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19 透いた思惑



「こ…殺しちゃダメですからね!?」


 背後からセラお姉さんの悲鳴が響く。


「分かってるよ。こっちは試験官なんだ。軽く揉んでやるだけだよ」


 リングから一枚シィルスティングを取り出したルードが、片目を隠した前髪を掻き上げながら、余裕の笑みを浮かべた。


 …俺に言ったんだよ。もう、口を聞く気にもなれねぇわこいつ。さっさと終わらせよう。


「しっかし、セラの趣味も揺るがねぇなぁ。短髪黒髪、顔つきは幼いが、どことなく雰囲気もアレストに似てやがる」


 こっちは早く終わらせたいのに、ルードが無防備な姿勢で、勝手に話しかけてくる。


 幼くねぇわ、あほー。外国人顔と一緒にすんな。


「そのアレストにこっぴどく振られて、傷心のところを俺が慰めてやったってのによ。まだ忘れられねーみたいだな。あいつな、俺が初めての男だったんだぜ? そのくせ半月もしないうちに、勝手に別れを切り出されてな。俺がどれだけ…」


「シュウ君。聞かなくていいです。知りたければ、後で私から話しますから!」


 ん。分かってますよ〜。


「始めていいのか?」


 努めて興味なさそうなそぶりをしてみせて、無表情で静かに呟く。あれ? ちょっとカッコよくない俺?


「チッ…」とルードが舌打ちした。


「いいぜかかって来いよ。ワンパンで沈めてやる」


 シィルスティングを召喚融合させ、拳から肘にかけてガントレットのような武具が出現する。甲虫のような形だ。虫系のシィルスティングだろう。


「…分かった。かかって行くよ」


 ガッ、と床を蹴り、一瞬でルードの懐に潜り込む。


「なっ…!?」


 ルードの視線が、ゆっくりとスローモーションのようにして下に向けられ…たときには、すでに俺の蹴りが、ルードの股間にめり込んでいた。


 ゴスっ!


「くぉぉぅぅっ…!?」


 股間を押さえたルードが、内股姿勢で崩れ落ち、床に頰をつけて産まれたての子鹿のように、ガクガクと震える。


「ひ…卑怯な…!」


 それでもすぐにシィルスティングを使い、回復したようだ。震えながら片膝をついて起き上がり、血走った目をこちらに向ける。


「卑怯? ルールがあったのか。そういや試験だったなこれ」


 それなら最初に教えといてくれ、と続けて言ったら、ルードが歯軋りしながら立ち上がった。


「それならこっちも本気で行くぞ。ドリル・インセクト、剛槍!」


 ルードのガントレットの先から伸びるように、高速で回転する三又の槍が出現した。


「食らえぇぇっ!」


 真っ直ぐ槍を前方に突き出し、それでもかなりの速度で突っ込んでくる。


「シュウ君!」セラお姉さんの悲鳴が聞こえた。


 ちょっと心配症が過ぎませんかね?


 ブゥゥンッ…!!


 僅かに後ろに退がり、スッと首を横に逸らすと、耳元を虫の羽音のような振動音が通り過ぎた。


 こんなんマリカなら、優雅にお茶を飲みながらでも避けれるわ。


「なにぃっ!?」


 避けた瞬間、接近してきたルードの股間につま先を蹴り込む。


 ゴスっ!!


「くぉぉぉうぅっ…!?」


 再びルードが内股で前屈みに悶絶した。


「………ぷっ」これには流石にセラお姉さんも失笑を禁じ得ない。


 バルートのおっさんは、腕組み仁王立ちのまま、無表情で戦況を見守っている。…流石に堂々としてらっしゃることで。


「き…貴様ぁぁ!!」


 再び回復魔法をかけて復活してきたルードが、今度は槍を引っ込めて、両手の掌を広げて前に突き出した。


「甲虫羽陣!!」


 高速の風の弾丸が、乱れ撃ちで迫ってくるのが分かった。目で見ることはできない。音と気配で察知するしかなさそうだ。


 言うてもB級ロード。流石に色々できるみたいだ。が、


 スッと右に動いて一つを避け、スッと屈んで二つ目を避け、左斜め前に飛んで三つ目、上に飛んで四つ目、と次々と風の弾丸を躱して行く。地面に着地して、一気にルードに迫ると、右足で蹴り上げる…フェイントをしたら、ルードが思い切り引っかかって、両手で蹴りを受け止める仕草をした。


「アッー…?」


 瞬間、間抜けな声を出したルードの背後に回り込む。


 ゴスっ!


 遠慮なく股間を蹴り上げた。


「くぉぉぉうぅっ!?」


 三度ルードが悶絶して前のめりに倒れ込んだ。


 しかし…また回復されても厄介だなぁ。どれ。ここらでトドメを…


 と思ったら、ルードがそのままの体制で、待ったと片手をこちらに突き出し、プルプル震えながら、


「も…もう分かった。もう十分だ。合格! 合格だ!」


 股間を押さえて回復魔法をかけつつ、涙目で告げた。


「終わり? まだシィルスティング使ってないんだけど?」


 言って魔狼シルヴァを右足に召喚融合させ、鋭い爪を見せつけるようにして、ブンブンと股間蹴りの練習をしてみせる。


 やや真ん中を狙い、高速で、連続で、力強く、抉り込むようにして…打つべし、打つべし打つべし打つべし…!


