美少女なくらいしかいいところがない(それだけありゃいいだろ)
「すごかったね、屋上に長蛇の列が出来てたし、みんな振られるために順番待ちしてたし」
放課後、ミユキたちは学校前の坂道を下りながら、そんなことを話していた。
「なんかみんな握手したがってたし、途中から実質握手会みたいになってたんだけど」
握手しながら告白しごめんなさい会。
何故かハカリコは流れで列の管理やひとり当たりの時間の管理をする羽目になった。
それでもなお、日は沈みかけて、夜の帳が落ちつつある。
「……告白って普通こういうものなの、志賀路さん?」
「なわけないじゃん」
けれども、握手してもらったみんなは、男女ともに幸せそうだった。
振られてるのに誰も傷つかない告白なんて、ハカリコは初めて見る。
「告白っていうのはもっとこう――」
「――僕と結婚してください!」
唐突に現れた男が、わかりやすくお手本を見せてくれた。
「……って」
真っ赤な花束を持ってミユキにひざまずくタキシード。
ハカリコはその男に、見覚えがあった。
死体めいて白い肌、金の総髪、切れ長の赤い瞳。
この前、魔界で出会った吸血鬼――アルクだ。
(この人本当に懲りないな。っていうか、まだ日が完全に沈んだわけじゃないのに――)
「――ゴホッ、ゴホッ」
案の定吐血した。
夕焼けの赤を、グロテスクな赤が上塗りする。
灰にならないだけマシか。
「ちょっ、大丈夫ですか!」
「……ああ、大丈夫だ。吸血鬼だからこれくらいの日差しでも辛いだけなんだ」
「だったらなんで出てきたんですかっ」
「キミに確実に会うには、これが一番だと思っ……ゲホッ、ゲホッ」
「そ、そうなんですか。でも私、無理です」
「な、何が」
「いや、吸血鬼になりたくないんで」
「……そ、そんな、頑張ってここまで来たのに」
バタリ、アルクは倒れた。
「ちょっ、待ってください、死なないでっ」
「大丈夫だ、僕は死なない。……だから、結婚してくれ」
不屈アルクは再び立ち上がって。
「しません」
「そ、そんな」
逆再生めいて倒れた。
しかも今回は白目むき出しだ。
なんてしょうもない絵面だろう。
「もう放っておこうよ、こんなやつ」
「いや、流石にひどいよ」
なんて言いながらアルクだったものをさするが、本当に反応がなかった。
(死んだかもな)
まあいいか。
……それにしても、ミユキは優しい。いくらなんでも優しすぎるくらいに。
握手会だってどんな相手にも嫌な顔せずに笑顔だったし、今回もそうだ。
一度自分をあんな最悪な形で振った相手が、変わった自分に気づかずまた告白してくる。……こんな最悪の二乗めいた状況なのに、どうして相手の心配が出来るのか。
「ちょっと、これ本気でヤバいんじゃ。吸血鬼って病院で見てもらえるのかな」
「無理じゃないの? それより真っ暗になっちゃうし、親御さん心配するよ?」
「そんな話してる場合じゃないってば!」
砂漠の昼と夜めいて半端ない温度差の会話だった。
「大丈夫、死んでませんよ」
なんてことをしていたら、妖精めいた執事が現れる。
こいつも確か、吸血鬼の屋敷であったことがある。
「なにせもう夜なので」
「――完全、復活!」
言葉のとおり、日が完全に沈むとともにアルクは復活した。
「……ああ、良かった」
(そのまま死ねばよかったのに)
「心配してくれてありがとう。キミがさすってくれなかったら日没前に死んでいたかも知れない」
「ど、どういたしまして。でも結婚は……」
「ああ、キミの気持ちはわかった。そうだよな、いきなりあった初対面にそんな事言われても困るだろうな。だけど、せめてこれだけは受け取ってくれないか」
言葉とともに、真っ赤な花束をミユキの前に差し出す。
貰ったら一番困るプレゼントだ。
実用性はなく、かと言って捨てるのもアレだし、本当に困る。
「あ、ありがとうございますっ」
だと言うのに、ミユキはうれしそうにそれを受け取って、胸に抱えていた。
ああ、本当にこの子がわからない。
天使か何かなのだろうか。
(……ああクソ、私はずっとイライラしてるのに)
なぜだ?
