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50 聖域展開



 闇竜神ダグフォート。


 創世の時代、この世界を構成する六つの力のうち、闇の力を司る神として、創造神ウィラルヴァによりつくりだされた、闇の秩序神にして、闇竜達の長。


 神話の時代の終わりに、長女である闇竜皇ヒメリアスに長の座を譲り、シィルスティングとなってウィルに仕える道を選んだ、六竜神の一柱だ。


 俺の所有している漆黒竜ディグフォルトは、厳密に言えば、そのダグフォートとは別の個体だ。それでも有している力、そして理は、全く同じであり、同じウィラルヴァの創造物でもある。


 そして、有している記憶や、感情もまた、闇竜神ダグフォート、そのもののようだ。


 この辺りの理は、どういう仕様になっているのだろうか。それはウィラルヴァにしか分からないが……少なくとも、俺の定めたルールである、同一の存在は同時に存在できない、という理には、完全に反してしまっているように思う。


 そういえばウィラルヴァが、理を曲げられるのは俺だけだ、みたいなことを言っていたような気がするが……その辺りの事情が、関わっていたりするのだろうか。


 あるいは、シィルスティングの状態だから、複数体でも存在できる、という可能性もある。


 というか、何気にこれは、マズい状態だ。完全にディグフォルト…もとい、ダグフォートに、身体を乗っ取られてしまっている。


 いわば、暴走状態にあると言っていい。この状態が長時間続いてしまうと、俺の意識は完全に消滅し、神力を使い果たした肉体も、いずれは崩壊を迎えることになる。


 と、


「そのような心配は無用だ。我が主よ。そうなる前に、全て終らせてみせよう」


 言い放ったダグフォートが、神剣ランファルトをリングに戻した。


 代わりに、右手を真っ直ぐ横に伸ばすと、その手に漆黒の剣、魔剣ディグフォルトが出現する。


「ふむ。やはりこちらの方が、良く馴染む。ラウハの剣も悪くはないが、得手不得手というものがあるからな」


 フッと軽く鼻で笑い、静かな視線でラグデュアルを見据えた。


 と……そのダグフォートの目つきが、一瞬、怪訝な色に染まった。


「妙な違和感があるな。貴様、本当にラグデュアルなのか?」


 言われたラグデュアルが、グッと奥歯を噛み締めた。


「私でなければ、誰だというのだ! まぁ良い……少なくとも、今のお前では、私にとって格下であることに変わりはない!」


 ラグデュアルが白金に輝く、光の神力に包まれ、凄まじい量の神力が溢れ出た。


 やはり神力の強さでは、ラグデュアルの方が数段、優れているようだ。


 ダグフォートが、剣を構えて、静かにつぶやく。


「神力量だけが、強さではない。確かに八星クラスの、漆黒竜ディグフォルトの状態では、貴様の神力には、及ばぬであろう。

 殊更、この身は人間である、シュウ様のものだ。暴走状態にある以上は、持って三分が関の山か。…だがな」


 闇の翼がしなり、付近の空間から、光が失われていった。ダグフォートの周囲数百メートルほどが、まるで真夜中のような暗闇に包まれてゆく。


「それだけの時間があれば、十分なのだ。真の戦い方というものを教えてやろう」


 ブンっと、ダグフォートの姿が掻き消えた。


「くっ…!」ラグデュアルが歯噛みし、油断なく身構えた。


 そのラグデュアルの真横に、ダグフォートの漆黒の身体が出現する。


 音すら発せずに、神速の斬撃が、闇の三日月のように残像を残しながら、ラグデュアルを襲った。


 バチッ…! ラグデュアルが纏った白金の神力が、スパークを放って四散する。


「くぅっ、闇に紛れたか! ならば!」


 と、ラグデュアルが光の神力を周りに広げた。ほんの数メートルほどだが、ラグデュアルの周囲の暗闇が晴れる。


「無駄だ。その程度では、我が漆黒は照らせぬ」


 ダグフォートが、まるでいくつにも分身したかのように、四方八方から出現し、次々と漆黒の三日月を、ラグデュアルに叩き込んでいった。


「くうっっ…! おのれ、無能の竜神めがっ!!」


 バチッ…バチッ!と弾ける音を発しながら、ラグデュアルの神力が、一撃ごとに確実に削られてゆく。


領域(テリトリー)を支配してこそ、ようやくが神の域よ。貴様の狭い了見では、それも把握仕切れまい」


 闇の三日月の斬撃が止み、ラグデュアルの眼前に、巨大な赤黒い炎の塊が出現した。


焦砲黒炎弾(ダークフレアバレット)


 情け容赦ない黒炎が、ラグデュアルの全身を飲み込む。赤黒い炎が一気に炸裂し、衝撃でラグデュアルが弾き飛ばされた。


 ズガァァン! 大地を抉りつつ、ラグデュアルが地面に叩きつけられる。


 どれだけのダメージが入ったのかは、分からないが……まともに直撃したことに変わりはない。ラグデュアルを包み込んでいた白金の輝きは消失し、空気を圧迫するようにして感じていた、強力な神力圧も、大きく減少していった。


