22 乾電池
カーテンを閉め切った薄暗い部屋。テーブルの上に置かれた銀鉱石を目の前にして、ゴクリと唾を飲む。
サバトか何かのごとく、テーブルを囲むようにして、黒いマントを頭からスッポリ被った四人。一人がスッと銀鉱石に向けて手をかざすと、向かい合った一人も、同じように両手を突き出し、何やらブツブツと呟き始める。
「我等はこれより、禁断の領域へと足を踏み入れる。準備はいいか」
「了解。耐熱用のマントもバッチリです」
「風魔法で空気の膜を作りますねー。大した熱さじゃないけれど、特に目は気をつけてくださいな」
「緊張しますね。これ成功したら、マジヤバいことになるっすよ」
口々に言って、黒尽くめの四人組が、怪しげな作業に取り掛かろうとしていた。
──とまぁ雰囲気を出してやってみたものの、やってることはそんな怪しいことではない。
マーク君に駆け足で購入してきてもらった普通の銀鉱石に、人工的に神力を含ませてしまおうという実験だ。
そのためには、魔導石が生成されるときの状況を、人工的に再現しなければならない。
マリカが言うには、なんらかの要因で竜脈の強力な神力の流れが、一箇所に流れ込み、停滞して濃縮された神力に鉱石が晒されると、鉱石は崩壊してドロドロの液状になり、やがて竜脈の流れが正常に戻ると、神力を放出して徐々に固まり、個体へと戻ってゆく。
このとき出来上がった鉱石が、抜け切らなかった神力を内蔵する、魔導石へと変化しているのだという。
属性は、そのときに流れ込んだ神力により左右されるらしいが、鉱石によっては、光を留め易かったり闇を留め易かったりするものもあるらしい。大抵は色々混ざっていて、用途に応じて加工する必要があるらしいが。
とにかく、俺くらい強力な神力を持っていれば、その状況を擬似的に作り出すことができると、マリカは言う…。
まぁ何はともあれ、物は試しだ。やるだけやってみよう。
マリカが風魔法で空気の器を作り、溶けた鉱石が流れ出さないように固定する。…これだけでも人間には不可能な作業だ。さすがはマリカ様です。
あとは俺が鉱石に神力を集中させ、反応を見ていくことになる。難しい作業ではない。
神力を受けて鉱石が飽和し、限界値を越えると、神力と鉱石が完全に混ざり合った状態になり、溶けて液状になる。このときと、液状の鉱石から神力が抜け出て固体化していく間に、かなりの高熱を発するらしい。
物が燃えて火事になるほどではないというが、一応マーク君には、水魔法の準備もしてもらった。
「それでは、オペを始めます」
かざした両手から、銀鉱石に向けて一気に神力を送る。まずは懐中電灯を作る予定なので、込める神力属性は光だ。
マリカが空気の器を持ち上げたらしく、鉱石が静かに宙に浮いた。その下にトニー君が、念のために用意しておいた石の板をスッと差し込む。
ジリ…ジリ…と小さな音が発し、何かが焼けるような変な臭いが微かに漂う。
三十秒。鉱石に変化なし。
四十五秒。やや、鉱石が白く発光して来たように見える。手の平に焚き火にでも当たっているかのような熱を感じる。
一分。クニャっと、鉱石の表面が溶けた。その十数秒後、鉱石全体がグニュグニュと波打つ銀色の液体へと変化した。
かなり熱い、羽織ったマントの表面が、かなりの熱を持ってくる。かざした手の平も熱いが、まぁ我慢できないほどではない。
「成功ですね。あとはこのまま、過剰な神力が抜け出て固まるのを待ちましょう」
ふむ。これが鉱石と神力が最大限に混ざり合った状態、というわけか。
マリカの作った空気の壁をすり抜け、神力が流れ出て霧散していくのが分かる。
勿体ないなぁ。これをなんとかして留めたままにできれば、最高の燃料になるんだろうが。まぁ、とりあえず今は保留とするか。
それよりも、未だ混ざっている不純物が気にかかる。奥歯に物が挟まったような感覚で気持ち悪いな。取り除いておこう。
「…!? シュウ様? 今、何を?」
「ん? いや、邪魔な成分が混ざってたからね。取り除いて岩獣の魔神に食わせておいた」
不純物を吸収させた岩獣の魔神をシィルスティングに戻し、ニコリと微笑む。この作業をやるとやらないとでは、おそらく出来上がりに雲泥の差が出るだろう。不純物がなければ、マーク君が買って来た鉄の魔導石のような、内部に神力のムラが出来るのを防げると推測できる。
…うん。大成功のようだ。溢れて霧散していた神力の流れが止まった。かなりの神力量を内在させたまま、ドロドロだった銀が一気に固まってゆく。