アルクがあまりにクソ野郎なのに、ミユキが天使みたいに対応しているからか?
いいや違う。
この苛立ちの正体は、今の自分がアルクの視界にさえ入ってないこと。
あの男に特別な感情を抱いていたわけではないが、それでも一度告白された相手にここまで徹底的に無視されれば、気持ちいいはずがない。
いいや、それだけじゃない。
それだけならば耐えられた。
これとはまた別ベクトルでの苛立ちを感じているはずのミユキが、こんなにも真摯に対応しているのが、あまりにも苛立たしい。一通でも鬱陶しい告白を、あんなにもうれしそうに受けているミユキが、こんなにも苛立たしい。
顔が良くて頭が良くて性格が良くてスタイルがいい。
おまけに、自由に空を飛び回れる。
一方のハカリコといえば、顔がいいだけだ。それだって、ミユキと同レベル。
……何ひとつ、勝てるところがないじゃないか。
ハカリコはやっと、ここ数日のモヤモヤの正体に気づく。
(ああ、そうか、これ、嫉妬だ)
ハカリコは、ミユキに嫉妬していたのだ。
生まれてはじめて出会った、自分を超える美少女の存在に。
「それじゃあ、また会おう、お嬢さん」
「えっ、ちょっと、またって」
「アディオス!」
「……行っちゃった」
だからハカリコは気づかない。
初めて苛まれる嫉妬の炎に焼かれて、本来ならば違和を抱くべき状況にも。
「……それにしても、吸血鬼って本当にいるんだな」
ミユキのありえないはずの独り言にも。
元々、志賀路ハカリコは首藤ミユキに憧れのようなものを持っていた。
スタイル、飛べる首、いつもひとりで平気そうにしているところ。
その全てが、ハカリコにとってはどう足掻いても手に入らないもの。
けれども、その一方でこうも思っていた。
私のほうが可愛いから、それでいいやと。
というよりも、ハカリコは今までの人生、そうやって己の美貌を理由に手に入らないものを諦めてきた。
うらやましいものはたくさんあったが、人より劣っているものはたくさんあったが、それ以上の宝物を私は持っているから、と。
あの子はお金持ちだけど、私のほうが可愛いから。
あの子は頭がいいけど、私のほうが可愛いから。
あの子は運動ができるけど、私のほうが可愛いから。
あの子はスタイルがいいけど、私のほうが可愛いから。
あの子は首が取れないけど、私のほうが可愛いから。
(……なにそれ、バカじゃないの)
それじゃあ、顔がいい以外本当に空っぽではないか。
本当ならば一生気づかないでもいい自己分析。
しかしハカリコは、ミユキへの嫉妬からそこへたどり着いてしまう。
気づかないでいいことに気づいたハカリコの視界は、五体満足にも関わらずモノクロの染まっていた。
(いいなあ、首藤さんは)
視界の端では、首藤ミユキが何やらクラスメイトに囲まれて笑顔で話している。
気だるい体を引っ張って登校してみたらこれだ。
一方のハカリコといえば、昔のミユキがそうしていたように机に突っ伏していた。
ああ、やはり立場が逆転している。
「大丈夫、志賀路さん?」
そんなハカリコに、ミユキが話しかけてくる。
ああ、クソ。
相変わらず美少女だし、足も馬鹿みたいに長いし、ムカつく。
ミユキ以上に、こんなにも妬ましい自分が一番。
「……あ、ごめん、ちょっと寝不足なんだよね」
けれども自己嫌悪を抑えながら、無理矢理に顔を上げる。
「いくらテスト近いからって無理しちゃ駄目だよ?」
「……テスト」
すっかり忘れていた。
結構ヤバいが、危機感を抱く余裕もない。
「それで、鴻巣さんたちと今日の放課後勉強会しないかって」
「……いや、やめとくよ。ちょっと他の用事があってさ」
放課後は自己嫌悪に忙しいのだ。
それに、目の前でそんなことをされたら余計に辛くなるじゃないか。
志賀路ハカリコは勉強が出来ないと言うのに、この女は学年一〇位だ。
本当にどうすりゃいいのだろう。
「でも、本当に大丈夫? 顔色悪いよ?」
顔しかいいところがないくせにそれすら台無しだと、そう言いたいのか――なんて被害妄想とは裏腹に、普通に振る舞おうとする。
