25 新居
「聞いたか? アレスフォース、なんでもS級のマスターロード様の怒りを買ったらしく、幹部らが集まっていた建物を襲撃されて、事務所ごと粉砕されたらしいぞ」
「S級ってなんだよ」
「知らねぇのかお前。A級のさらに上、知る人ぞ知る、マスターロード様の中のマスターロード様ってことだ。そんなすげぇお方が、このティアスに来てるんだってよ!」
「へぇー。そりゃまた景気の良い話だな」
「しかも斑天竜マリカウル様まで従えてるっていうぞ! マスターロード様ご自身も、八星クラスのシィルスティングの使い手らしく、半端じゃねぇって話だ」
マリカと子供二人を連れて、おやつの買い出しに出かけた際、道行く人々や商人達が、あちこちで噂話をしているのが耳に入ってきた。
ロード関連の噂は、広まるのが早い。それだけ、民衆に注目される存在だということだ。
しかしこの分だと、今後アレスフォースは、かなりやり難くなるだろうな。ギルマスのアレストが帰って来たら、菓子折りの一つでも持って行った方が良さそうだ。
「この、みぞれジュースっての美味いなぁ。溶けたシャーベットのドリンクって感じだ」
街の広場のベンチで休憩し、近くの店で買った竹筒カップのジュースを、ゴキュっと飲み込む。
くぅー! 思わずこう言っちゃうよ。喉にキュウっと気持ちいい!
凍らせたオレンジジュースを、ジャリジャリのみぞれ状にさせたもので、今ティアスで、一番人気のドリンクだという。
「私のはいちご味ですよー。練乳入りです」と、ちょっとずつ大事そうに口に含みながら、ご機嫌のマリカ。
子供達二人はリンゴとグレープで、色々とバラエティに富んだ種類があるようだ。なんでも、引退した元ロードが出しているお店のものらしい。凍らせたら保存が効くからな。結構儲かっていると思う。
「そういえば、お前達も学校に通うことになったんだって?」
ふと思い出して子供達に問いかけると、女の子の方がコクリと頷いて、
「文字や計算を勉強できるのは嬉しいです。いずれ商売を始めたら、きっと役に立つから」と、子供らしからぬ現実的な夢を語った。
子供達の中では、一番年上のお姉さんだ。歳は十二歳。この世界では十五で成人となり、社会へと巣立つ。後三年で、どれだけ頑張れるかが勝負となる。
まぁ、社会に出てから学ぶことの方が、圧倒的に多いのも事実だけどね。どこの世界でもどんな職業でも、それは同じだろう。
対して男の子の方は、女の子よりも一つ年下の十一歳。こちらは、俺の目を真っ直ぐに見て、「シュウ兄ちゃんみたいな、ロードになりたい」と真面目にハッキリと言った。
男の子なら、誰しも一度は憧れる職業だ。異世界人ながら、今では気持ちも痛いほど分かるが…
「命を賭けた職業だ。一歩間違えれば、自分だけじゃなく、仲間まで死なせてしまうことになる。…そのこと、ちゃんと考えるんだよ?」と、出来るだけ優しい口調で言ってみせた。
半分は、自分に言い聞かせながらだったけれど。
もしこの子が十五になったとき、それでもまだ、ロードへの憧れを捨て切れずにいたら…ちょっとだけ背中を押してやるのもいいだろう。
ああ、でも…ロードにとって重要な、神力を鍛えるためには、出来るだけ小さいうちから、シィルスティングに慣らしておくのがいいんだったっけ。
神力は基本的に、使えば使うだけ強くなっていく。その成長率は、子供の方が高い。無論、才能にも大きく左右されるけどね。
…うん? 別にシィルスティングじゃなくても、魔導具…具体的には、神力を消耗するチャージソケットを使えば、神力って鍛えられる論理にならないか?
