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首がふたつ廊下に並ぶ、そしていちゃつく

『廊下に立ってなさい』

 豆知識、首だけで校舎の窓から登校したら怒られる。

 挙げ句、なんとも時代錯誤な判決。

 本来ならば眠気さそう授業を壁越しに、ふたつのさらし首が並ぶ。

「本当にごめんっ、とにかくごめんっ」

 声を潜めながら、ミユキはひたすら土下座していた。

 座るための足などないが、襟足のマニピュレーターを使い、自分の頭を廊下にゴンゴンと叩きつけている。

 土下座する生首という世にも奇妙がすぎる光景。

(ああ、またやってしまった!)

 黒い歴史がまた一ページ。

 昔からこうだ、己が飛ぶと間違いなくろくでもないことをしでかす。

 だから飛ばないようにしていた。

 それこそ、すぐさまの選択肢に出ないくらいには。

 ハカリコを助けたのは絶対に間違ってなかったが、それから先が何もかも間違いだった。

 いいところを見せたかった――今思えばそれだけのちっぽけな気持ち。

 そんなものに巻き込まれて、せっかく拾った命をまた落としかけるなど。

『ミユキちゃんの馬鹿、もう友達じゃないっ!』

 やめろ、それは今関係ない――

「……本当に、ごめんね、志賀路さん。怖かったよね。……私に出来ることなら何でもするから、いや、出来ないこともやるから」

 気がつけば、涙が出ていた。

 駄目だ、これじゃまるで同情を買って許して貰おうとしているみたいじゃないか。

 美少女の涙ならまだしも、己の涙など雑巾を絞った一滴にさえ劣るというのに。

「本当に何でも?」

「はい、何でもします」

「じゃあ、打ち首」

「……へ?」

 思わず顔を上げると、そこには笑顔のハカリコがいた。

「……あの、ギャグのつもりだったんだけど、わかんなかった?」

「いやもう取れてるじゃねえか! ってやつ、よね?」

「う、うん」

 ギャグを解説するなと照れくさそうにしているハカリコは、話題をそらすように言葉を続けた。

「怒ってないよ。助けてもらったわけだし。あのときは本当にありがとうね」

「う、うん」

「……それに」

「それに?」

 少しはにかんだ後、ハカリコは言った。

「けっこう楽しかったから、空中飛行」

「へ?」

 全く予想外のワードに、目が点になる。

「簡単に首が取れちゃうから、絶叫マシンとかやったことないんだ。あんなに楽しいもんなんだね」

「いやいや、絶叫マシンはもっと危なくないから!」

「でも生きてるから同じだよ」

「……同じて」

 志賀路ハカリコはミユキの想像外に豪快な娘であった。

「何ならもう一回したいくらい」

「け、けっこうですっ!」

 というか、もう二度と飛びたくない。

「それにしても、意外だったね。首藤さんてもっと静かな人だと思ってた。飛んでるときとかまるで別人だったもん」

「にぎゃああああっ」

 思わず悶絶した。

 そうだ、今まではハカリコへの罪悪感がかき消していたが、問題は他にもある。

 例えるならば、家族相手に調子に乗っているところとか、ノリノリで鼻歌を歌っているところとか、そういうのをクラスメイトに目撃された気持ちを何十何百倍にもしたかのような羞恥。

