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26 黄金竜アリエナード



「あらあら、マリちゃん。まずはご挨拶が先ですから」と、アルちゃんと呼ばれた女性が、マリカをしなやかに嗜める。


「そーでした。シュウ様、紹介します。

 こちら、お財布です!」


 と、クルッと振り返って、お財布を紹介するマリカ。


 マリカ以外の全員が、ガクッと片膝を曲げた。


「その紹介は酷いと思いませんか?

 …初めましてシュウ様。私はアリエルと申します。こんな姿をしておりますが、かつては地竜神ジェムズロイス様の下で、副官を勤めておりました、黄金竜です」


 アリエルと名乗った女性が、胸元に手を当てて、恭しく(こうべ)を垂れる。


「ジェムズロイスの副官の黄金竜? …もしかして、黄金竜アリエナードか!?」


 驚きを隠せず、思わずアリエナードに歩み寄って、その頰に手を伸ばす。


 …と。危ない危ない。本当に触れてしまうところだった。


 マリカが、ふーん、そんなことしちゃうんだー、とでも言わんばかりに、人を責める目つきでこっちを見ている。


 そんな目で見るんじゃありません! なんというか、マリカのときもそうだったけど、この世界で自分のキャラクターに出会うのは、まるで我が子にでも出会ったような気がして、特別な思いになる。


 キャンディ持ってたらあげてるよ。特別なやつを。


「そのご様子ですと、私もシュウ様のものなのですね?」と、アリエナードが僅かに首を傾けながら、ニコニコと微笑む。


 その視線がチラリとマリカに向けられて、それを見たマリカが、ぷうっと頰を膨らませた。


「俺のものっておい。まぁとりあえず保留するが……。

 それより、アリエナードも人間の世界で生きていたのか。いや、アリエル、と呼んだ方がいいのかな? てか、お財布ってことは、マリカウルの宝物庫の管理人?」


 ん? ちょっと先走ったかな。話がこんがらがって来た。まずは話を聞こう。


「お財布というのは、ちょっと語弊があります。宝物庫の管理もしておりません。人間の世界で生きているというのは、合っていますよ。人間名はアリエル。アクロティアに拠点を置くアリエル商会の、総元締めを担っております」


「アルちゃんお金持ちなんですよー。まぁ、全部私のものですけどね」


 キュピーンと目を光らせて、マリカが悪ぅい顔をした。


「…それも語弊があります」と、額に汗を浮かべるアリエル。


「まぁまぁ、こんなところで立ち話もなんですじゃ。上がってもらったらいかがですかな」と、婆さんが促して、一同は屋敷の応接室へと場所を移した。


 婆さんが来客用の茶菓子をテーブルの上に置いて、「ごゆっくりどうぞですじゃ」と笑顔で頭を下げ、部屋を出て、縁側へと戻ってゆく。


 向かい合った横長のソファーで、俺の横に座ったマリカが、早速ジャスミンティーをコポコポ注いで、コトコトとそれぞれの前に並べた。


「お目にかかれて光栄ですわ。創造主様」と、アリエルが深々と頭を下げる。


 うむ。苦しゅうない。……という気分には、とてもなれない。いやいや、そんな恭しくされても困るんだが。


「えーと。まず言っとくけど、俺は普通の人間だからな? 創造主とか言われても、どう対応すればいいか、分からないんだが」正直に言う。


 そもそもが、なぜこんな世界が存在しているのか、それすらも分かっていない。これはウィラルヴァに会ったときの、質問リストの最上部に書いておかなきゃいけないな。


「ご謙遜を。神留石、でしたか。それほどの魔導石を創造できるお方が、ただの人間だとお思いですか?」と、アリエルはニコニコ顔で首を傾げた。「そもそもウィラルヴァ様が、この世界に遣わし、創造主だと認めておられるお方です。それだけでも、疑いようがありませんわ」


 まぁ…確かに、俺を創造主だと言ったのはウィラルヴァだが。それを無償で信じるのもどうなんだ? とりあえず、一通りの事情は、マリカから聞いているみたいだな。


「それより、アリエ…ル。アリエルも人間として生きる道を選んでいたんだな。ジェムズロイスに殉じて、人間の世界に来たのか?」


 地竜神ジェムズロイスは、神話の時代こそウィルと敵対していたが、人の時代、つまり三神時代が始まってからは、ウィルと親友となり、ウィルと同じく、人として生きる道を選んだ竜神だ。それに続いた地竜も数多い。


 その副官をしていたアリエナード…アリエルが、同じく人として生きるようになっていても、なんら違和感はない。


 黄金竜アリエナード。神々しき金の鬣を持ち、全身が金の鱗に覆われた、黄金の竜だ。


 その実力は八星クラスに相当し、おそらく純粋な戦闘力では、斑天竜マリカウルをも凌ぐ。


 正直言うと、それほど細かい設定をしたキャラではないのだが、神話の時代の終焉戦争では、地竜の軍勢を率いて奮戦し、数々の軍功を残した猛者である。


 最終的には闇竜神ダグフォート、つまりマリカの父親に敗れ、また地竜神ジェムズロイスも、ウィルと停戦協定を結んだため、ウィルの側に降ったが……それ以降がどうなったのか、俺には分からない。


