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首が取れる百合~デュラハンちゃんと飛頭蛮ちゃんと~《完結》  作者: いかずち木の実
失われた体を求めて/体の奇妙な冒険
6/17

友達がいないやつは距離感を測るのが下手くそ

 ミユキの胴体は思い返す。

 昔から口下手な子供だった。

 友達を作り方は、誰も教えてくれなかったから。

『すごい楽しいことがあるんだよ!』

 初めて出来たデュラハンの友達がいた。

『ミユキちゃんの馬鹿、もう友達じゃないっ!』

 すぐいなくなった。

 なおさら人付き合いが苦手になった。

 そして今朝。

 己の頭部が独断で、学校一の美少女を恐怖の空中飛行に連れて行った。

 あのときのように。

 きっと今頃、最悪に気まずいことになっているのだろう。

 志賀路ハカリコはひどく傷ついているだろうし、クラスメイトたちは己を冷たい目で見ているだろうし、最悪親を呼ばれたりしているかもしれない。

 これからの学校生活を思えば思うほどに、元の世界に戻ったところで良いことなんて何ひとつなかった。

 今までは異常な状況ゆえに考えないようにしていたことが、改めて蘇ってくる。

 そうだ、少なくとも首藤ミユキの胴体にあの世界への未練などない。

 やたらまばゆい陽の世界になど。

 ゆえにミユキの胴体は手を伸ばして――

《……わかりました》

 少なくとも自分を見てくれる相手――アルクの持つ指輪に触れた。

「ありがとう。……でも本当に良いのかい? 僕が言うのもなんだけど、もう少し考えたほうが」

《いい》

 何も良くないが、指輪をひったくって無理やりつけた。

 ……少し大きい。

《いいから、吸血鬼にさせて。私が好きって言ってたじゃないですか。気が変わっちゃうかもしれないですよ》

 立ち上がり、アルクのそばに寄る。

 人は自分を愚かだと笑うかもしれないが、訪れるかもしれない幸運を待ってあんな世界に居続けるほうがよほど愚かだ。

 だから自分は、陽の世界を捨てて、常夜の世界を取る。

「……わかった、ありがとう」

 アルクもまた立ち上がり、ミユキの腰を抱くとともに囁いた。

「――絶対に後悔させないよ」

 そのまま首元に鋭い八重歯が突き立てられようとして――

「「いよっしゃあああああっ!」」

 ガラスが割れる派手な音が響いた。


「「――ひいいいいいいいいっ!」」

「ばううううううっ!」

 満月照らす、常夜の魔界の森。

 二つの首が飛んでいる。

 びゅんびゅんと、今朝以上の速さで。

 巨大な翼をたたえた爬虫類――ドラゴンに追われながら。

 小鳥を追いかける大鷹のごときサイズ比。

 魔界入りした途端にこれである、本当にあの胴体はろくなことをしない。

「いくら魔界だからってドラゴンがいるのは絶対おかしいでしょ!」

「よかったね、首藤ちゃんの胴体食べられてなくて!」

「ポジティブ!」

 高揚感と恐怖が入り混じった会話。

 流れる汗があっという間に吹き飛び虚空に消えていく。

 幸いなことにミユキの飛行速度はドラゴンのそれよりも速いが、少しでも気を抜けば奈落の底めいた大顎に丸呑みにされるだろう。

 それこそ、この流れ飛ぶ汗のように。

「あははははははははっ、だって楽しいんだもん! 首藤ちゃんは楽しくないの!? 学校サボって! 魔界に来て! ドラゴンに首ふたつで追いかけられてるんだよっ!」

 そりゃ、決まってるだろう。

「――楽しいっ!」

 楽しかった。

 バカみたいだが、いいやバカそのものだが、楽しかった。

 魔界という非日常、いくら飛んでも咎めるものはない。

 そんな場所で飛ぶのは楽しいが、それだけじゃない。

 きっと飛ぶのを肯定してくれたハカリコと一緒だから、楽しいのだ。

「でもこのままだと食べられちゃうわよ!」

