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首が取れる百合~デュラハンちゃんと飛頭蛮ちゃんと~《完結》  作者: いかずち木の実
異形と黄金のパレード
12/17

上手い話には裏がありすぎる

 放課後のチャイムが鳴る。

「……あれ、おかしいな?」

 ミユキは帰り支度をしていると、すでにハカリコが教室にいないことに気づいた。

(眠いって言ってたし早めに帰って寝るのかな)

 まあ友達だからいつも一緒に帰らないといけないわけではない。

 たまにはひとりで帰るのも悪くないだろう。

 ……なんて、こんな余裕のある思考、昔のミユキならありえなかっただろう。

 嫌われたんじゃないかと延々考える負のループに本当なら入っているところだ。

(それにしても、今日はなんだか一日が過ぎるのが早かったな。……こう、なにか楽しみにしてることがあって、ウキウキで時間が早く過ぎ去っていくみたいな)

 しかし、何も覚えがなかった。

 まあ、最近は毎日が楽しいし、それだけのことだろう。

 ハカリコもいないことだし、今日はさっさと帰るか。

 幸い、テスト期間に入った事もあって告白の手紙もなかったし。

(……ん、テスト期間?)

 なにか忘れている気がしたが、いかんせん思い出せない。

 思い出せないのだから大したことではないはずだと結論づけて、ミユキは鞄片手に机から立ち上がった。

「あれ、首藤さん? どこに行くの?」

 その背中に、声がかかる。

「いや、今から帰るところだけど」

「え、放課後勉強会しようって約束したよね?」

「……は?」

 油の差してないブリキめいて、ゆっくりと振り返る。

 全く覚えがないことだった。

 振り返った先にいる女子も含めて。

「……本当に?」

「うん。今朝約束したんだけど」

「……本当の本当に?」

「そうだけど、大丈夫? 顔色悪いけど」

「どうしたの、鴻巣ちゃん」

「首藤さんが勉強会の約束忘れてたって」

 ……鴻巣?

 そうだ、この女子の名前は鴻巣だ。

 待て、今朝も同じようなことがあった気が――

「今朝から何か調子悪いけど、大丈夫?」

「流石に今朝のこと忘れてるのって冗談、だよね?」

 そうだ、思い出した。

 今朝も自分は鴻巣を忘れていたし、今もついさっきまで忘れていた。

 無論、あんなに楽しみにしていた勉強会のことだって。

 嫌な汗と震えが止まらない。

 ああ、これではまるで――

「記憶喪失みたいだよ?」

「――ごめん、ちょっと他に用事ができた!」

 ミユキは保健室まで走り出す。

『少し考えてみたまえ、たかだか正直なだけで金の斧銀の斧をプレゼントする異界の女神。こんなヤバいのと関わるのはいくら何でもリスクが大きすぎないかい? 一体どんな反動がやってくるか』

 そうだ、これは間違いなく反動だ。

 保健室の居場所を忘れる前に走れ。

 忘れたことを忘れる前に走れ。

 きっと先生ならば、あの先生ならば――

「……ええっと、何先生だっけ!?」

 思い出せないが、だからこそミユキは必死で保健室に向かった。

 そうだ、何のリスクも追わずに美少女になるなど、ありえないのだ。

 ミユキはいちばん大切なことを忘れていた。

 自分のような人間が、そんな簡単に幸せになれるはずがないということを。

 

「……なるほど、泉の女神が寄越した首にはそんな落とし穴があったんだね」

 ミユキはなんとか保健室にたどり着き、霧島に事のあらましを説明した。

「とりあえず、今重要だと自分が思ってることをメモって」

「あ、はいっ」

「それと私の名前は霧島だよ。メモっておきなさい」

 言われたままに色々と書き込んでいく。

「しかし、思った以上にリスクが大きいね。まさか記憶力の欠如とは。まだサンプルが少なすぎてどういった症状かもわからないし」

「そんな他人事みたいに!」

 コーヒーを飲みながら、至って落ち着いたふうに言う霧島。

「だって他人事だし。それにしても、記憶力か。……いかにも金の斧銀の斧らしいね。実に性格が悪いよ」

「どういうことですか?」

「木こりは普通の斧を泉に落として、正直に答えたら金の斧銀の斧が手に入った。でもさ、これって変じゃないかな?」

「そりゃあ、たかが正直なだけでそんなお得なことがあるわけ無いですけど」

 だからこそ、ミユキは今必死にメモ書きを残している。

「そうじゃないよ。……金の斧銀の斧は鑑賞するなり売るなりすれば素晴らしい価値を持つかも知れないけど、普通に使う分にはろくに使えたもんじゃない。特に金は柔らかいから、木なんて切ろうとしたらすぐに駄目になってしまう。つまり、首藤ちゃんの首も同じなんだ。本当に脳みそが必要としている機能を疎かにして、見た目にばかり気を遣っている。質実剛健の逆だ」

