夕食
サトルは料理も出来るみたいです。
ユヅは、初めてそうめんを茹でた。水洗いをしたり、氷水を張った木曽檜の飯台に盛り付けるだけで、特別なことをしている高揚感を覚えた。
「天ぷら揚げれるなんて、サトル君は器用なんだね」
硝子の器に作り置きされていた汁を入れる。織部焼の長皿には、おろし生姜や千切りにした大葉、小口切りの茗荷、小ネギ、すり胡桃が並んでいた。
「こんなのは馴れだ」
「職人さんみたい」
「それはプロに失礼だ」
「そうかな?」
話している間に、万願寺唐辛子が揚がった。
「コツのいらない天ぷら粉だし、失敗しない」
なす、ピーマン、茗荷、アスパラガス、万願寺唐辛子…。
揚げたての天ぷらを、伊万里の大皿に盛り付けてゆく手つきは、迷いがない。
八畳程のキッチンは、広くはないが、ショールームのシステムキッチンより使い勝手も設備もいい。最新機具と古くからの道具や器との融合は、嫌味なく、品と味わいに満ちていた。
「テーブルのセッティングは終わったぞ」
額から手拭いを外し、タケルはダイニングのふたりに声をかけた。
「ユヅ、叔父きと出来た皿から持っていってくれ」
「はーい」
ユヅは大きなトレーに、年期を感じる取り皿や薬味の皿、汁の器を乗せた。
「サトちゃん、新婚さんごっこしてるみたいだねぇ」
「さっさと運べ、腐れおジジぃ様」
サトルに睨まれながら、タケルは氷が煌めくそうめんを抱えて楠の中庭へ向かう。
「呼んでない来客があると思うけど、気にしないでくれ」
「あ、はい。でも、私が同席して大丈夫ですか?」
楠の下には、クロスのかかったテーブルと、四脚の席があった。庭を囲む廊下や壁に、ガス灯と蝋燭が揺らめいている。
ユヅは、どこか世俗離れした雰囲気に魅せられた。
通い慣れた大学の近くに、こんな世界があったなんて。普段は素通りする路地を入るだけで、違う景色や空気に出会えるのかもしれない。過ごす人、場所、時間。ほんの少し角度を変えれば、自分自身も
変われるような気がした。
「トマトとキュウリ、実家の朝取れ持ってきたわよ」
背後からの声に、ユヅはびくりと肩を震わせ振り返った。
「いつもありがとさん」
タケルは、言葉とは裏腹にぞんざいなジェスチャーを交えながら座った。
「いつも以上に失礼ね」
長身の女性は、たおやかな仕草で、開け放たれた廊下に生なりのエコバックを置いた。
「この子、ね」
「え…」
骨ばった指にツっと顎先をすくわれ、ユヅは目を見開き硬直した。
「サトルに見られたらセクハラ扱いされるぞ」
と、湯気の立ち昇るだし巻き玉子と大根おろしの乗った皿が、テーブルの隙間を埋めた。仕度を終えたサトルは、彼女の手首をつかまえ、軽く捻りあげた。
「こいつを怯えさせないで下さいね」
ユヅは、勢い任せで椅子に座らせられた。
「こらこら、一応レディたちなんだから、その辺にしとけって」
タケルは生酒のスクリューキャップを開け、シャンパンフルートに手酌した。
「叔父き、胃に食いもん入れてから飲めよ」
「サトちゃん、乾杯してからでしょ!」
「おババァ様、冷めないうちに食べるのがマナーです」
「相変わらず口の減らないガキね」
「不毛だ…」
特に「乾杯」も「いただきます」もないまま、夕食は進んだ。
ユヅはどうしていいのかわからない、といった様子で、髪をいじったりシャツの裾を気にしていた。
「私は赤羽雅子。お姉サマか雅子って呼んでちょうだい」
雅子は、ユヅのグラスにスパークリングワインを注いだ。
ユヅは軽く頭を下げ、カチンと合わされたグラスを手にした。
「枚方弦です。宜しくお願いします、雅子お姉さま」
ユヅの言葉に、三人の動きが止まった。
「ユヅちゃんサイコォ~!」
雅子にガッツリと抱きしめられたユヅは、スパークリングワインが溢れないか気が気ではなかった。
「おいババァ、出掛けるから放せよ」
立ち上がったサトルは、ユヅのグラスを取り上げ、そのまま飲み干した。
「行くぞ」
サトルは、ユヅの華奢な腰に腕を回して、雅子から引き離す。そうして、タケルに目配せし、裏口から出ていった。
「ちょっとぉ、サトちゃんキャラ変わった!?」
雅子はタケルの隣に座りなおし、彼のグラスに生酒を酌んだ。
「初めての案件だから、って言いたいとこだけど、思うところがあるんだろうな」
「若いっていいわねぇ」
「俺たちが年寄りみたいな言い方だな」
「三十過ぎたら、時間は容赦なく加速するの」
「あー、来月で四十二になるんだっけ?」
タケルは茗荷の天ぷらを味わい、冷えた生酒を流し込む。
雅子は、タケルが杯を置くのを待ってから、ラリアットを食らわせた。
ようやくメインキャストが揃いました。
いつも酒ばかり酌み交わしていてすみません。
それはこれからも続きますが…