「あははははははははっ、どうしようねっ」

 深刻な会話だが、ふたりともアホみたいに笑顔。

 クスリでも決めたかのようにハイになっていた。

 実際問題、脳内麻薬がとめどなく溢れている。

 この調子では丸呑みされる瞬間もゲラゲラと笑い続けているだろう。

 そんなふたりの視界に、飛び込んでくるものがひとつ。

「見て見てっ、あれ!」

「お屋敷だっ!」

 そう、巨大な屋敷であった。

「あそこに首藤ちゃんの魂を感じるよっ!」

「適当に飛んでたのに私すごいっ!」

「じゃあどうする?」

「そんなの、ひとつしかない!」

 ああ、ひとつしかないだろう。

「「――突っ込む!」」

 気の狂ったふたりは、さらに加速する。

 魔界の満月に照らされたその表情は、どこまでも満足そうであった。

 あるいはこの満月が、ふたりをおかしくさせたのかもしれない。


「「いよっしゃあああああっ!」」

 そうして、今に至る。

 屋敷のダイニングルーム、その天窓を突き破ってふたつの生首がテーブルに着地する。先客の存在など欠片も目に入っていない。

「ばううううううっ!」

 直後、ミユキたちを追ってきたドラゴンもまた天窓に向かって突撃。しかし、

「きゃいいんんっ!」

 ドラゴンの巨躯が通り抜けられるはずもなく、その首は天窓に見事に引っかかった。

「「作戦成功!」」

 ドラゴンの直撃で建物が揺れ、埃とガラスが舞い落ちる中、ふたりは大はしゃぎ。

「ばう、ばううううっ」

「あははははははははっ、めちゃくちゃ慌ててるよ!」

「ざまあないわね、爬虫類風情が調子に乗るからこうなるのよ!」

 目を白黒させて脱出を試みようとするドラゴンを見て、ケラケラ笑う。

 楽しかった。

「やーいやーい、バーカバーカ!」

「おまえのかーちゃん爬虫類~!」

 ひたすらにドラゴンを煽る。

 アホな女子高生そのもの。

 いいや、もはや小学校低学年だ。

「ばううううううううっ!」

 するとドラゴンはこちらの言葉が通じているかのように、ひときわ力を込めバタバタと暴れ始めた。

 先ほどとは比べ物にならない、地震めいた揺れが建物を襲い、ミシミシと天井に亀裂が入っていく。

「え、ちょっ」

「いや、さすがにいくらドラゴンでも――」

 ミユキの言葉を遮る轟音。

 天井の崩落とともに、ドラゴンがこちらに落下してきた。


「ぎゅも~」

 目の前にはテーブルを勢いよく叩き割ってそのまま床に頭をぶつけ、ぐるぐると目を回すドラゴン。

 あたり一面、崩落した瓦礫の山々が美しいカーペットや家具だったものを蹂躙している。

 本当に大地震でもあったかのような絵面。

 天井に開いた大穴から差し込んだ月ひかりが、そんな惨状を容赦なく余すことなく晒している。

 瓦礫もドラゴンも紙一重で回避したふたりといえば、真っ青な顔でその光景を見ていた。

 パクパクと餌をねだる金魚のように口を動かすが、声が出ない。

(……ど、どうしよう)

 思えば民家の窓を叩き割ってる時点で十二分にあれであったが、ここまでやってしまえばもはや取り返しはつかない。

 飛行のほとぼりも冷め、ただひたすらに後悔しかなかった。

(裁判になったりして……、相手はお金持ちだからすごい有能な弁護士を雇ってきたり、いや待ってそもそも魔界に裁判とか弁護士とか――)

「……ひっ!」

 なんてことを考えていたら、唐突に瓦礫が盛り上がって、中からふたつの影が出てきた。

 ひとつは、何故か赤いドレスで着飾った首無しのミユキ。

 もうひとつは、スーツを着込んだ、病人めいて白い肌のイケメン。

 ふたりとも、怪我は無さそうだが高そうな服がぼろぼろであった。

 これもまた、ミユキたちのしでかしたことだ。

「……」

 男がゆっくりと近づいてくるが、その表情は満月の逆光に読めない。

(ぜ、絶対怒られるよね)