「マリカ。円筒形に出来る?」
「え? あ…は、はい。可能です」
マリカがササっと手を動かし、空気の壁の形を操作した。
単一電池を二つ並べたくらいの筒状の銀が、完全に固体化してキラキラと艶やかな輝きを放つ。マリカがスッと手を下ろすと、筒状の銀の塊が、トニー君がテーブルの上に置いた石板の上にコトリと落ちた。
「綺麗ですね! 新品の大銀貨よりずっと輝いて見えます!」マーク君が歓喜の声を上げる。
「最初の鉱石より、半分くらいのサイズになっちゃいましたが…加工すると量が減っちゃうんですか?」トニー君が素朴な疑問を投げかける。
うん。不純物を取り除くと質量が減るのは仕方がない。純粋な銀の中にさえ、魔導石には向かない成分が混ざっているみたいだし。
まぁ、それだけ凝縮された練度の高い魔導石が出来たってことだ。
「ミスリル銀が出来てしまいました。最初は普通の銀魔導石を作って、改良を重ねてミスリルを製作する予定だったのに…」マリカがこめかみを押さえてブツブツと呟いている。
ほほぅ? ということはこれが、シィルスティングにも使われているミスリルということか。言われてみれば、シィルスティングのカードの輝きとよく似ている。
光の神力を込めたものなんで、これで封印用のカードを製作すれば、光属性の魔獣、神獣を封印するのに適したものが出来るわけだ。封印用のカードには色々と属性があるけど、こういう理由があったのか。自分で創作したものながら初めて知ったわ。
「これで神留石が完成ですか? ライフル作れますか?」がっつくトニー君。
「まぁ落ち着きたまえ。神留石として使えなくはないけど、まだ改良の余地がある」
このままでは、単に普通より神力量の多い魔導石が出来たに過ぎない。ライフルの弾丸にしたら精々が一、二発分だろう。これからより多くの神力を内蔵出来るように改良し、神力を取り出し易いように加工し、何より、使用後に神力をチャージ出来るように細工を施さなければならない。
使い捨てなんて勿体ないからね。こちとら資金は限られてるわけだし。
属性ごとに神力を込めるのも厄介だな。懐中電灯なら光だけでもいいだろうが、属性ごとに撃ち分けるライフルには、全ての属性を内蔵した神留石を作って…いや、それだと属性ごとの容量が少なくなるか。
必要な弾数が減るのはいただけない。ロードリングには適しているだろうが、全ての属性を備えた魔導石は使い所が難しいってことね。用途ごとに適した属性がある。
神留石が完成すれば、懐中電灯なんかはほぼ出来上がったも同然だ。ただ発光させるだけなら、さほど難しくはない。問題はライフルの弾丸で、どれだけ攻撃力を持たせることが出来るかだが…加工に利用できそうなシィルスティングにいくつか心当たりがある。それも順に試していかないといけないな。
やることは多いが、一筋縄ではいかないのは初めから分かっていたことだ。今さら何をか言わんや。
「これ、同じ要領でこっちの鉄もやってみるか?」と、マーク君が買ってきた鉄の魔導石をゴロンとテーブルに置いた。
これも悪くはない石だけど、精錬すればもっと純度の高い魔導石に出来るだろう。
「……はい」と、マリカがやけに神妙な面持ちで頷いた。
「アダマン鉄が出来てしまいました」
マリカが頭を抱えてアハハハと乾いた笑いを浮かべている。
ほぅほぅ。これがアダマン鉄か。物語の後期に活躍するスティングアーマーの、装甲にも使用されていたのを覚えている。鍛えればものすごく硬く、壊れ難い素材になる。
ライフルの砲身にピッタリだな。思いがけず良い物が出来た。これなら相当強力な砲撃にも耐え得るだろう。
「ウィル様が数年かけて試行錯誤したものを、僅か数分で……」
テーブルの上に置かれたミスリルとアダマンをぼんやりと見つめるマリカ。
…こっちは最初から加工法を知っていたわけだし、ゼロから創り出したウィルと比べるのは間違ってるとは思うが。まぁいいでしょう。
「同じ要領で他の鉱石や宝石を錬成しても、面白いものが出来そうだな。まぁ、そっちは追い追い試して行くとして」
ミスリルを手に取り、しげしげと眺める。
鉄の魔導石の百倍以上の神力が内蔵されているのが分かる。懐中電灯くらいの明かりなら、一ヶ月は使えそうだ。だがライフルなどの弾丸の燃料にするには…幾分か心許ない。
そういえば、神力を込める際、固体になってからもしばらく神力が漏れ出たままだった。神力が漏れ出ることなく、あの状態をキープ出来れば完璧なんだが……