「……うん、大丈夫。そういう首藤さんは顔がいいね」
少しばかり失敗。
「は?」
「……なんでもない」
「いや、本当に大丈夫なの? なんか昨日の夕方から変だよ?」
「うん、大丈夫だよ、大丈夫」
なんて言いながら立ち上がる。
「どこいくの?」
「……トイレ」
そっけなく言って、彼女に背を向ける。
このまま彼女と話していたら、きっと言わないでいいことを山ほど言ってしまう。
頭の悪さもスタイルも誤魔化せないが、せめて性格くらいは誤魔化さないと。
ハカリコはそんな事を考えながら、全く用事のないトイレへ向かった、
彼女の知る由ではないが、これもまた立場が全く真逆である。
「おはよう、首藤さん」
朝、教室にてクラスメイトに挨拶された。
それだけなら普通だが、やたら親しげに。
「……お、おはよう」
「どしたの、元気ないけど? ハカリコもそうだし、なんか喧嘩したとか?」
「いや、それは私もわからないんだけど、昨日の放課後あたりからなんか変なんだよね。今日もそれとなく朝逃げられたし」
よくハカリコと話している、茶髪ショートカットのクラスメイト。
名前さえろくに覚えてない彼女が、何故か会話を続けてくる。
「うーん、大丈夫かな。私ハカリコがあんなになってるの見たことないし。……ていうかさ、さっきから何か妙によそよそしくない、首藤さん?」
「いっ、いやいや、なんでもないよ!」
「おはよ、鴻巣ちゃん」
そんな見知らぬ女子に、クラスメイトが挨拶する。
そこでやっと、ミユキは思い出した。
そうだ、昨日連絡先を交換して、食事も一緒にした鴻巣だ。
(……嘘、でしょ)
何年も前のことならまだしも、昨日のことだ。どうして今の今まで忘れていた?
これじゃあまるで――
「そうだ、今日の放課後勉強会しよ? 数学ヤバい」
「私もだわ。あ、そうだ。ねえ、首藤さん?」
「は、はいっ」
思考に埋没していたミユキの肩が思わず跳ねる。
「一緒に勉強会しない? 確か首藤さんかなり勉強できたよね?」
「え、そうなの?」
「うんうん、確かこの前、学年一〇位だったかな」
「……すっご。美人でスタイルも良くて勉強も出来るとかズルじゃん」
「そうそう、ズルなのよ。で、大丈夫かな、首藤さん?」
「う、うん、大丈夫かな」
友達と勉強会なんて生まれてはじめてだ。
断る理由などなかった。
「え、首藤さんって勉強できるの?」
「学年一〇位だって」
「えー、じゃあ私も教えもらおうかな」
そんなミユキたちの会話を耳ざとく聞いていた他の女子たちが集まってくる。
ミユキを中心にちょっとした輪ができる。
少し前なら絶対の絶対に有り得なかっただろう状況。
「う、うん、じゃあ放課後ここでやろっか!」
放課後の教室で友達と勉強会。
そんな甘やかなシチュエーションを前に、ミユキはすっかり浮かれていた。
それこそ、鴻巣のことを忘れたことさえも忘れて。
それが意味する深刻な意味さえも忘れて。
「首藤さん、よく見たらスタイルすっごいよね。全然気づかなかった」
「ああそれね。私も。顔変わる前はどんな人だったかも覚えてないもん」
「知ってた? 勉強も出来るらしいよ」
「完璧超人じゃん。なんで今まで気づかなかったの」
(顔しか見てないからだよ。私はずっと前から気づいてたし。首藤さんは勉強も出来るしスタイルだっていいんだ)
ハカリコは、トイレの個室に引きこもってエア会話していた。
片手にはスマホを持ち、なんとなく帰りづらい教室から逃避するように。
(……って、私が言えた義理じゃないか)
一番顔しか見てないのは、他ならぬハカリコなのだから。
「正直隣に立ちたくないよね。足なっがいもん。何アレ」
「スーパーモデルかって感じ」
「うらやましい通り越して画面の中の人だよ」
「何食ってたらあんなんなれんだろうね」
「ねー」「ねー」
「……」
どうしてだろうか、うれしい。
ニヤニヤが止まらなかった。
ついさっきまで苦しいほどに嫉妬していた相手が褒められているのに。