 怒られるのは確実だが、いきなり家を破壊された人間がどんな罵詈雑言を吐くのかは想像もつかなかった。

 このままでは、本当に臓器売買する羽目になるかもしれない。いいや、それだけでは足りないかも。

 なにはともあれ、怒られるのを待つというのは怒られることよりも遥かに苦痛であり、長く長く感じられる。

「――ま、待ってください!」

 そんな苦痛の時間を、今の今まで沈黙していたハカリコが切り裂いた。

「この子は悪くないんです! 私が全部悪いんです! 私が余計なことを言わなければこんなことには――」

「いやいや、私が飛ばなきゃこんな事にならなかったし! そもそも私のバカ胴体が行方不明にならなかったら――」

 ミユキを庇い立てするハカリコに、思わず反駁する。

 そうだ、どれもこれもあのバカ胴体が悪い。

 そのバカ胴体といえばこちらの気も知らずにイケメンといちゃついているのだから、なんだか腹が立ってくる。

 立てる腹は胴体が持っているのだが。

「いやいや、私が」

「いや私の胴体が」

「――そうか、君がミユキさんの頭部だったのか!」

 責任の奪い合いを遮って、男がそういった。

 ミユキたちが予想していた、どんな言葉でもないそれ。

 とても家を破壊された直後とは思えない、明るい声音である。

 赤い瞳は爛々と輝き、頬は赤く紅潮しきって、ドキドキと高鳴る心臓がここからでも聞こえるかのようであった。

 そのまま、やたらとよく通る声で演説を続ける。

「やはり美しい体には美しい顔! そういうことか、ミユキさん!」

「いやえっと」

「最高級のエメラルドすら石ころに見える、その吸い込まれそうな翠の瞳! 今まで透き通ると比喩されていたすべての肌がくすんで見えるほどに白い、珠の肌! そして何よりも人形めいて整った、しかしどんな職人でも決して作り出せないだろう、強い強い意志と生命力を内包した表情! すべてが僕が見たどの女性よりも輝いている!」

