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夜が明けて、薬店の開店にはしゃいでいたルイザ達は、新しいパルの姿に更に興奮して大騒ぎ。
ちゃんと仕事になるのか少し不安に思いながらも、みんなを連れて店に向かった。
パルは体を手に入れて外に出歩けるようにはなったが、屋敷とのリンクはそのままなので、施錠や結界は維持されるようで安心だ。
外に出ている間に屋敷に何かあればすぐわかるらしい。
「パルはユディ様もお守りするの」
口調が少し幼くなっているのが可愛い。
記憶はそのままらしいが生まれ変わったのと同じなので、自分であって自分でないような感覚だという。
私が前世の記憶を自分とは別の人生と考えているのと同じだろう。
薬店には昨日のうちに薬を並べておいた。薬だけでは寂しいので、飴玉とか薬草を練りこんだクッキーなどのお菓子も準備した。あとは看板を掲げて扉を開けるだけだ。
何故かティルがすでに店先で待っている。
「遅い」
開店時間はまだ先のなのに気が早いなぁと苦笑いしていると、ルイザがティルの元に駆け寄っていく。
「こんなに早く来なくてもいいのに」
「・・・準備とかあるだろ、色々」
ほうほうほう。
若い二人の様子になんとなく察するものがあって微笑ましい気持ちになる。
「「ティルおにいちゃん!!」」
双子たちもティルにはなついている様子で楽しそうだ。
ティルの手伝いもあって、開店準備はあっという間に終わってしまった。
少し早いが店を開けてしまおうと扉を開けると、既に何人かが待っている。
「おや、ようやく開店かい?」
「マルサさん!」
並んでいるのはどれも顔見知りだ。村長も来てくれた。
お祝い代わりに買い物に来てくれたようで嬉しい。
「ようやく魔女様の店が再開か。これで色々と安心ですな」
村長とマルサさんがしみじみとした表情で語りあいながら商品を選んでいる。
「わざわざ街まで医者を呼びに行くのは大変ですものね」
「それもあるけどね、ほら、この前の流行病みたいな事があるとね」
「流行病・・・」
ルイザ達に視線を向ける。
そういえば少し前に流行した流行病ではたくさんの人が亡くなったと聞く。
彼女たちの親もそうだった。
「この村でも何人か亡くなってね。ティルの母親もだ。もしこの店が開いていればと何度も思ったよ」
「そうなんですか・・・」
ティルがこの店を再開させると聞いた時、少しうれしそうだったのは母親の事があったからなのだろう。
自分と同じ思いをする子供がいなくなればいいという優しさに気が付いて、思いがけず瞼が熱くなった。
ルイザと楽しそうに話している姿を見つめる。
この子たちが健やかに生きていける居場所を作ってあげたい。
善き魔女として生きるだけではない、新しい目標が出来た気がして、私は少しだけ背筋を伸ばした。
最初はゆっくりだった人の流れに昼前には大盛況となった。
みんな薬がいつでも買える事に喜んでくれたし、子供たちはお菓子に夢中だ。皆がにこにこと笑って買い物をしてくれている様子は見ているだけで胸が躍る。ああ、ここに来てよかったなと心の奥が満たされる気がした。
「魔女様、ありがとうね」
マルサさんの優しい言葉にちょっとだけ泣きそうになった。
前世で辛かった過酷な日々と、その埋め合わせのような貴族の生活にしがみついていた日々。それが全部ひっくりかえって魔女と呼ばれ、この村に来てからの目まぐるしい毎日。可愛い家族とやりがいのある仕事。ああ、満たされた、と心が感じた。
胸元のセオからもらった赤い珠がちょっとだけ温かくなった気がする。魔女になってしまった原因だけど、思えば前世の記憶を取り戻してから少し不安だった心もセオがいたから忘れられていた気がする。悪魔だっていうのに変に面白くて優しくて。小さな友人だとばかり思っていたのに、昨夜は急に大きくなって。
綺麗なセオの顔を思い出すと胸の奥が変な風に痛いけれど、悪魔が持つという言う魅了の力のせいという事にしておく。
「なんてったって、私は善い魔女ですからね!まかせて!!」
変わってしまった世界を元に戻すことはできないけれど、私がそれに合わせて変わることはできる。
新しい暮らしと新しい家族。
今日この日から間違いなくここが私の場所だ。
沢山の人が笑顔になれるこの店を守って、先代の意思を引き継ぎ善い魔女となろう。
魔女になった私の新しい生活はこうやって幕を開けたのだった。




