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首が取れる百合~デュラハンちゃんと飛頭蛮ちゃんと~《完結》  作者: いかずち木の実
異形と黄金のパレード
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エピローグ

 泉の異界とは、泉の女神とは、その化身とは。

 正直なところ、何もわからない。

 それも、異界への扉が完全に消失してしまった今では。

 それでも、霧島は考察を試みる。

 まずひとつ、なぜ泉に捨てられたものが戻ってきたのか。

 これは単純に、落ちたものを変化させたのではなく、新しいものを作り出したということだろう。

 しかしそれでは、黄金化光線が矛盾してしまう。

 あれは傍目には物体が黄金にさせられていたように見えたが、前者のそれと同じ現象だとするならば話が変わってくる。

 おそらく黄金化光線は、ものを黄金にするのではなく、同じ形をした黄金に置き換える光線だったのだろう。

 しかしそれはそれで矛盾が発生する。置き換えるだけならば、かの異形のようなバグが発生するのか分からない。

「……それに、これがそっくりそのままもとに戻ったのも」

 今使っている保健室の机だって何だって、黄金化したものが全く瑕疵のない状態でもとに戻るのも解せない。いや、この場合は黄金の代わりに返してもらったが正しいのか。

「だとして、返してもらったなら黄金はどこに行った? そもそも黄金状態の時、こっちはどこに収納されていた? 泉の底から捨てられたものたちが飛んでいくみたいにならば、流石に気づくはずだ」

 少し考えただけでも、おかしな点が山ほどあった。

 端的に言って、矛盾の塊だ。

「……いや、あんな異常事態に簡単に答えが求められるはずがないけどさ。比較的研究が進んでいる魔界ですらないだろうし。いうなれば、未確認異界といったところか」

 なんて言いながら視線を彷徨わせると、机の端に見覚えのない紙片を見つけた。

「……ん、なんだこれ」

 なんて言いながら、そこに書いてある文面に目を遣る。

『私は首藤ミユキ 色々あって記憶喪失』

「……首藤ちゃんが記憶喪失になったときのメモ書きか」

『霧島先生 単眼 何か喋り方が胡散臭い保健医』

「ひどいな。私をそんなふうに見ていたなんて」

 いうほどショックを受けている様子もなく、さらに読み進める。

「……おや、これは」

『志賀路ハカリコ 私の初めての友達 超絶美少女 デュラハン 優しい でもナルシスト マフラーをくれた 看病してくれた 初めて声をかけてくれた なんにも思い浮かばないどうしよう、一番忘れちゃいけない子なのに』

 涙の滲んだ、走り書き。先に進めば進むほど、文字が乱れていく。

『とにかく私はこの子が好き 大好き それだけは忘れちゃダメ 他のことはどうでもいいから、この子だけは』

 そこでメモ書きは止まっていた。

「……なるほど、重たいな、相変わらず」

 それにしても、だ。

「少女たちの仲を取り持ったと考えれば、理屈なんてわからなくてもいいかも知れないね」

 言いながら、メモを丁寧に折りたたみ、ポケットに仕舞った。

「結果論だが、感謝しようじゃないか。泉の女神」

 これは今度ハカリコに見せよう。


「……」

 玄関先の姿見にて、ミユキは鏡に映る自分を睨みつけていた。

 そこにあるのは、懐かしい顔。

 夏場なのに小さな翼を隠すために被っているニット帽。

 優しさなんて欠片も感じられない、いつもの目付きの悪い女。

 けれども、いつもと違うところがある。

 普段は片目を隠しているはずなのに、今日は両目を露わにしていた。

 前髪を止めるのは、ハカリコから貰ったヘアピン。

 シックでシンプルな、黒い二本のそれ。

 マフラーに次ぐプレゼント。

 うれしいが、しかし複雑である。

 少なくともハカリコの視点では可愛く見えたはずのそれは、今のミユキには全く可愛く見えなかったから。

「……でも、可愛いって言ってたし」

 昨日初めて付けたとき、やたらべた褒めされた。きっとそれは嘘ではない。

 嘘じゃないし、きっと可愛いのだろうが、ミユキには信じられない。

「……でも、付けないと志賀路さんに悪いし」

 少し悲しそうな顔をして、でも平気そうに振る舞うハカリコが容易に想像できた。

「ダメだ、それはダメだ」

 しかしどうすれば――

「あ」

 脳裏に、ひとつの言葉が過ぎった。

『私は可愛いって百回鏡の前で唱えてみて、きっと可愛く見えてくるから』

 ……いやいや、無理でしょ。

 だがしかし、そろそろ行かないと遅刻してしまう。

 かと言ってハカリコを悲しませるのも論外。

 背に腹は代えられない。

「……私は可愛い」

 ぼそり、蚊の鳴くような声でつぶやいた。

 鏡に映る顔が真っ赤になっている。

 このままでは頭に血が上りすぎて死にそうだ。

 ……飛頭蛮もそうなるんだろうか?