 領域を……支配する、とか言っていたな。これが、六竜神クラスの戦い方ということだろうか。


 そういえば破壊神ルイーズも、リーベラ城という領域が、破壊神としての力を、最も発揮できる場所だ。


 リーベラ城にいるとき、まるで城に囚われてでもいるかのようにして、上手く身体が動いてくれなかったが……あれもまた、ルイーズの領域に、影響を受けていたということか。


 全く知りもしなかった技術だ。……いや、破壊神ルイーズが、最も破壊神としての力を発揮できる場所が、リーベラ城だというのは、俺が設定したことだ。思えば竜族の聖域という場所でも、それぞれの竜神達は、チート級の力を発揮していた。


 ということは、これは、俺自身が知らないうちにつくりだしてしまった設定だ、ということになるのかも知れないが……。


「正にその通りだ。我が主よ。我等、聖域の主は、それぞれの聖域でこそ、最も力を発揮することができる。これはその理を、簡易的に展開させたものだ。……マリカ、お前もよく覚えておくといい」


 ──はい、お父様!──


 俺の意識を包み込むようにして、寄り添ったマリカが、嬉しそうな声を上げる。


 ……父親と言葉を交わすのは、おそらく八千年振りのことだっただろう。


 そういやパパっ子だったっけ、マリカ。一番の末っ子で、幼少期にはダグフォートに、ベッタリくっ付いていたなぁ。


 それはそうと……なるほど。領域展開か。いや、簡易聖域、と言った方が正確かな?


 そもそも聖域とは、六竜神や上位竜族をはじめ、神獣など、力を持った個体が棲みつくことで、大地を流れる竜脈が影響を受け、最も適した地形に変化した場所のことを言う。


 もちろん、元々が適した属性の、竜脈の力が入り込んでいた場所に、後から棲みつき聖域と化した、というパターンも存在する。


 聖王国プレフィスの、聖湖リグルーンなどが、それに当たる。


 あの場所は終焉戦争の際に、逃げ延びた人間達を保護した水竜神ティンが、水の竜脈、その根幹の一つであったリグルーンに棲みつき、長い年月をかけて、破壊神も手出しすることのできない聖域を作り上げ、難攻不落の不滅都市と化した場所だ。


 要は、竜脈の恩恵を、フルに受けれる場所と言っていい。


 ……ん? でもそれを、どうやって簡易式として、こうしてこの場に展開できているんだ?


 ダグフォートの翼から広がった、この暗闇。これが発動された際に、神力の消耗は全く感じなかった。


 ということは、俺の神力を消耗して、この領域を作ったわけではない、ということになる。究極融合状態にあるために、漆黒竜ディグフォルトとしての、ダグフォートの神力も、今は俺と共有されている。


 ならば、どこから神力を流用したのか。……可能性としては、一つしかない。


 この平原の下を流れている竜脈から、力を引き出したのだろう。


 なるほど。ディグフォルトの感覚を通して見ると、確かに、辺りを包み込む暗闇が、大地を流れる竜脈から立ち昇っていることが分かる。


 それを数百メートルほどに渡って展開し、闇の神力の恩恵を受けれる状態にある、ということか。この場合の、簡易聖域の守護者、つまり管理者は、ダグフォート……いや、究極融合状態であるのだから、、俺自身、ということになるのだろう。


「……いつもの状態に陥ってしまったか? あまりのんびりしていると、ラグデュアルが回復して来ると思うが……」


 ──こればっかりは、どうしようもありません。私達で対処しましょう──


「いや、直に俺が教えた方が、早いと思うのだが……まぁいい。どの道、シュウ様が回復すれば、望んだ記憶は共有される。

 行くぞ、マリカ!」


 ダグフォートとマリカが、二人して戦闘態勢に入った。


 丁度そのとき、ボロボロだった背中の翼も、元通りに再生させたラグデュアルが、地面に埋もれた身体を起こし、ソルレヴァンテを手にこちらを睨み上げていた。


「やってくれたなダグフォート! 貴様にだけは、二度と遅れは取らん!!」


 ラグデュアルの翼が、小刻みに振動し、白金の神力が溢れ出してゆく。


 先ほどよりも、数メートルは広い範囲が、光の神力によって照らし出された。


「無駄だ。自らの聖域を持たぬお前には、我が漆黒は照らし切れぬ」


 ダグフォートが突撃し、ラグデュアルと斬り結ぶ。光の聖剣と闇の魔剣が激しくぶつかり、その度に白と黒の火花が大きく弾けた。


 ……ふむ。聖域を持っていれば、簡易聖域の効力も上がるということか。


 そういえば、風竜神フラドラードが、こういった戦い方を得意としていた。嵐吹く風の領域を、広範囲に渡って展開し、聖域に攻め寄せた帝国軍を、人がゴミのようだと言わんばかりに蹴散らしていたなぁ。