 だって書かなかったもん、アリエナードのその後の件り。


「ジェムズロイス様が人として生きるようになる以前に、私はすでに、人として生活しておりました。特に殉じたというわけではありませんわ」と、ズズッとティーカップを傾けるアリエル。


 あら。そうなのね。


「戦争が終わって、行く当てがなくなっちゃったんですよねー。それで私のところに来て、お金を借りてったんです」マリカがお茶菓子の饅頭を頬張りながら言った。


 ──なんでも、終焉戦争が終わり、ジェムズロイスが地竜の聖域を放棄したのち、台頭した別の副官が、地竜の聖域を治めるようになり、出遅れたアリエルは、お払い箱になってしまったのだという。


 そんな折り、先の戦争で命を救われた、闇竜神の娘であるマリカを頼り、闇竜皇ヒメリアスの了承も得て、闇竜神の宝物庫から幾らかの財宝を借り受け、人間の世界で商売を営むようになったのだとか。


 その後、ジェムズロイスが人として生きるようになってからは、殉じて人として生きるようになった、他の地竜達にお金を貸したり、竜の財宝を換金したりして、また、人としての商売も軌道に乗るようになり、一財産を築き上げた。


 マリカもちょくちょくお金を借りに来ては、豪快に踏み倒して、豪遊しているのだという。食い潰される危険があると判断してからは、一度に一万ゴールドしか渡さないようにしてきたらしいが。


 しかも返してくれとは、とても言えない事情もあり、もう諦めてしまっているのだとか。


 …うん。マリカに目をつけられたら、もう終わりだろうね。心中察するよ。


「そのマリちゃんが、どうしても纏まったお金が必要だと、譲らなかったのです。こんなことは、今までで初めてで。聞けば、新しいご主人様ができて、家を買うために、お金が必要だとか」


 そう言ってアリエルは、そこで初めてニコニコ顔を崩し、真面目な目つきで、俺の顔をじっと見据えた。


「えーと。それは、俺にマリカの借りたお金の返済をしろと?」


 アリエルはハッとしたように、再びニコニコ顔に戻り、


「いえいえ。そういうわけでは御座いません。そもそもが、返せるような額ではありませんので」と、頰にツゥ〜っと汗を流す。


 うむ。聞いちゃいけない額なんだろうな。


 アリエル…相当な苦労人な気がする。何かあったら助けてやるか。我が子も同然だし。


「そんなことより、です」


 アリエルが再び、スッと真面目な顔をする。


「私と…戦ってもらえませんか?」


 それは、唐突な申し出だった。

 




 

 歓楽街の中心にあるコロシアム。その中央に、俺は立っていた。


「ルールは、このコロシアムから出ないこと。そして、決して相手を殺さないこと。この二つさえ守っていただければ、あとはどうとでも」


 仮にコロシアムを破壊してしまっても、修繕費はアリエル商会が持つと言う。


 観客席にはマリカしかいないが、コロシアムの外まで被害が出るような攻撃をしてしまうと、関係ない街の人まで、怪我させてしまうかも知れないな。これもまたルールに付け加えてもらおう。


「構いません。それでは…行きますよ」と、向かい合ったアリエルが、スッと低く身構えた。


 それにしても、なんでいきなりこんなことに……。まぁ、なんとなく分からないでもないが。


 親友に新しいご主人様ができた。本来、竜族のご主人様といえば、それぞれの竜神と、その上に立つ三神、ひいては創造神ウィラルヴァということになる。


 この世界の神族である彼女らからしてみれば、その序列は絶対であり、決して覆ってはならないものだ。にも関わらずマリカは、ルイスはともかく、ウィルやレーラでもなく、創造主だという俺を選んだ。自らの聖域を放棄してまで。


 確かめたいのだろう。俺のことを。それだけの力があるのか。親友の主人たる資格があるのかを。


 まぁ、ご主人様というのは、俺からしてみれば、それこそ語弊があるのだが。


「ま、仕方ないか」呟き、ディグフォルトを剣に、ランファルトを盾に召喚する。


 相手は、八星クラスの実力者。楽にS級以上の強さだろう。しかも、数々の戦いをくぐり抜けて来た猛者でもある。


 シルヴァでは…おそらく勝てない。いや、この先ノウティスの精鋭を相手にしていくためにも、新しいやり方を模索しておく必要がある。


 うってつけの機会だ。


「漆黒の剣士憑依融合、クリスタルドラゴン、全力融合!」


 無属性の神竜、クリスタルドラゴンを全身融合する。全身を包むように、クリスタルの鎧が出現した。そこに漆黒の剣士を憑依融合することで、白く透明の全身鎧が、所々黒く染まってゆく。