というか、人によって扱える属性に差があるが、基本的に人は、大小ながら全ての属性を備えている。
例えばマーク君なら、風が得意で、チャージする速度も、風が一番早いらしい。が、苦手な地も、遅いながらも、ちゃんとチャージできている。続けていれば、いずれは地属性も一定レベルに鍛えられて、シィルスティングも扱えるレベルになったりしないだろうか。
うーん…。まぁいい。気が向いたら、色々テストしてみるか。決して無理のない範囲で。よく考えたら、常発能力の兼ね合いもあるし、一概には言い切れない。
とりあえず、ロードリングがなくても、神力の補充ができるチャージソケットも、開発項目に加えることにしよう。ガチのやつじゃなくて、簡易的なもので構わないと思うし。
「さて、帰ってみんなでおやつにするか。ああ、ジュース飲んだことは、みんなには内緒だぞ?」
宿に帰ると、セラお姉さんとバルートの姿があった。
ちなみにマーク君とトニー君は、朝も早いうちから姿を見せていて、斑天馬の世話をしたり、ライフルを磨いたり、子供達と遊んだりと…まぁいつもの調子だ。
丁度おやつの時間に頃合いだったので、子供達の遊び場の路地裏でベンチに座って、買って来たあんこ餅を配って回る。セラお姉さんとバルートにも進めたけど、セラお姉さんは笑顔で受け取ったものの、バルートは頑なに固辞した。
自分よりも子供達にと。
たくさん買って来てるから、遠慮することないのに。セラお姉さんも呆れた目つきを見せてるよ。
「子供達の入学の手続きを、済ませて来ました。明日からでも通えるそうですよ」
マリカに勧められた、いつものジャスミンティーを飲みながら、セラお姉さんが言った。
子供達は学校に通うことに、ブー垂れ顔が半分、嬉しそうなのが半分だ。俺だったら間違いなく、ブー垂れ顔組だな。
「そっか。場所はどこなの? できれば近い場所に、新居を構えたいよね」
「はい。それも目星をつけてあります。いいタイミングで売りに出されてる物件があったんです。これから下見に行こうと思っているのですが、時間取れますか?」
うーむ…難しい問題だ。何せ、これから子供達と遊ばなければならな……あ、嘘です。行きます行きます。途端に真顔にならないで。冷たい目で見つめないで。
マリカ達に留守番を託して、セラお姉さんとバルートのおっさんと三人で、東の郊外にある一軒家へと向かった。
城壁の外であり、下町といった感じの風景だ。水路もちゃんとあるが、城壁内のように、網の目に張り巡らされたものではなく、町をグルっと囲むようにして掘られている。
壁の中より緑が多いのは、好印象だ。
有事の際には、城壁内へと逃げ込まなければならないわけね。同じような下町は、ティアスの西側にも一つあるらしい。
下町とはいえ、その辺の普通の町にも優るほど、ちゃんとした造りだ。学校も城壁の門を入ってすぐの場所だし、何より水路で船で通える。町中にも一通りの店や、小規模ながら市場まであるようだし、買い物にも不自由しないだろう。
家は水路のすぐ近くにあり、移動も楽そうだ。庭付き二階建てで、家というよりは、屋敷という感じか。かなり広い。なんでもかつては、貴族の別邸として使われていたという。
「値段もお手頃ですし、悪くないと思います。あんなことがあった後ですし、難民の皆さんも、今はバラバラにならない方がいいと思いますんで」
これなら、皆んなが寝泊まりするだけの部屋も、確保できそうだ。
ちなみに購入資金は、簡易魔法が売れた分と、マリカがどうしてもと持ってきた分、それとセラお姉さんとで、三等分する形になった。
その翌日には、皆んなと一緒に屋敷に移り住み、賑やかな同居生活が始まった…といっても、賑やかなのは今までと何も変わらないけれど。
一日目は、必要なものを買い揃えたり、屋敷の掃除をしたりで、慌ただしく過ぎていった。
翌朝、かつてはパーティルームとして使われていただろう大部屋で、セラお姉さんや女性勢が作った朝食を食べ、子供達が学校へ登校していくのを見送ると、マーク君とトニー君、そしてバルートのおっさんが、
「仕事を紹介しに行って来ます。午後には戻りますので」と、元村ちょ…ラルフ爺さんとセリア婆さんを除いた、大人達五人を連れて、予め雇ってもらえるように頼んでいたという、知り合いの鍛治職人や商人のところへと出かけて行った。
セラお姉さんと並んで、マーク君達を見送ったあと、不意にセラお姉さんが、
「それじゃあ私は、例の件について、進展があったか確認して来ますね」
「ああ。例の件ね。大事なことだから、よろしく頼むよ。
……ところでなんの件だっけ?」
セラお姉さんが、シラっとした目で俺を見る。やめて寿命が縮まる。
「ファルナ・レインという女の子の件です。王族に口利きできる知り合いに依頼しておくと、言ったじゃありませんか」仕方ないなといったふうに、ため息を吐く。
ああ、あれね。
お、覚えてたさ!