 加護が器の大きさに依存しているように、簡易聖域の範囲や恩恵も、自らの聖域の大きさに依存しているんだと思う。フラドラードが守護するは、母なる神の本体が眠る、竜の聖域ヴェルフィート山脈であり、世界各地に現存する聖域の中では、最も広大なものだ。


「暁光連弾!!」


「煉獄双破陣」


 ラグデュアルの放った暁光弾の連撃が、渦巻く二対の黒炎の竜巻と衝突し、光と炎の嵐が辺りを覆っていった。


 両者一歩も譲らぬ激戦が続く中、分析を続ける。


 ……ということは、ダグフォートの使ったこの簡易聖域は、闇竜皇ヒメリアスの治める、闇竜の聖域に依存されているものだろうか。あるいは、マリカの聖域である、マリーフィードによるものなのかも知れない。


 いや、闇竜の聖域は、すでにヒメリアスのものだ。ダグフォートにその権限はない。闇竜脈の根源の権限とは違い、聖域は眷族と共に、全てを後継に譲っていたはずだ。


 じゃあやっぱり、マリーフィードか?


 ……どうだろう。完全に一つとなる究極融合ならいざ知らず、いくら猫姫融合状態とはいえ、そこまで俺とダグフォート、そしてマリカの権限までもが共有されているとは、ちょっと考え難いが……。


 そうなると、ダグフォートは現在、簡易聖域の効力に直に影響する、器となる聖域を、所持していないことになる。それでは理屈が合わない。


 一体これは、どこの聖域に依存されている、簡易聖域だというのだろう。


 ラグデュアルが対抗のために展開している領域は、精々が十数メートルほど。自らの聖域を所有していなければ、このくらいが限界なのだろう。むしろ、領域展開できるだけでも、さすがは九星レベルというところだと思う。


 対してダグフォートが展開した暗闇は、数百メートルに及ぶ。まるで漆黒の結界の如くして、周囲を包み込んでいる。


「逢魔轟弾!」


「ほう、闇技に切り替えたか。だが、愚かな選択よ。…黒炎轟弾」


 闇の神力弾が正面からぶつかり、轟音が轟いた。広がった黒煙が、辺りの闇を更に深くする。


 ……明らかにこれは、どこかの聖域の影響を受けている。どこだ? どこか、俺達が利用できる、身近な聖域は……。


 ……まさか。


 ふと、思い当たるふしがあった。


 いや、でも、そんなことがあり得るのか?


 だが、確かに、マリカが言っていた。


 俺の聖域である、あの屋敷に住んでいるみんなが、俺の加護下にあると。


 と、いうことは……


 ……マジか!?


 え? あの家が、みんなと暮らしているあの屋敷が、


 俺の聖域!?


 ……………………しょぼくないか!?


 いやいや、だが確かに、その可能性は十分にある。


 そもそもティアス自体が、かつては、ティアスの名前の語源ともなった、とある竜族の聖域であったのだ。


 その詳細は今は置いておくとして、あの場所が、聖域として適している場所であることは、間違いがない。


 どのようにして俺の聖域になったのかは……まぁおそらく、加護と同じで、予め俺の中に、そういった理が存在していた……というか、ウィラルヴァが持たせてくれていた、と考えれば、とりあえずは納得できることだ。


「ようやく思い至ったか。だが、自らそこに辿り着くは、さすがは創造主様と言えよう」


 ──今では、ティアスの東の下町の、半分くらいは、シュウ様の聖域になっていますけどね。

 アルちゃんが着々と土地を買収していますし、地竜の用心棒も、数十人ほど近くの家に住んでいます。

 これからもっと、増えてゆく予定です。アルちゃんが、かつての部下達に、緊急招集をかけました。数百は集まると思います──


 ほほう。アリエルがそんなことを。一体いつの間に……ってか、


 下町の戦力高すぎぃ! 明らかにティアス城を上回る戦力だろ! レインティア本軍より強い下町軍って、どうなのよ!?


 い、いや、良い方に考えよう。これは張り切って、良い傾向だ。


 どの道、魔導具の開発も含めて、戦力は強化する予定だったのだし、それを慮って、アリエルがアレコレ手を回してくれるのは、すごく有難いことだ。


 限度は知らなかったようだが。


 と、とにかく、アリエルの地竜の軍勢五十は、予め計算の中に入っていた。


 それが今さら、数百に増えたところで、さほど…………いや、変化ありすぎるわ。やっぱり。


 と、


「貴様ら……私を無視するとは、いい度胸だ!」ラグデュアルの怒号が響いた。


 おっと。ごめんよラグちゃん。


「とにかく…理屈は把握した。ダグフォート。あとは俺がやる」


 ソウルイーターに受けた一撃は、すでに癒えてきている。マリカが全力で治療してくれたおかげだ。


「御意。では、主格をお任せしよう」


 ダグフォートが静かに頭を垂れ、再び俺の意識へと重なってきた。


「さぁ、ラグデュアル。再戦と行こうか」


 言い放ち、全力で簡易聖域を展開させた。


 

 

残り二話です。

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