 顔を青くさせたルードが、ズサササっと這いずるように後方へ距離を取った。


 ゴキブリかこいつわ。


「終わりと言ったら終わりだ! 解散!」


 言い放ったルードがよろよろと起き上がり、震える足取りで逃げるように部屋を出て行った。



 

 

 ようやく正気に戻ったローブのお姉さんが、テキパキと書類を処理して、仮試験は終了となった。


「そ…それでは、本試験は、マスターロード様の都合がつき次第、開催されることとなります。ですが現在、マスターロード様は皆、ティアスを留守にしておりまして…」


 最短でも、一週間後になる、とのことだ。


 まぁ、それは仕方のないことだと思う。他にも色々とやることが増えてきたし、そんなに慌てることもないだろう。


「大丈夫です。そんなことより…もっと大事なことがあるんで」


 …そう。それより今、何よりも気になることは、ただ一つだ。これだけは何がなんでもハッキリさせておかなければならない。今後のことにも大きく関わってくる問題だ。


「どうしても聞いておかなきゃいけないことがあるんです。知らないままでいるのは、あまりに酷過ぎるんで。胃に穴が開くような不安に苛まれることになるだろうから」


 俯き加減で呟く。


「……………」


 セラお姉さんが無言で俯いた。


 セラお姉さんは、よく分かっているようだ。これは、すごく重要な問題なのだから。聞きたくはないけれど、今後のためにも、ちゃんと聞いとかないといけない。


 すなわち…


「……これ、壊しちゃったみたいですけど、弁償しなきゃいけないんですか?」


 ビクビクドキドキしながら、おずおずとローブのお姉さんに問いかけた。


 あれ? 背後でセラお姉さんがズッ転けてる。どうしたんだろうか…? バルートのおっさんも無表情ながらちょっと笑ってないか? 珍しいこともあるもんだ。


「え…あ、ああ。これですか? いえいえ、故障はこちらの不備です。お気になさらないで下さい」


 笑顔で言われて、ようやくホッとすることができた。


 良かったぁぁ。こういうロード協会関連の魔導具…正確には、魔導器、っていうんだけど、魔導器ってのはどれも恐ろしいほど高額なものだ。


 ウィル・アルヴァの長年の研究の賜物だからね。数千年も昔から、文化レベルがそこだけ極端に突出している、ある意味オーパーツと言っても良いレベルの代物だ。


 この測定器一つだけでも、おそらく、六星レベルのシィルスティングが購入できてしまうだろう。具体的な値段は、安くて一千万ゴールド。日本円にすると十億円だ。


 マリカの貯えやウィラルヴァが用意してくれた簡易魔法を売り捌けば、すぐに捻出できる額だろうが、マリカの貯えはともかく、簡易魔法貯金の方は、これから色々と魔導具を開発するのに、ごっそりと持っていかれる予定だ。正直、そんなに余裕があるわけではないんだよね。


 まぁ、すぐに切羽詰まるというわけではないけど。


「それでは、日程が決まりましたらお知らせしますね。本日はお疲れ様でした」


 ニコリと笑ったローブのお姉さんが、書類を抱えて部屋を出て行った。


 ふう、終わった終わった。午後からはマーク君達と何をして遊ぼうかな。


 グウっと背伸びをして深呼吸すると、セラお姉さんが、


「あの…シュウ君? 少し、いいですか…?」と、俺の服の裾をクイっと引っ張った。


 バルートのおっさんが、何かを察したように一礼すると、無言で部屋を出てゆく。


 えっと…あのルードって男と付き合った経緯とか、の話ってことですかね?


 特に知りたいとか思わないんですが……。


「……興味ないですか?」と、ちょっと首を傾げるようにして俺の顔を覗き込む。


「興味ないってわけじゃないけど…それは、聞いた方がいい話?」


 いろんな意味を込めて尋ねる。


「シュウ君は…全部話してくれました」


 そう言って、じっと俺の目を見る。


 …それとこれとは話が違う気が。隠し事してるってわけでもないだろうに。


 打算的な、ってことに関してだとしたら、それはもうバレバレなわけで。セラお姉さんだって俺と同じで、隠し事が得意なタイプってわけじゃないと思う。


 それでも話したいっていうなら聞くけれど……気の利いたことは、何一つ言ってやれないだろう。


「まず、私がアレスト様に振られたって話ですけど、別に告白して断られたとかじゃないんです。想いを寄せていたのは確かですが…」


 うつむき気味に話し出す。その間も、ずっと俺の服の裾を握ったままだ。突き放したりなんかしないのに。


「アレスト様は、私が想いを寄せていたことすら知らないと思います。補佐をしていたミレイナ様との結婚が決まって、私は想いを告げるチャンスさえ失ってしまいましたから」


 ずっと片思いのまま終わったってわけか。というかこれ…俺が聞いていい話なのだろうか。…いや、そんなふうに思っちゃいけないか。


「そんなときに言い寄ってきたのがルードで…あまりいい噂は聞かない人だってことは分かっていたんですけど、あのときの私には、すごく優しい人に見えてしまって……」


 で、コロッと騙されてしまったと。


 …まぁ、分からないではない。


「付き合ってすぐに気づきました。他に女の人が何人もいるってことに。私もその中の一人で、遊びでしかないんだって。それで、すぐに喧嘩別れしました。丁度、遠征でティアスを離れることにもなっていたし、いいタイミングだと思いました」