「だから」

「まさしく世界一、否、宇宙一の美少女! 森羅万象が恥じらい花は腐り落ち宝石は砕け散り星は堕ちる乙女――それがあなただ、首藤ミユキ!」

「じゃなくて」

「改めて申し込もう、僕と永遠を過ごしてください! ミユキさんっ!」

 高らかに叫び、アルクは首に向かって跪いた。

「……あの、そっちじゃなくて、私が首藤ミユキです」

 ただし、ミユキではなくハカリコに向かって。

 今朝の教室など比ではない、あらゆる気まずい沈黙が、その場を包んだ。

 ……ああ、月が綺麗だ。


「……」「……」

 夕焼けに赤く染まるアーケード街を、ふたつの影が歩いている。

 短い影と、長い影。

 ひとつは、腰まで伸ばした金髪の、翡翠の瞳の美少女。

 ひとつは、頭に小さな羽根を生やした、目つきの悪い少女。

 まったくもって対称的なふたりは無言で、ひどく気まずそうに歩いていた。

「……ごめん」

 ぼそり、ハカリコがつぶやいた。

 今朝とは真逆。

 それに対して、やはり今朝とは真逆にミユキは返した。

「……体も返ってきたし、弁償もせずに済んだじゃん。謝ることなんてなにもないよ」

 そうだ、ふたりは特に何らかの負債を負うこともなく、あの洋館を脱出し、元の世界に戻ってきていた。

『すまない、本当にすまない!』

 アルクと名乗った吸血鬼はミユキにひたすらに土下座し、その流れで弁償代もチャラにしてもらったのだ。

 実にラッキー。

 しかしそれでも、気まずいものは気まずかった。

 胴体とあの吸血鬼の間に何があったかは、接続した時点でわかっている。

 というよりも、胴体と首は互いの経験や思考や感覚を統合して、今はひとつの人格になっているのだ。

 今のミユキは、胴体であり、頭部である。

 ……だから、あのとき胴体が味わった、どうしようもない悲しみや悔しさや怒りも嫌というほどにわかっていた。

「でも、私がいなかったら――」

「――今頃、吸血鬼になってたわね。危うくお日様のもとで生きていけなくなるところだったわ、ありがとう」

 しかし首の経験もまた、ミユキの中にはある。

 ゆえにミユキはハカリコを見つめて、言葉を続けようとした。

「……そ、そ、そ、そしたら」

「そしたら?」

 格好つけようと思ったが、声が震えて上手く出ない。

 すっかり忘れていたが、ミユキはコミュ障なのだ。

「……な、なんでもないよっ!」

 仕方無しに目をそらして、高鳴る心臓を落ち着かせた。

「そっか。でもそうだよね。あんな見る目のない男と一緒にならないほうが良かったし」

「いやいや、見る目はあるよ。私より志賀路さんのほうがよっぽど可愛いし」

「そういう意味じゃないよ」

「……心だって、私より綺麗だしさ」

「そんなことないよ」

「あのとき、私は何も言えなかったのに、志賀路さんは私をかばってくれた」

「でもすぐに責任の奪い合いになったよ」

「だってそれは私が本当に悪くて――」

「――もうその話はなし。終わったことだからね。どっちも悪い、それでいいよ」

 にっこり笑って、ハカリコはいった。

 ああ、やはりコミュニケーション能力が段違いだ。

「……じゃあ、あの吸血鬼の話も。過ぎたことだからなしね」

「あははは、一本取られたね」

 ミユキはそこまで言ってから、こともなげに続けた。

「でもよかったよ。首藤さんが吸血鬼にならなくて」

「なんで?」

「だって、そしたらもう一緒に遊べないじゃん」

 夕焼けを背に、今まで見たどれよりも魅力的な笑みを浮かべて、彼女は言った。

 それこそ、あの吸血鬼の言葉を思い起こすような。

「……っ」

 今度こそ、心臓がバクバクと本当に跳ねる。

 夕焼けよりも顔は真っ赤に染まり、その翡翠の瞳を見つめる事ができなかった。

「ん、どうしたの?」

「な、なななな、なんでもないよっ」

 必死に胸の高鳴りを抑えようとして、けれども顔を覗き込んでくるハカリコのせいでなおさらそれは加速する。

「本当の本当に?」

「うん! うん! 超元気!」

 空元気を振り絞って力こぶを作るポーズを取る。

「そっか。ならいいけど」

 再び、ハカリコはミユキに背を向けて歩き出す。

 と思ったら、すぐに振り返って言った。

「あ、首藤さんて駅じゃないんだよね」

「う、うん」

「じゃあそろそろお別れだ。また明日ね、首藤さん」

「ま、また明日」

 気がつけば、アーケード街を突っ切って駅の前まで来ていた。

 軽く手を振って、ハカリコは駅に向かって歩き出す。

「……」

 ミユキは勇気を振り絞って、徐々に小さくなっていく背に声をかけた。

「あ、あのっ、志賀路さんっ!」

「ん、何?」

 振り返ったハカリコに、ミユキは渾身に力で訊ねる。

「あの、私たち、友達だよねっ」

 言ってから後悔した。

 友達であることを確認する友達なんているわけがない。

 まさしく、友達がいないやつの発言だ。

 それに、なんだかすごく重たくて面倒くさい。

 きっと彼女も呆れ果てて――

「ん? 何いってんの、当たり前じゃん」

 予想とは真逆に、振り返ったハカリコは笑顔でいった。

「じゃ、また明日」

「……う、うん!」

 ミユキは手をふるハカリコに全力で返し、その背が見えなくなるまで続けた。

 まるでしばらく会えない恋人を見送るかのように。

「……」

 ハカリコの姿が見えなくなると、ミユキは頬に熱いものを感じた。

「……いやいや、いくらなんでも重すぎるでしょ、私」

 いいながらも、それはとめどなく溢れ。

 友達が出来たくらいで、何故泣いているのか。

 簡単だ、ミユキには友達がいないから。

 ミユキは初めて、自身のそれに感謝した。

 友達がたくさんいたら、こんなにもうれしい気持ちを味わえなかっただろうから。

 ハカリコにとっては都会の水道水でも、ミユキにとっては砂漠のオアシスだ。

 ミユキは今、オアシスに溺れそうになっていた。

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