「……確かに言われてみればそうですけど」

「多少馬鹿になるくらいならまだ良かったんだけど。ほら、馬鹿でも美人なら許されるだろう?」

「先生の言うことじゃないですね」

「しょせん保健医だからね」

 しかし、霧島の言うことはもっともであった。

 多少馬鹿でも生きてはいけるが、朝あったことさえ忘れてしまうのでは生きていけない。

 ……はっきり言えば、すごく怖かった。

 今だって霧島が緊張感皆無で話し相手になってくれなかったら、どうなっていたことか。

(ああ、そうか、そうだよね、霧島先生も私の緊張をほぐすためにこうやって話をしてるだけで、本当は解決策もとっくに思いついて――)

「それにしても、本当にどうしよ。解決方法一個も浮かばね」

「ないっ!」

「……唯一考えられる方法といえば、泉の女神に元の首を返してもらうことだろうけど、そもそも泉の異界にさえたどり着けないし。たどり着いてもどうやって返してもらおうか」

「霧島先生の知り合いになんかそういうのに詳しい人いないんですか」

「私を何だと思ってるんだい。タダのしがない保健医だよ。ま、とりあえずその頭は危ないから取り外したほうがいいんじゃないかな」

「そ、それもそうですね」

 言われたとおりに首を飛ばすと、ふと疑問がよぎる。

「……そういえば、もし私がこっちじゃなくて体を落としてたら、どうなってんですかね」

「そうだねえ、例えば運動神経が極端に悪くなったり――」

 霧島の言葉を遮るように、保健室の扉が勢いよく開かれた。

「――見て、首藤さん!」

 扉の先には、ひとり(?)の女子生徒。

 高い身長、長い手足、出るところは出た、しかし引き締まった体。

 ミユキのそれとはまた別ベクトルの、いうなれば健康美のスタイル。

 ミユキの狭い交友関係では、全く見覚えのない体。

 しかしそれにくっついてる頭は見覚えがあって――

「――志賀路さん!?」

「私も泉の女神様に貰ってきたよっ!」

 美しい顔に美しい体の彼女がこちらまで駆けてきて、

「ごべっ」

 勢いよくすっ転んだ。

「……うわあ」

 霧島のドン引きした声。

 しかしそれは、ハカリコが転んだゆえではなく。

 首もなければ魂も感じられない、しかしやたらスタイルのいい女がこちらに向かってくるゆえだった。

「……まあ、そうなるだろうけど」

 いくらなんでもシュール過ぎるだろう。

 しかしシュールさには常時浮遊してついてくる首で慣れた。

「あの、大丈夫?」

 だからミユキは、そんなことよりも尻餅をついたハカリコに手を差し伸べる。

「うん、ありがと」

 触れる指は、いつぞや触れたときと比べだいぶ細長かった。

 それに、やたらと冷たい。

 それこそ、死体めいて。

「いやあ、ほんと、体を変えてから滑ることがやたら多くて――」

「――あ」

 手が取れた。

 右肘の関節から先が、ハカリコから離れている。

 一瞬、ふたりともそれを見つめ、

「「うわああああああああああっ!」」

 保健室が絶叫で包まれた。

 記憶がなくなるどころの騒ぎではなかった。

「どうしたんだい――って、うわああああっ、怖っ、取れてるっ、なにこれっ」

「待って待って、デュラハンって腕取れんの!?」

「そんなわけないでしょ! 早く付けないとっ」

「待ってこれくっつかない! うんともすんとも言わないよ! ああ、骨が、骨がっ」

「霧島先生やってくださいよ、保健医でしょ!」

「保健医はそんな万能じゃねえよ! うわ本当につかない、駄目だこれ、あっ、手首が変な方向にっ」

「人間(?)の関節はそんなにふうに曲がらないですってば!」

「わかったぞ、ここに来るあいだに転びすぎたせいで壊れたんだっ」

「ああ、なるほど――って、そんなこと今はどうでもいいですってば! 先生のせいでめちゃくちゃじゃないですか、私の腕っ!」

「だったら自分でやってよ! だいたい、体を交換って頭おかしいんじゃないのかい!? だからこんなことになるんだ!」

「怪我(?)人相手にひどくないですか、それ!? 下手に動いて他の部分も取れたらどうするんですかっ!」

「取れたっていいだろ、どうせ痛くないんだからっ!」

「心が痛いんですよっ!」

 取れた腕そっちのけに喧嘩を始めるハカリコと霧島。

「……あのー」

 そのふたりに、ミユキが気まずそうに声をかける。

「……ちょっと、ふたりとも」

「「何!?」」

「……これ、なんか黒ずんできたんだけど。……あとなんか腐ってる気も」

「「あああああああっ、もうダメだああああっ!」」

 もうめちゃくちゃである。

 首が取れてもいつものことだと言うのに、腕が取れてこの慌てっぷり。

 単眼が、ふたつの首が宙に飛んでいる少女が、体がふたつある少女が、腕が取れたくらいで慌てふためいている。

 当人たち以外にとっては、まったく喜劇めいた絵面。

 そんな喜劇が進行される裏側で、もうひとつの喜劇が巻き起ころうとしていた。

 目をつむったままの生首が、ゆらゆらとミユキから離れていく。

 持ち主の存在しない胴体が、ふらふらとハカリコから離れていく。

 そのままふたつはくっついて、

《……》

 ひとつになった。

 ついに見開かれる瞳。

 凄まじい光が保健室を包んだ。

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