「鉄と銀とでは、崩壊が始まるまでに、十秒くらい差がありましたね。やっぱ鉄の方が脆いんですかねー」トニー君だ。
「そうですね。銀の方が神力を多く溜め込めるわけだから、鉄の方が崩壊は早いです。逆に銅なんかは凄く特殊で、ほとんど神力を溜めることができません。伝導率が悪くて、魔導具にするには最も適さない素材だそうです。崩壊は遅いのですが、純粋に熱に弱いし、錬成の段階で過剰な神力が必要になったり、そのせいで高熱が発生したりしますので、早く溶けてしまいます。錬成するのも厄介な素材だとウィル様が仰っていました」
マリカの注釈に、揃ってへぇーと頷く。
そういえば魔導具…特にウィルの製作した魔導器には、ほぼほぼ銀が使われている。シィルスティングやリングもミスリル製だし、魔導具に最も適した素材だということか。
逆に銅は伝導率も悪く、最も適さない素材と。伝導率が悪けりゃ理の回路を組み込んでも、伝達が遅くてまともに作動しないことになるもんね。それでゴーレムとか作ったら、めっちゃ燃費の悪いウスノロ木偶の坊が出来上がりそうだ。
しかし…待てよ? 伝導率が悪いってことは、神力を通し難い性質ってことなんじゃ……
「…マリカ? 仮に、熱を発しない程度まで神力を込めたミスリルを、銅で閉じ込めて、内部の神力を取り出す理を組み込んだ石を、先端に取り付け、必要のないときはそこに銅の蓋をする…っていう構造にしたら、神留石の試作品としては、十分なものができないか?」
もしもそれで、霧散する神力を留めることが出来れば、電池としての役割は十分に果たせると思う。出力部分の逆側には、入力…つまり神力を込めるための部分を設置すれば、使用後にチャージすることも可能だろう。純度の高い魔導石へと錬成できた今の状態なら、液体化することなく神力を充填させることもできる。
「銅で…包むってことですか? うーん、銅が溶けないほどの熱量で、ミスリルの内容量と……」とマリカが、頰に人差し指を当てて頭上を見上げて考え込んだ。
やがてその顔がピクリと強ばり、同じ姿勢のまま、頰から額からダラダラと汗が流れ始める。
「神留石が……完成します」
やがてゆっくりとこちらに視線を向けたマリカが、アハハハと乾いた笑いを浮かべながらそう言った。
「ウィル様が断念した構想なのですよ。理想として長年研究を重ね、それでも断念して匙を投げた構想なのですよ。あのウィル様が…」
さっきからずっとブツブツブツブツと同じ言葉を壁に向かって繰り返し呟いているマリカはとりあえず放っておいて、完成した神留石を手に取り、ジャジャーンと頭上に掲げる。
「ここに神留石は完成した。我等が夢が第一歩だ!」
「「おおーっ!」」
マーク君とトニー君が拳を振り上げて歓喜の声を上げた。
単一電池二個分くらいの、筒状の銅の塊。しかし中身は、包んだ銅が崩壊しないほどの神力が溜め込まれたミスリルが内蔵されている。片方の先端は凸。出力部分だ。もう片方は凹で入力部分。簡単に言うと充電器に差し込む部分になる。充電器となる魔導具はこれから作るわけだが。
尚、普通の銅を使ったら、それでも徐々に神力が漏れ出て行くので、錬成した銅を使ってみたら、神力をほぼ遮断することが出来た。錬成にはちょっと苦労して、銀を錬成する際の数倍の神力を消耗したが、無理やりに神力を集中させてなんとか混ぜ溶かしてみせた。…机はちょっと焦げたけど。
ちなみに物理的な加工には、単純な熱を使えば楽々だ。言うても銅だからね。
まさに逆転の発想。使えない素材だと考えていたウィルにはこの発想はなかったらしく、驚愕したマリカがさっきからずっと放心状態に陥っている。
「ライフル! ライフルはいつ出来ますか!?」がっつくトニー君。
「僕もそれ欲しいです。二つ作れませんか?」と、マーク君までテーブルから身を乗り出すようにして要求して来た。
うん。それは構わないけど、とりあえず今日はここまでにしよう。
窓の外は、もう日が暮れ始めていた。そろそろ子供達もお腹を空かせている頃合いだろう。
宿でも簡単な食事は用意してもらえるのだが、せっかくなので神留石が完成したお祝いといこうじゃないか。
「お祝いですか!」
ピコンと猫耳を反応させたマリカが、ニコニコ顔でピュンと飛んできた。
はやっ! そして立ち直りはやっ!
──その夜も初日同様、遅くまでドンチャン騒ぎになったのは言うまでもない。