「ぎいいいあああああああっ」

「だ、大丈夫?」

「さっきのは夢だっていうか別人格だっていうか見なかったことにしてほしいっていうか」

「クラスメイト全員見てたじゃん」

「ぎょみゃあああああっ」

 すっかり忘れていた。

「……もうダメだ、お家帰る、もう学校行かない」

「落ち着いて、落ち着いてって」

「……落ち着けるわけないよ。みんな私のことを冷たい目で見るんだ。首藤さんって普段は暗いのに飛んでるときだけあんなにイキってんだー、恥ずかしーって」

「大丈夫だから、みんなそんなに悪い人じゃないよ」

「そりゃ、志賀路さんみたいな美少女なら悪人でも更生するよ。でも私は……」

 そこまでいいかけて、ミユキは頭を振った。

「ごめん、めんどくさいよね、いきなりこんな事言われても困るよね」

「うん、めんどくさい。超めんどくさい」

「……だよね~」

 自分で言っておいていざ肯定されると割と凹むあたりも。

「そういえばさ、首藤さん」

「え、何?」

「前髪上げてるほうが可愛いよ。今みたいにね」

「……ッ!?」

 そこで今更に、風で髪が乱れて三白眼が丸出しなことに気づいた。

 今の今まで、ハカリコの大きな瞳がミユキの三白眼を見ていたと思うと、熱いを通り越して、顔が燃えそうになる。

「いやいや、全然そんなことないからっ! お世辞とか本当にいいからっ! 気を使わなくてもいいからねっ!」

 髪の手で必死に前髪を直そうとするが、焦りでなかなかにまとまらず、見るも無残にボサボサになっていく。

 そんなミユキのとどめを刺すように、ハカリコがまっすぐミユキの目を見つめていった。

「その頭の羽も含めて、ちゃんと可愛いよ?」

 密かなコンプレックス、頭の羽が小さすぎること。

 それさえも包括して褒められてしまえば、ミユキはもはや耐えられない。

「ほ、ほわあああああああっ!」

 廊下に絶叫が響き渡り、本日二度目の説教を食らった。


「ごめん」

「いやこっちこそ」

 今度は必要以上に声を潜めて、ささやきあう。

「……ていうかさ、やっぱりお世辞だよね。私目つきキツいし。だから隠してるんだし」

「その鬼太郎みたいな髪型のほうがキツいよ」

「ひどっ」

 その物言いが一番キツい。

「なんか中二病の人みたいだし」

「中二病じゃないよ。……卒業したもん」

 しかしこの子、いざ冷静になるとほぼ初対面の相手にさっきから随分とズバズバ言うな。

(顔がいいと積極的になれるのかな)

「やっぱり前髪上げてるほうが可愛いってば。湿っぽくなくなる。ほら、またやってみて、ね?」

「……えー」

「大空の旅に誘ったのは許したけど、巻き込まれて怒られたのは許してないよ? 何でもするって言ったよね?」

「……うう」

 本当になんだんだ、この子。

 仕方無しに、髪で髪を整えるというシュールな芸当を披露した。

 三白眼を意図的に露わにする、それもこんな目の大きい飛び切りの美少女相手に。

 どんな羞恥プレイだ。

 劣った自分をこの世界から消し去りたくなる。

「……あんま見ないで、恥ずかしいから」

「うんうん、やっぱりこっちのほうがいいよ。可愛いというより、かっこいいだけど」

「……かっこいい?」

 可愛いは無論だが、こっちもまた言われたことがなかった。

「そう、かっこいいし可愛い」

「いやいや、冗談でしょ」

「首藤さん足長いし背高いし、これで体くっついたらマジもんのモデルさんに見えるかも」

 足はわからないが、少なくとも身長はクラスで一番高い。中二で一七〇を超えてからは見ないようにしているくらいには。……共学で一番なくらいには。

「私が着たら服の売上落ちるわよ」

「陰険な謙遜だなあ。あんなに足長いのに」

 まるで本当に嫉妬してるかのような口調に、複雑な気持ちになる。

「そ、そうかなあ」

 そもそもクラスで孤立し誰とも絡んでないのに、どうしてそんなことに気づくのだろう。

 ハカリコのような極端な美少女を除き、誰も彼も顔と名前が一致しない自分がおかしいというのだろうか。

「女の子はちょっと背が低いくらいのほうが可愛いってば」

「わあ、なんかムカつく」

「そう言われても背が高くてもいいことないよ。昔あだ名富士山だったし」

 そんな話をしながらも、実際は生首しかない絵面はなかなかにシュールだった。

「むぅ……。ほら見て、私のあのどうしようもない幼児体型を」

 シュール終了。

 ハカリコが指を差した先を見ると、遅れてやってきた彼女の胴体がこちらに向かって駆けてきている。

 ……なるほど、たしかにぺったんこだ。背も平均よりは低めだろう。しかし気にするほどのこととは思えない。顔がいいのだからプラス要素でしかないだろう。

(私なんて目付きが悪くてもじゃもじゃなのに)

 とはいっても、そこまで褒められるとまんざらではない。

「……って、あれ?」

 そこまできて、今更にミユキは違和を抱く。

(あれ、なんで志賀路さんの体はこっちに着いてるのに――)

 違和の答えが出るよりも一歩早く、志賀路の胴体が言った。

《これ、首藤さんの?》

 見覚えのあるキーホルダー、父親が土産で買ってきたセンスの悪いツチノコ。

 ミユキの通学用のカバン。

《落ちてた》

 震える声。

《もしかしてこれって》

 消え入りそうな声。

《やばいんじゃ》

 ……持ち主は一体どこへ?

「うへえ」

 思わず情けのないうめき声が漏れ出た。

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