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井戸の滑車は私の水魔法があるのでそれほど急いで修理する必要はないが、洗濯場のロープだけはルイザと二人で張り替えた。
シーツや服など汚れ物の洗濯と庭の草むしりを子供たちの仕事にして、私は先代が残した魔女の部屋へ向かう。
広い屋敷の中、そこだけが唯一どっしりとした鉄飾りのついたドア。
ノブに手をおけば、掌から魔力が吸いとられた気がした。
想像よりもずっと軽い力で扉が開く。
『この扉は魔属性の魔力を使って開きます』
屋敷妖精の説明になるほどとうなずく。
部屋の中は窓が無く薄暗い。
壁掛けのランプに魔法で火をともせば、そこは立派な研究室。
沢山の本が並んだ本棚に綺麗な机。
いくつかの鍋や不思議な器具と整頓された薬剤の原料であろう鉱物や乾燥した植物。
先代魔女の丁寧な仕事ぶりが伝わってくるようだ。
「すごい」
机の上には埃ひとつ無い。
これは屋敷妖精の魔法と言うより、時間が止まっていたみたいな空気だ。
「これは大伯母様の魔法?」
『そうです』
人がいるとき以外は時間が止まる魔法。
そんなことができるのかと目を丸くする。
長い時間をかけて丁寧に練られた魔法なのだろう。
自分が同じことをできるようになるまでには途方もない経験と修練が必要そうだ。
「ええと、屋敷妖精?」
『はい』
「ううん・・・呼びにくいのよね屋敷妖精って。大伯母様は貴女を何と呼んでいたの?」
『主様は私を「パル」とお呼びでした』
「パル・・・」
『私は主様の魂を少し分けていただいて産まれたので、名前もいただいたのです』
「へぇ・・・」
屋敷妖精と先代のつながりは想像よりもとても強いようだ。
「私もパルと呼ばせてもらっていいかしら」
『どうぞご自由に』
「ではパル。早速だけれども薬を作る方法はわかる?」
『その青い表紙の本にレシピがあるかと』
「これね。どれどれ」
丁寧な筆跡で書かれたレシピには薬草を使った傷薬や熱冷まし、痛み止めや毒消しなどのレシピが載っていた。
魔女だから魔法で全部作るのかと思いきや、それぞれに手間暇をかけた工程が必要で、魔法を使うのはほんの少し。
魔属性の魔力で薬草の効力を高める事ができるので、魔女の薬は効果が高いようだ。
必要な材料と部屋に残された在庫を確認していく。
本に書かれれているレシピはたくさんあるが、今の私で作れそうなのは最初の方に書かれた簡単な薬たちだけのようだ。
他の物を作るには技術も材料も足りない。
見たことも聞いたこともない材料を先代はいったいどうやって仕入れていたのだろう。
そんなこんなで、気が付けば魔女としての数日があっという間に過ぎていった。
私が魔女の部屋で薬作りに試行錯誤している間に、子供たちの頑張りで薬草園は復活したし、様子を見に来てくれたティルのおかげで井戸の滑車も直り、屋敷の生活環境はかなり整ったといえる。
薬店を再開させるにはまだ修行不足を感じるので、試作品の薬たちはマルサの店に格安で置いてもらう事にした。
その代わり、使ってからの感想や効果の報告をしてもらう。
今のところ効果には問題がないが、味が苦くて子供が飲めないという話を小さな子供を連れた母親から相談された。
そして思い出したのが前世で薬を飲むために作られたゼリー。
この世界にゼリーに似た物があるだろうかと考えていたら、マルサの店に乾燥した海藻が売っているのが目に入った。
「マルサ、この海藻は何かに使ってるの?」
「土に混ぜて肥料にしたり、家畜の餌に使ってるのさ。漁をしていると網に勝手に引っかかるんだ」
「少し売ってもらっていい?」
「いいけど、畑でもはじめるのかい」
「ううん」
持ち帰った海藻は前世の記憶にかすかにあるアレそっくり。
魔法道具で鑑定すれば、含まれている成分が表示される。
たぶんだが、イケる。
水魔法を使いよく洗って風魔法で乾燥するを繰り返せば、海藻の繊維だけが残り白い塊になった。
それを沸かしたお湯に溶かしてかきまぜれば半透明のとろりとした液体になる。
丸い型枠に液体を流し込み、冷やして固めれば、つるりとした柔らかい塊が完成した。
「やっぱり!テングサだったのね!」
完成したのは寒天。
動物性のゼリーより癖も匂いも少ないので子供が薬を飲むのに使えそうだ。
貧乏を極めていた前世では、お腹が空いた時に安い寒天を買ってきて薄めたジュースを固めたものだ。
さっそくマルサの店に持ち込み作り方と使い方を教える。
乾燥させた状態ならかなり保存できるが、溶かして固めた後は数日しか持たないので、使いたい時に使う分だけ作る方法を教えた方が効率が良い。
「こうやって、少し柔らかめに作ったカンテンの中に薬を入れて、スプーンでくるんで、そのまま飲むんです」
「へぇ!これは凄いね!」
「カンテンに砂糖やはちみつを少し混ぜておけば、甘くておいしくなりますよ」
「漁の邪魔になってた海藻が、こんな風に使えるなんて」
「これは画期的だ」
マルサだけでなく、他の商店からも見学者が来て大わらわ。
「さすが魔女様だねぇ。先代様の薬もすごかったけど、薬の飲み方まで変えてくれるとは」
「実は、俺も苦い薬は苦手で」
「これ、料理にも使えるんじゃないか?」
寒天の活用方法にみんな興味津々だ。
私は前世の知識をフル活動して、寒天の使い方をレクチャーした。
薬を飲むだけではなく、甘味を加えてお菓子にしたり、スープを固めて持ち運びやすくしたりと可能性は無限大。
綺麗な水で何度も洗ったり乾かしたりの手間はかかるが、完成してしまえば日持ちするし、軽いので運搬もしやすい。
この村に隣接する漁場は岩が多く、この海藻がたくさん取れて困っているのだという。
しかしその邪魔でしかなかった海藻が役に立つかもしれない。
特出した産物のなかった村は、カンテンの出現に沸いた。
騒動に驚いてすっ飛んできた村長に事情を説明し、寒天を村の特産物にするための相談が始まってしまった。
それからしばらくし、小さなグリーンウィッチ村から産出されるテングサとそれから作れるカンテンが大ブームを巻き起こし、ありとあらゆる飲食に関わる業界に革命を起こしたのは、また別のお話。




