね」
「ああそうね。明日にでもマルサさんのお店に行って相談してみましょう。冬用の服を作る生地も取り寄せてもらわないと」
「ユディ姉、ぼくはあおい服がいい!」
「わたしは、あか!」
双子たちが食事を食べながら口を挟む。最初に出会ったときは痩せた身体だったが、この数か月ですっかりと健康的な子供になった双子の可愛さは目に眩しい程だ。
最初は「魔女様」や「ユディ様」という呼び方をしていた子供達はしていたが、私の方がどうも落ち着かず「姉さん」という呼び方で落ち着いた。
ずっと妹という立場だったので、姉さんという呼ばれ方はくすぐったくて暖かい。
「そうね、その色の生地を頼みましょうね」
「もう、そうやっていつも甘えて!ユディ姉さんも甘やかさない!」
ルイザも栄養状態がよくなった影響か背も延び体つきも随分と女の子らしくなってきた。薬の製造が忙しいときはどうしてもルイザに店を任せてしまう事が多いが、しっかりと店を切り盛りしてくれている。双子もルイザを真似て薬を並べたり、お菓子を作りを手伝ったりと戦力としては十分。
元が整った可愛らしいルイザは村の若い少年たちからとても熱い視線を送られているがどこ吹く風。真面目に仕事をこなす姿は村の女性たちからの信頼も厚い。いずれ我が子の嫁に、と考えいる人も少なくなさそうな予感がしている。
そんなこんなで4人での暮らしはとても順調だった。
翌日、薬店に追加で納めるための熱冷ましと新しい傷薬を持って街へ向かう。当然肩にはパルが。小さなパルは村でも人気者だ。行く先々で村人から声をかけられる。
「お、パルちゃんきょうも可愛いね」
果物を売っている屋台のおじさんがパルに小さな木の実を分けてくれる。実体化した事でパルは食事を取れるようになった。食事からエネルギーを得る事が出来るからか、魔力の状態もずっと安定している。
薬店にたどり着けば今日もそこそこの客入りだ。確かに村の人たちだけではなく見知らぬ顔も多い。
「ユディ姉さん!」
「「お姉ちゃん!!」」
ルイザと双子が駆け寄ってくる。
「ルイザ、これ頼まれていた薬ね。あと新しいお菓子よ。棚に並べてくれる?」
「「まかせて!」」
双子たちは張り切り顔だ。
ルイザに納品数を書いた紙を手渡しながら薬店の中を見まわす。
他に足りない薬はないかと確認していると、客らしき若い男性とパチリと目があった。妙に小奇麗な格好をしており、村の人ではないのは一目瞭然だ。その男性はにこにこと笑みを浮かべて私に近寄ってくる。
「こんにちは。この店の方ですか」
「ええ、まあ」
「素晴らしい品揃えですね。街に行ってもここまで効果のある薬がこれだけそろった店は少ないんですよ」
「はぁ」
何が言いたいのだろうか。
「申しおくれました、私はこの少し先の港町で商会を営んでいるアリバと申します。ここに良い薬があると聞きつけて買い付けに来たのです」
差し出された名刺には「ガザシュ商会番頭」と肩書がある。そしてすぐさまピンときた。旅商人を使って最近薬を大量に買っていたのはコイツだ、と。前世で散々貧乏生活を味わったおかげで、詐欺師の類は良く知っている。きっと私の薬が良い商品になると踏んだのだろう。
「買付、ですか」
「ご興味はありませんか?」
「残念ですけどありませんね。名乗り遅れました、私はこの村で善き魔女として根を卸ろしている者です」
「あなたが」
アリバが目をみはる。魔女の薬とは知っていても、私のような若い娘が魔女だとは思っていなかったのだろう。一瞬だけ相手から嘲りのような空気が漏れるが、流石は商人と言ったところだろう。すぐに表情を整え、深々と頭を下げてきた。
「魔女様ご本人でしたが!それは失礼しました。説明が足りないようで不安に思わせてしまったようですね。別にこの薬を占有したいというわけではないのです。ほんの少しまとまった数を我が商会に卸ろしていただけないでしょうか。勿論、しっかり代金はお支払いします」
お金を取らずに薬だけ持って行ったら泥棒でしょうが、と言いたいのを必死で飲み込む。
「まとまった数ってどれくらい?」
私が返答した事にアリバはにやりと笑う。あ、こいつ私が話に乗ってきたとおもったな、と感じつつも、私は表情を崩さない。
「そうですね、月に100程で」
「100!!」
今の私が店に卸ろしている量の軽く倍はある。どれだけの販路を抱えているというのか。
「申し訳ないけど無理だわ。薬はそう簡単に作れるものではないし、店に卸ろす分もある。大きなお店にまとまって卸ろすなんて不可能よ」
「そこをなんとか。最初は50程でも構いません」
「嫌よ。私は善き魔女としてこの村の人々の為に穏やかに過ごすと決めているの。そんな大がかりな商売は魔女の信条に背くことになるわ」
そう、私はあくまでも魔属性の魔力を持ったために魔女になった身。下手に目立てばよくない噂も広がるだろう。魔女の薬は人の役に立つために作るべきもので、決してお金儲けに使ってはいけない。
「そこをなんとか。この辺りは医者も少なく効果のある薬は貴重です。薬を売る事は魔女様の善行に繋がりますよ」
「本当に必要としているのならば必要な分を買えばいいでしょう?そんなに大量に仕入れていったいどこで売るつもりなの?」
「私どもの商会はあちこちに店を構えていましてね。また旅の商隊も持っています」
「なるほどねぇ。でも駄目、私はこの店以外で薬を売る気はないの。それにここで売っている薬を必要以上に買うのは止めて頂戴」
アリバは何かを考えるように無言で私を見つめていたが、ふ、と僅かな笑いを零した後、不自然なほどのにこやかな笑顔を浮かべる。
「なるほど。魔女殿は高尚なお考えをお持ちの方の様だ。ご気分を害したのならば謝ります」
「別に謝罪が欲しいわけではないの。この薬は困っている人のためのもの。商売がしたいのならば諦めて」
これ以上の問答は無駄だとばかりに私はアリバに背を向ける。何だかとても良くない相手なのはひしひしと伝わってくる。
「わかりました。今日のところはこれで失礼しましょう。いずれまた」
またなんてないわよ!と毒づきたいのを必死で堪え、背中で見送る。
ああいう手合いは隙を見せるとどこまでも食い下がってくるのだ。金が絡むとろくなことがない。
「ユディ姉さん、大丈夫?」
心配そうな顔をしたルイザがやってくる。きっとアリバと私の会話をずっと聞いていたのだろう。
「大丈夫よ」
そう答えたものの、途端に不安が押し寄せてくる。今回は素直に帰ってくれたが、この先また顔を出すとも限らない。ルイザや双子だけの時に店に押しかけられたらどうすればいいのかと、私はお腹の奥が冷えるような気持ちになった。
「大丈夫よ」
まるで自分に言い聞かせるみたいに呟いて、私はルイザのあたまをやさしく撫でた。