 どんな形になるか、使ってみなければよく分からなかったのだが、元々白色が強かった部分、鎧の縁などの部分は白を残し、いい感じに白黒の輝きを放つ鎧を、着込んだ格好になった。


 観客席のマリカが、目を輝かせて歓喜している。


 貴女も白黒だもんね。仲間だ仲間。


 こちらの準備が完成したのを見届けたアリエルが、グッと身を縮めたかと思うと、一瞬で間近に接近して来た。


 速い! マリカほどではないにしろ、これまで戦ったルードや魔竜なんかとは、比べものにならない速さだ。


 ギィィィィンッ!!


 アリエルの拳が、ランファルトの盾に阻まれる。ドンッと凄まじい衝撃が、受けた左腕に伝わって来た。踏ん張った足裏が、ガリガリと石畳のステージを削る。


「受けますか。ならば…!」


 アリエルの両腕から、黄金色に輝く三本の爪が伸びた。


 六つの爪先が、一点に集中するように、身を捻らせて、ドリルのように回転する突進攻撃が、俺の胸元に迫る。


 咄嗟に上体を反らして、後ろに倒れ込むような形で、それを避けた。途端、六つの爪が、円を描いて拡がった。


 ガガガギッ…!!


「くっ…!?」


 鎧の胸元に、連続で黄金の爪が直撃する。鎧を切り裂くほどではないため、ダメージはないが、衝撃で背中から石畳に叩きつけらた。


 振れた視界の中、追撃で踵落としが迫るのを見て、勢いよくゴロンと横に転がった。


 ガシャァン! 石畳が砕け、深さ数十センチのクレーターができる。


 スッと軸足のつま先をこちらに向けたアリエルが、続けて強烈な蹴りを放ってきた。


 ちょ、パンツ丸見…。


 ガッ…!


「くっ…!」


 蹴りが脇腹に直撃し、弾き飛ばされて、石畳の上をガガガガっと滑ってゆく。


 ディグフォルトを石畳に突き立てて勢いを殺すと、立ち上がり前を見…たときには、アリエルがもう、すぐ間近に接近していた。


 攻撃のテンポが、今までの相手と違う。反撃する隙さえ与えてはもらえない。


 三本の黄金の閃光が、視界の右下から左上へと伸びたように見えた。が、それを後ろに退いて避けた途端、閃光の軌道が変化し、裏拳をするようにして、アリエルが突き出した三本爪の切っ先が、真っ直ぐ顔に伸びてくる。


 ガギィィン! ランファルトの盾で受け止める。さすがにこれを貫通するほどの威力はないようだ。しかし、


「うおっ!?」


 盾に衝撃を感じた次の瞬間には、盾で死角となった左下から、アリエルの蹴りが飛んでくるのが見えた。


 くう…完全に後手後手だ。こうなると、シルヴァの身体能力が恨めしい。


 クリスタルドラゴンじゃ防御は完璧だが、アリエルの動きに対応できるだけの速さがない。


 身のこなし方は、漆黒の剣士憑依融合のおかげで、判断力が向上しているため、上手く動けてはいるが…そもそもの身体能力が足りないのが、最大の欠点だ。


 選択ミスったか? しかしこれがシルヴァだと、もし最初の回転攻撃を受けたら、その時点で敗北していただろうが。


 ドガッ…!!


「ぐっ…!」


 アリエルの蹴りが脇腹にめり込む。咄嗟に右に飛んで、衝撃を弱めはしたが、鎧の脇腹に僅かながらヒビが入った。


「プレインフォートレス!」


 アリエルの追撃を察知し、目の前に、光の神力壁を展開する。


 六星の光魔法だ。咄嗟のことだったんで、簡易魔法を使わされた。瞬間的に使用できる、簡易魔法の利点だ。


 アリエルが楽々と、光の壁を飛び越えて来た。


 狙い通り。この間合いなら十分。


「遠隔盾突! ファルトバッシュ!」


 白銀の盾が輝き、光の衝撃を放った。


 アリエルが両腕で顔を守るようにし、衝撃を受けて後方に弾け飛ぶ。十数メートル飛ばされたアリエルが、石畳の上に着地し、グッと腰を低く構えを取った。


 大したダメージは入らなかったか。元々、そんなに威力のある技ではないが。


 しかし…このままではジリ貧だ。明らかに押されている。やはりシルヴァの身体能力は欠かせない。

 ならば……


「魔狼シルヴァ、全身融合」


 全身融合はすでに、クリスタルドラゴンで行なっている。重ねがけすることはできない。


 普通ならできない。複数融合するならば、足だけにしたり、腕だけにしたり、部分ごとに行うのが通常だ。


 アリエルが、一瞬、不思議そうな顔をした。

  

 

 

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