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善き魔女はスローライフに憧れる  作者: マチバリ
1章 魔女はじめます
10/24

10

 


 翌朝、カーテンを閉め忘れたせいで差し込む朝日が眩しくて目が覚めた。

 キルトがあっても少しだけ空気が冷たく肌寒い。

 部屋を暖める魔法でも使った方がよいかもしれない。

 着の身着のまま眠ってしまったので、少し皺になった服と髪を整えて部屋を出る。

 欠伸を噛み殺しながら階段を下りていると、誰のいないはずの屋敷の中でかすかに空気が動いた気がした。


「屋敷精霊の魔法かしら」


 風の入れ替えをしてくれているといっていたので、どこかの窓が開いたのかもしれない。

 深く考えずに朝食をとるために台所に入れば、ほんのりとした違和感に襲われた。

 明るい中で見るから昨夜と雰囲気が違うのは仕方がないにしても、昨夜とは何かが違う気がする。

 首をひねりながらスープを温めなおすために鍋をのぞき込めば、そこにも違和感が。


「・・・減ってる?」


 昨夜、鍋いっぱいに作ったスープは一皿分食べただけだったはずだ。

 私の記憶が確かならば、半分以上は残っていたはずなのに、鍋のスープはその半分もない。

 もしかして寝ている間に空腹に耐えかねて食べに来てしまったのだろうか?

