01
「いいからさっさと俺のモノになっちまえよ」
「やだ!!」
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私が私以外の人生を生きていたというのを思い出したのは八歳の誕生日。
それまでは、自分の人生に疑問を持つことなどなかった。
平凡な男爵家の三女に産まれ、贅沢三昧とはいかずとも衣食住に困ることもなく、この先も穏やかに生きていくのだと信じていた少女、ユーディリア・アルフォード。
それが私だ。
王家にもつながる公爵家から嫁いできた美女と名高い母には似ず、凡庸で平凡な父親によく似た容姿の私。唯一、母にそっくりなサファイアような深い青い瞳のおかげでそこそこの見た目だとは自負している。
ただ、母にうり二つの姉たちと並ぶと大変切ない気分になるので、間に父にそっくりな兄に立ってもらうことで何とか家族のバランスはとれていると思う。
この世界では八歳の誕生日に魔力の属性を調べる儀式を行うのが慣例で、私も例にもれず教会の礼拝堂で魔力鑑定の為だけに作られた特別な水晶に血を一滴たらして自分の属性を知ろうとしていた。
左手の人差し指からほんの一滴、ぽたりと水晶に落ちた赤い血。
それに反応して淡く光り輝く水晶。その光が瞳に差し込んだ瞬間、まるで早回しで映画を見るように流れ込んできたある女の人生。それが私の前世であると理解すると同時に私は気を失っていた。
魔力調査の儀式で気絶するのは珍しいことではあったが、貴族令嬢なので血を見て貧血を起こしたのだろうと好意的に解釈をされたおかげで大した騒動にはならず、私は水属性で魔力量もいたって平凡という結果に終わった。
水属性は使い勝手もよく水に困らないという事で人気の属性。
結婚に優位ですね!と無邪気に喜ぶお付の侍女に曖昧な笑みで返事を返しながら、私は過去の私に思いをはせていた。
過去の私。おそらく日本という、ここよりもずっと文明の栄えた場所で生きていた私は平凡どころか底辺の人間だった。
両親が作った借金のおかげで最低限の学歴しか得られず幼い弟妹の為に朝から晩まで己を削る様に低賃金で働き、若い女としての楽しみや喜びが欠如した人生。
そんな私が明日の朝を迎えることなく眠る様に死んでいったのは当然の結果に思えた。
家族のいる家で布団の中で死ねたのは不幸中の幸いだったのではないかとすら思える人生だった。
そんな悲惨な過去?があったにもかかわらず、私は案外冷静にそれを受けとめている。
何故ならば、それは今の私とは全く関係のない人生だからだ。
過去生、前世、転生。確かにそういうもので、過去のみじめな女と私はつながっているのだろうか、それはあくまでも過去。
死んでしまった彼女の記憶は受け継がれているが、細かい感情までは受け継いではいなかった。
まるで物語を読んだ時のような感覚で知った自分の過去。
そこに感情が動かなかったといえば嘘になるが、思い入れは殆どない。
そんな人生もあったのね、位なものだ。
我ながら冷めていると思う。
そういえば子供のころから妙に冷静で大人びているとよく言われていた。
もしかしたら、それは少なからず前世の影響を受けていたからなのかもしれない。
でも、だからどうしたとのいうのだ。
今の私は違う世界ではあるが貴族に産まれ何不自由なく生活できている。
過去の私に思うところがあるとするなら、あの頃に謳歌できなかった人生を歩いてやろう!という決意くらいのものだ。
「いいわ、絶対に平凡に幸せになってやる!」
八歳の少女が掲げるにはあまりに地味な目標だったが、それそれは全身全霊で誓った決意。
なのに、私の人生はこの日を期に大きな荒波に飲み込まれていく事になった。