 てことは、別れてから二〜三ヶ月、というところか。最近の話なんだな。


 これだけ達観してるように見えるセラお姉さんでも、こんなことがあるのか。俺なんかどうなってしまうのだろう。全てに絶望して、世界滅亡とか考えちゃうかもな。


 ……もしかして、ルイス・ノウティスも似たようなものなのだろうか。あるいは、自分の中から出て行ったウィルやレーラに対する、複雑な思いもあるのかも知れない。


「遠征では、シュウ君も知っているとおり、散々で…。ダメなときは本当にダメなんだなと思いました。でも、そんなときに、シュウ君に出会いました」と、セラお姉さんは、ここでようやく俺と目を合わせた。


 その瞳は、はぐれた母親をさがす子猫のように、不安気で、まだどこか沈んで見えた。


「ルードが言っていたように…最初は、アレスト様に似ていると思いました。同じ闇の民の風貌で、肌の色も、髪の色も、身長や体格までよく似ていて……中身は結構違うんですけどね」と、ちょっとだけ笑う。


「まさかこのタイミングでディスられるとは」


 冗談ぽく言ってみせると、セラお姉さんは声を出して笑った。


 それにしても、そんなに似ているのか。ちょっと会ってみたい気がする。都合良く模擬戦の相手に指名とかされてくれないかな。


「…シュウ君が現れてから、全てが変わりました。ギスギスしていたマークとトニーも、元通り仲良くなったし、会話もなかった子供達も、笑顔を見せてくれるようになりました。バルートだって相当参っていたんです。純粋に怖い顔をしていました」


 純粋に怖い顔って…。逆に純粋じゃない怖い顔ってどんな顔だよ。


 てか、不仲なマーク君とトニー君ってのは想像つかないな。マジでそんな状態だったのか。パートナーロードとして登録していて、長いこと二人で頑張っているとか聞いてたけど。


「山一つ吹き飛ばしたときには、正気を疑いましたけどね。冷静になって考えれば、あれも緊張をほぐすための作戦だったんですよね。実際、村長のラルフさん達もあれで、シュウ君がいれば何も怖くないと、安堵するようになりました」 


 へぇー。そんな効果があったのか。


 ………ラルフっていうんだあの爺さん。


 いや……知ってたよ? ホントだよ? 山壊したのも作戦だし? マジマジ。


「ホントに、全てが上手くいくようになったんです。夢みたいに。きっと神様が遣わしてくれた救世主なんだと思いました。事実、その通りだったわけですが」


 いやいやいやいや、逆! ウィラルヴァはセラお姉さん達の方じゃなくて、真逆のウィルがいる方角に行かせるつもりだったんだから!


 ロクなもんじゃないよ、あのアホ竜神だけは……と、そういえばウィラルヴァ観察してるんだよね俺のこと。これは言っちゃいけないやつだ。


「…シュウ君。一つだけ、隠してることがあるんです」


 不意にセラお姉さんは、思い詰めたように目を伏せて、服の裾を掴んだ手にギュッと力を込めた。


「私は…シュウ君を、利用しようとしてるんです。散々助けてもらったのに、命の恩人なのに、私はまた、身勝手な理由で、シュウ君に助けてもらおうと考えてるんです」


 そう言って、チラリとうつむき気味に視線を向ける。…が、その視線は俺の喉の辺りで止まっていて、目を合わせることはできないでいるようだった。


 …律儀だな。それを言っちゃうのか。


 どうあっても俺にマスターロードでいてもらいたい理由。マーク君やトニー君だって、似たようなことを考えているだろうに。それを俺が、迷惑に感じるとでも?


 いや、言わせねぇよ?


「俺も、一つ言いたいことがあるんだ」と、裾を掴んだセラお姉さんの手を握る。


「ぇ…?」小さく声を出し、セラお姉さんが視線を合わせた。


 すごく不安そうな顔だ。服の裾を手放してしまった指が、微かに震えている。


「査問がどんな結果になろうと、セラお姉さんが一人ぼっちになっちゃうことはないよ。…俺もいるし、マーク君やトニー君も、バルートのおっさんもいる。マリカもね。だから、大丈夫だよ」


 そう言って、ニコリと笑って見せた。


 セラお姉さんが、呆然としたようにこっちを見つめている。


 やがて、理解が追いついたのか、不安そうに震えていた瞼が、スッと細められた。


 笑顔になったセラお姉さんが、無言でコクリと頷き、


「はい。側にいて下さいね!」


 そう言って、握った俺の手をギュッと握り返した。

 

 

 

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