 きゅう、と悲し気に空腹を告げてくる腹具合から考えるにそれはないようなのだが。


「おはよう、屋敷精霊。ちょっと聞きたいのだけれど、スープは美味しかったかしら」

『おはようございます。残念ながら私は食事をいたしませんので味はわかりかねます』

「この家に私以外の誰かがいるの?」

『いいえ、家の中には誰もいません』

「・・・家の中には、ねぇ」


 なんとなく気になる言い回しだ。

 ちらりと外に続く勝手口を見る。

 内側からかんぬきかける造りだが、今は開いているようだ。

 なんとなくだが、きちんと閉まっていないような気がする。

 色々と考えながら残っていたスープを温めて皿につぎ、これまた小さくなっていたパンを齧った。


「さて」


 昨夜は諦めた探検をすることにしよう。

 まずは家の中からのつもりだったが、どうも勝手口が気にかかるので、外に出ることにした。


 出てすぐは裏庭になっており、小さな井戸と洗濯場が作りつけられていた。

 井戸の滑車は少し傷んでおり、桶は水漏れが酷くロープは切れかかっているので修理が必要だろう。

 洗濯場のタライなどは問題ないが、洗濯物を干すためのロープが千切れて風に揺れているから、買い物リストに加えておく。

 雑草と蔦が凄いのでよく見えないが、小さな畑が作られていたようだ。

 たくましい薬草の類が青々と生い茂っているのが雑草の隙間から見えるので、少し手を入れれば薬草園として役に立つだろう。

 そして、小さな納屋が屋敷に寄り添うように建てられていた。


「・・・納屋か」


 家畜小屋も兼ねているのか、屋根と囲いだけの部分としっかりした小屋がくっついた造りをしたそれは、屋敷同様に痛みが少なく問題なく使えそうだった。

 入り口は外側からかんぬきで施錠するようになっているが、今は開いているようだ。

 手をかけると簡単に開く。

 がざり、と中で何かが動く気配がした。

 動物の類だろうか。

 魔獣ならば多少魔力を感じそうなものだが、そういった危ない気配は感じない。

 中は薄暗く、薪や農具の類の他に大きな樽や壺も並んでおり、保存食なども作っていたのかもしれない。

 中に入ると、埃のにおいに混じってつん、と生き物の匂いがした。

 獣ではない、人の匂いだ。


「誰か、いるの?」


 奥の方で何かが動く気配がして、身構える。

 屋敷精霊がいるとはいえ、何らかの魔法や道具を使って侵入する事ができないとも限らない。

 すぐ近くにあった鍬を両手に握りしめ、ゆっくりと音がした方へ近づいていく。

 納屋の奥、こんもりとした藁の山が震えていた。

 山からは4本の小さな細い足が隠れきれずに飛び出している。


「・・・こども?」


 私の声に足がびくりと震え、藁の中に引っ込んでしまった。

 そのはずみで山が崩れ、今度は毛玉のような何かが飛び出す。


「ねぇ、あなた達はだあれ?」


 なるべく優しい声で呼びかけると二つの毛玉、もとい頭がビクリと揺れた。

 汚れと埃、絡んだ藁で色がはっきりしないが揃いの赤毛がゆっくりと動いて、ひそひそと詰めた声がきこえてくる。


「どうしよう、ねえさんまだもどってないのに」

「まじょ、だったら食べられちゃうの?」

「このままかくれてたらあっちいってくれるかもよ」

「ねこのなきまね、する?」

「「にゃー」」


 吹き出したいのを必死にこらえる。肩が震えてしまうのは許してほしい。

 鍬を離して藁の山に近づく。

 小さな頭は子供のもので、先ほどの足から察するにかなり痩せている気がした。


「何もしないから出てらっしゃいな」

「ねえさんが誰ともはなしちゃだめっていったからだめなの!」

「お姉さんがいるの?」

「ごはんとりに行ってるの!うさぎがわなにかかってるかも!」

「こんやはおにくだ!!」


 ぴょん!と二つ小さな勢いよく飛び出し、嬉しそうに飛び跳ねた。

 長い前髪のぞく瞳は揃って明るい栗色の瓜二つな小さな子供ふたり。


「あら、双子だったのね」

「はっ!」「はっ!」


 しまった!と子供たちが顔を見合わせる。

 慌ててもう一度藁の中に逃げ込むが、すでにばっちり姿を見てしまった。

 ずっと前から着たままにしか思えない汚れた衣服と細い手足。

 毛玉のようになってしまっている髪の毛から察するに長い間、身なりを整えることができない生活を送っていたのだろう。


 きゅるるるるるる


 可愛い音が響き渡る。


「お腹、すいてるの?スープだけじゃ、足りなかったわよねぇ」

「スープ!おいしかったの!」

「あったかいごはん、ひさしぶりだったの!」


 やっぱり、この子たちが食べたのだ。

 スープについての感想を述べるために再び顔を出した双子は無邪気そのもので微笑ましく、切なかった。

 こんな小さな子供がこんなに痩せてこんなに汚れて。

 前世で遺してきた弟妹思い出す。

 私が死んだときはもう学生だったが、私がいなくなったことで生活に困ったのではないかと、今更どうしようもない不安と後悔が浮かび上がる。


「何か食べさせてあげるわ、いらっしゃいな」


 私が差し出した手に双子の表情が不安げに曇る。

 素直に大人の手を取ることをためらわれる様子がさらに胸を刺した。

 弟妹の代わりというわけではないが、この子たちを助けたいという気持ちが抑えきれない。


「何もしないわ。お願いだからこちらにおいで」


 おずおずと双子が小さな手を伸ばし、私の手を握ってくれた。

 温かな細い指に涙が出そうになった。

 両手で双子と手をつなぎ納屋を出る。

 この子たちが屋敷精霊の加護をすり抜けて屋敷に出入りできたとは到底思えない。

 ねえさんとやらが何かしらの魔法を使ったのだろうか。


「先にお風呂かしら?」


 屋敷精霊に頼めばお風呂の準備くらいしてくれるかもしれない。

 何より、侵入者を許したことについて聞きたいこともたくさんあった。

 勝手口から屋敷に入ろうとしたとき、誰かの声が聞こえた。


「カイル!アデル!!」

「「ねえさん!!」」


 双子が私の手を振り解き、声がした方へ走り出す。

 見れば、森の方から誰かが走ってくる。

 私より一回り程小さな人物が必死の様子で双子に向かって手を伸ばし、双子もそれに応えるようにその腕の中に転がり込んだ。


「どうして!外に出ちゃダメだって言ったでしょう!!」

「だって、ごはんくれるって・・・」

「なにもしないっていうから・・・」

「簡単に信じちゃダメだってあれほど言ったのに!悪い魔女だったら食べられてしまうかもしれないのよ!!」

「あら、酷い」

「・・・!!」


 青くなった顔が私を見上げる。

 一見すれば少年とも思えるような服装をしているが、華奢な体躯とうっすらと丸みを帯びた輪郭から、少女なのがすぐに分かった。

 双子とは違い、灰色の髪。でも瞳だけは双子そっくりだ。

 隠すように双子を抱きしめる腕は細く頼りなげだが、私を見据える瞳には家族を守ろうという強い決意が感じられる。


「魔女なのは認めるけど、私は善き魔女見習いよ。子供を食べたりなんてしないわ」

「善き魔女?」

「そう、ここは善き魔女の屋敷よ。あなた達こそ、どうしてここに入れたの?」

「それは・・・」


 少女の表情が気まずそうに歪む。

 やはり何かしらの手段を使ったのだろう。

 何か理由があるのかもしれない。


「詳しい話は中で聞くわ。それに何か食べないと。何もしないからついていらっしゃいな」




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