それでもなお、ミユキの隠れた良さを皆が知っていくことが、むやみにうれしかった。
(そうだよ、私の友達は、首藤さんはすごい人なんだ。私が一番最初にそれに気づいてたんだ)
……そうだ、いいことじゃないか。
どんな形であろうとも、友達の隠れた良さに皆が気づいてくれたのだ、これは素晴らしいことのはずだ。
ミユキだってうれしそうにしているんだから、素直に祝福するべきじゃないか。
たとえ自分がミユキに比べて劣っていたって、それでいいじゃないか。
それでも志賀路ハカリコが美少女なのは間違いないんだから。
そして、こうやってミユキが褒められてるのを素直に喜べる自分だって、そこまで性格が悪いはずでは――
「そういえばさ、志賀路さんってすごい美少女だって思ってたけどさ」
「……は?」
どうしてこのタイミングで、その話が出てくる。
まるで狙っていたかのように。
「流石に首藤さんが隣にいると霞むよね」
「あー、わかるわ。なんていうか、よくよく見ると結構お子様体型だよね。今まで顔ばっかり見てて気づかなかったけど」
「そうそう、あれじゃ公開処刑だよねー」
冗談交じり。
友達同士の会話ゆえに、言い過ぎただけ。
「……」
そんなことは重々承知だ。
だけど、それでも。
「おぇっ」
それでもハカリコは限界だった。
「おえええええええっ」
美少女だろうと、デュラハンだろうと、吐くものは汚らしい。
志賀路ハカリコはスタイルが悪い。
もっと言えば、お子様体型だ。
よく中学生に間違えられるし、ひどいときは小学生にも。
ハカリコが抱く、唯一の外見的コンプレックス。
玉に瑕とはいうが、珠が美しければ美しいほど僅かな瑕疵が目立つ。
……とはいっても、己の可愛らしさを支えている一要素だと受け入れていた。
そこらの有象無象と違い、自分くらいの美少女になるとこれもプラスだと。
過去形だが。
ああ、ミユキがそれを燻ぶらせ、知らない誰かの言葉がトドメになった。
『そうそう、あれじゃ公開処刑だよねー』
頭の中にその言葉がリフレインしている。
それこそ、朝から放課後の今に至るまで延々と。
本当はすぐに帰りたいくらいに体調は最悪だったが、そうしてしまえばあんな有象無象の言葉を認めてしまうようで、ハカリコは耐えに耐えた。
そうして、やっと放課後。
ハカリコは息も絶え絶えに学校前の坂道を下っていた。
(……どうしてお母さんは私を超絶スタイルに生んでくれなかったんだろう)
しかし蛙の子は蛙。
母の若い頃の写真を見たことがあるが、顔もスタイルも自分そっくりだった。
運命を覆す努力はしてきたつもりだ。
けれどもいくら牛乳を飲んでもお腹が痛くなるだけだったし、懸垂をしても腕が疲れるだけだったし、毎日ぴょんぴょん跳ねても首が取れそうになるだけだった。
すなわち、これは生まれ持ってのものだ、今更どうすることも出来ない。
(……だから本当は、こんなところで落ち込んでも何の意味もない)
いつもなら軽く落ち込んだあとに、
『でも私すごい美少女だし。別にいいか』
と妥協できるのだが、今回は違う。
自分と同じくらい顔のいいミユキが比較対象なのだから。
(……ああ、なんとかして背を伸ばしたり出来ないものか)
ググってみる。
骨を切って鉄骨を入れるやつ。
むりむりむり、絶対無理。
「……あ」
そこでハカリコは、ひらめいた。
(……ああそっか。とっくの昔に答えは出てたんだ。生まれ持ったものをどうにかするなら、あれが一番手っ取り早い)
すっかり忘れていた。
そもそも、なぜ今の自分がここまで悩んでいたのか。
その原因は、もとを辿ればひとつしかないじゃないか。
「……うわ、本当にあったんだ」
ハカリコの思いに呼応するように、気がつけば目の前にそれは佇んでいた。
異界の入り口。
陽光降り注ぐ、緑豊かな森と、その先にキラキラと輝く美しい泉。
ハカリコは何の躊躇いもなく、そこへ踏み出した。
……そうだ、こんな体、交換してしまえばいいではないか。