「もしかしたら、レインではなく、フォッグという家名かも知れない。レインっていうのは、アクロティアに移り住んだ後に、叔母に引き取られた際に、名乗るようになった可能性があるから」
ファルナの父親の名前は、ギルス・レイン、母親がアイラ・フォッグ、だったと記憶している。面倒な親戚がいたり、複雑な家庭事情にあったことだけは確かなのだが…その辺りうろ覚えだということは、明確に設定が完了していなかったのかも知れないな。
「分かりました。なんとなく、フォッグという家名に、聞き覚えがある気もします。それについても調べて来ますね」と、セラお姉さんも出かけて行って、途端に家の中が一気に静かになった。
というか…子供達がいないだけでも、恐ろしいほどに、静かになってしまうものだ。あの無尽蔵のエネルギーは、一体どこから来るのやら。一人二人ならともかく、皆んなが揃うとヤバい。まじヤバい。
「いやぁ、静かですなぁ」と、裏庭に面した縁側で、マリカと爺さん婆さんが、のどかにお茶を飲んでいる。
年齢から言ったら、マリカが果てしなく歳上だけどね。
「シュウ殿も一緒にいかがですかな。干し芋もありますぞ」
また干し芋かい。いつも食べてるな、この爺さん。…いや、嫌いじゃないから食うけども。
なんでも子供の頃に、村を訪れた旅のロードに貰って食べてから、大好きになったのだとか。ウィルじゃなかろうかと、密かに思った。
「しかしあれですじゃなぁ。私らだけ何もしないというのも申し訳ないんで、庭に畑でもこしらえますかなぁ」と、婆さんがホホホと笑った。
「構わないけど…留守番してくれる人も必要なんで。留守の間に、客が来ることもあるだろうからね」
というか、洗濯とかも押しつけることになるわけか。人数が人数だし、年寄り二人じゃ大変だな。おばちゃん一人くらい、家事のために残ってもらっても良かった気がする。
これはアレだ。作るか。洗濯機。
と、ぼんやりと洗濯機の構造を、頭の中で模索しているときだった。
コンコン。
「ごめんくださーい」
玄関の方から、不意に誰かが、そう声を上げた。
ピコン。と、マリカの猫耳が動く。
「おやおや、お客様のようですじゃ」と、婆さんが、よっこらしょと腰を上げた。
「この声は…」と、マリカがヨイショと腰を上げて、トコトコと婆さんの後をついてゆく。
え。マリカの客?
宿にいるときもこの家にいるときも、これまで客が来なかったわけではない。マーク君達を訪ねて来るロードもいたし、直接俺のところに簡易魔法を買いに来たロードもいた。
特にこの二日間は多かった。俺がアレスフォースを潰したとかいう噂が、広まったからだ。多分今日も来るだろう。簡易魔法を売ってくださいとを建前に、あわよくば媚を売ろうとする連中が。
買ってくれるならウェルカムだが。良い子だったら雇ってもいいし。
とにかく、マリカに客など前代未聞だ。そもそも、人間の知り合いなどいるはずもなく…。
気になったので、少し遅れて玄関に向かうと、玄関ではマリカと婆さんが、金髪ポニーテールの美女と向き合っていた。
マリカと違って、すごくグラマラスな女性だ。年の頃は、俺やセラお姉さんくらい。癖っ毛の長髪は後ろで纏められて、ポニーテールの髪型だが、結んだ先から派手に広がって、正面から見ると、まるでライオンの鬣みたいだ。
が、変な髪型というわけではない。左右にいい感じに跳ねて、鮮やかに可愛らしさを引き立てている。
色白で、マリカよりも明るい黄金色の瞳。女は愛嬌とでも言わんばかりに、終始ニコニコとした表情。装飾品こそほとんど身につけてはいないが、着ている服は、豪族や貴族が好みそうな、ヒラヒラした絹製の素材のものだ。
「アルちゃんだ! わーい!」
マリカがいきなり、金髪の女性の胸に、ピョーンと飛び込んで行った。