「ダメだ、思ったより辛い」

 ならばどうすればと頭を抱えていると、そこに声がかかった。

「ミユキー、早くしないと遅れちゃうわよー」

「あっ、ホントだっ!」

 母の声に時計を確認すると、もう出ないといけない時間。

 仕方無しにミユキは家を出た。

 無論、ヘアピンを付けたままで。


「おはよー」

 通学路を歩いていると、背後から声がかかった。

「あ、おはよう、鴻巣さん」

 声の主は鴻巣。

 すなわち、ミユキが顔のいいときに作った友達であった。

 顔がもとに戻っても普通に接してくれる、中々にいいやつ。

「おお、ヘアピン」

「あっ、これはっ」

 反射的に顔を隠そうとするミユキに、鴻巣は笑顔でいった。

「似合ってるじゃん。そっちのほうが可愛いよ」

「……本当に?」

「本当本当。そっちのほうが明るくていい感じ」

「そっかあ」

 ホッとしながら顔を出す。

「これ、志賀路さんから貰ったんだ。……はっ、ごめん、自慢じゃないからね!」

 慌てて訂正。

 そうだ、ハカリコほどの美少女にプレゼントを貰ったといえば誰もが嫉妬するだろう。

「いや、別にうらやましかないよ。私だって貰ったことあるし。ほらこのキーホルダー。……いや何その目」

「ううん、なんでもないよっ、別にうらやましくないからっ」

 全く同じセリフだが、意味合いが違いすぎた。

「……まあ別にいけどさ。ほら見て、首藤さんの大好きなハカリコが向こうを歩いてるよ」

「マジでっ」

「じゃ、また学校でねー」

 苦笑いして手を振る鴻巣などすでに目に入っておらず、視線は後方を歩くハカリコに全て注がれている。

(でも流石に自分から行くのは重すぎるよね。……あくまで偶然を装って)

 なんて思いながら、その場で足踏みをしていると、やっとハカリコがやってきた。

「あ、おはよう、首藤さん。なんで足踏みしてるの?」

「な、なんでもないっ! おはようっ」

「あ、ちゃんとヘアピン付けてきてくれたんだ。やっぱり似合ってるね」

「うん、さっきも鴻巣さんに褒めてもらった」

「そっか、良かった」

 なんてことを話しながら、並んで歩き始める。

「でもさ、なんでマフラー付けてないの?」

「……え?」

「マフラーだよマフラー。私あげたやつ」

「いや、それは暑いし」

「あー、その目は嘘だね。言ってたじゃん。暑くても私から貰ったから付けるって」

「そ、それはっ」

「どうせくだらないこと考えてるんでしょ」

 なんて言いながらハカリコは鞄からそれを取り出した。

「今回は新品だよ? ……あ、首藤さん的には私の使い古しのほうがいいのか」

「いや、そうじゃなくて、なんで当たり前みたいにマフラーを取り出すの」

「プレゼント、嫌?」

「その言い回しと上目遣いは反則だよ」

「うんうん、反則だよ。私は可愛いからね、可愛さの使い方を弁えてるんだ」

 なんて言いながら押し付けられるマフラーをつい受け取ってしまう。

「ついでにそれも取っちゃおうね~」

 なんて言いながら頭に伸ばされる手を、仕方無しにしゃがむことで受け入れる。

 ニット帽をひったくられた。

「でもって、これつけちゃおうね~」

 そのまま一度手渡したはずのマフラーを取られて、なぜか首に巻かれた。

 赤いマフラー、今のハカリコとおそろいである。

「はい似合う。可愛い」

「……なにこれ、暑いんだけど」

「ニット帽被ってたくせに。周りのことなんて気にしなくていいんだよ?」

「……な、何のことかな」

 思わず目をそらす。けれども、いろいろな意味でバレバレで。

「頭の中覗いてるからわかるよ。だから見せ付けてやろう。公開処刑なんかじゃないって」

「……頭の中覗いてるからわかるけど、前はもっと周囲の視線に配慮してたと思う」

「うん。でも、首藤さんがそういうふうに思われてるのはムカつくから」

「……本当に思われないかな。だって私、志賀路さんと比べたら月とスッポンだし。それに、志賀路さんが悪く思われるのはもっと嫌だよ」

「うん、思われないし、思われても別に問題ない。だって私はそう思わないから」

 ハカリコは真っ直ぐな目でミユキを見つめて、言い放った、

「何なら首交換する?」

「そっ、それは」

「しなくてもわかるよね。私は首藤さんが可愛いって知ってる。だから、いこ?」

 そう言って、ハカリコはミユキの手を掴んだ。

 小さな、柔らかい、少し冷たい手。

「……うん」

 ミユキは少しだけ思案すると、その手を握り返してともに歩き出した。


 郊外に立地する、ごく普通な県立高校。

 その前にそびえ立つ、やたらと急な坂道。

 やれ首が転がるだの、異界の門が開くだの、そんな噂話が絶えない坂道。

 そんな坂道を、ふたりの少女が歩いていた。

 とても背の高い少女と、小さな少女。

 手をつなぎ、仲睦まじげに。

 ふたりとも満面の笑みを浮かべて。

 爽やかな朝日を浴びながら。

 夏だというのにおそろいのマフラーをつけて。

 ただそれだけの、ありふれた光景。

「って、こんなゆっくりしてる場合じゃないっ」

「志賀路さんっ、首っ、首っ」

「そうだ、首を飛ばそう!」

「えっ、ちょっ、流石にそれはっ」

「いいじゃん、さっき首藤さんがグダグダ言ってたせいで遅れそうなんだし!」

「あーもう、また怒られるよ!」

 ただし、彼女たちは首が取れるのだが。

「「いやっはあああああああああああっ!」」

 デュラハンちゃんと飛頭蛮ちゃんが空を飛ぶ。

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