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Sick syndrome.  ⑥  作者: AKIRU
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夕食

サトルは料理も出来るみたいです。


 

 ユヅは、初めてそうめんを茹でた。水洗いをしたり、氷水を張った木曽檜(きそひのき)の飯台に盛り付けるだけで、特別なことをしている高揚感を覚えた。

「天ぷら揚げれるなんて、サトル君は器用なんだね」

硝子の器に作り置きされていた(つゆ)を入れる。織部焼の長皿には、おろし生姜や千切りにした大葉、小口切りの茗荷、小ネギ、すり胡桃が並んでいた。

「こんなのは馴れだ」

「職人さんみたい」

「それはプロに失礼だ」

「そうかな?」

話している間に、万願寺唐辛子が揚がった。

「コツのいらない天ぷら粉だし、失敗しない」

なす、ピーマン、茗荷、アスパラガス、万願寺唐辛子…。

揚げたての天ぷらを、伊万里の大皿に盛り付けてゆく手つきは、迷いがない。

八畳程のキッチンは、広くはないが、ショールームのシステムキッチンより使い勝手も設備もいい。最新機具と古くからの道具や器との融合は、嫌味なく、品と味わいに満ちていた。

「テーブルのセッティングは終わったぞ」

額から手拭いを外し、タケルはダイニングのふたりに声をかけた。

「ユヅ、叔父きと出来た皿から持っていってくれ」

「はーい」

ユヅは大きなトレーに、年期を感じる取り皿や薬味の皿、汁の器を乗せた。

「サトちゃん、新婚さんごっこしてるみたいだねぇ」

「さっさと運べ、腐れおジジぃ様」

サトルに睨まれながら、タケルは氷が煌めくそうめんを抱えて楠の中庭へ向かう。

「呼んでない来客があると思うけど、気にしないでくれ」

「あ、はい。でも、私が同席して大丈夫ですか?」

楠の下には、クロスのかかったテーブルと、四脚の席があった。庭を囲む廊下や壁に、ガス灯と蝋燭が揺らめいている。

ユヅは、どこか世俗離れした雰囲気に魅せられた。

通い慣れた大学の近くに、こんな世界があったなんて。普段は素通りする路地を入るだけで、違う景色や空気に出会えるのかもしれない。過ごす人、場所、時間。ほんの少し角度を変えれば、自分自身も

変われるような気がした。

「トマトとキュウリ、実家の朝取れ持ってきたわよ」

背後からの声に、ユヅはびくりと肩を震わせ振り返った。

「いつもありがとさん」

タケルは、言葉とは裏腹にぞんざいなジェスチャーを交えながら座った。

「いつも以上に失礼ね」

長身の女性は、たおやかな仕草で、開け放たれた廊下に生なりのエコバックを置いた。

「この子、ね」

「え…」

骨ばった指にツっと顎先をすくわれ、ユヅは目を見開き硬直した。

「サトルに見られたらセクハラ扱いされるぞ」

と、湯気の立ち昇るだし巻き玉子と大根おろしの乗った皿が、テーブルの隙間を埋めた。仕度を終えたサトルは、彼女の手首をつかまえ、軽く捻りあげた。

「こいつを怯えさせないで下さいね」

ユヅは、勢い任せで椅子に座らせられた。

「こらこら、一応レディたちなんだから、その辺にしとけって」

タケルは生酒のスクリューキャップを開け、シャンパンフルートに手酌した。

「叔父き、胃に食いもん入れてから飲めよ」

「サトちゃん、乾杯してからでしょ!」

「おババァ様、冷めないうちに食べるのがマナーです」

「相変わらず口の減らないガキね」

「不毛だ…」

特に「乾杯」も「いただきます」もないまま、夕食(ゆうげ)は進んだ。

ユヅはどうしていいのかわからない、といった様子で、髪をいじったりシャツの裾を気にしていた。

「私は赤羽雅子(あかはねまさこ)。お姉サマか雅子って呼んでちょうだい」

雅子は、ユヅのグラスにスパークリングワインを注いだ。

ユヅは軽く頭を下げ、カチンと合わされたグラスを手にした。

枚方弦(ひらかたゆず)です。宜しくお願いします、雅子お姉さま」

ユヅの言葉に、三人の動きが止まった。

「ユヅちゃんサイコォ~!」

雅子にガッツリと抱きしめられたユヅは、スパークリングワインが溢れないか気が気ではなかった。

「おいババァ、出掛けるから放せよ」

立ち上がったサトルは、ユヅのグラスを取り上げ、そのまま飲み干した。

「行くぞ」

サトルは、ユヅの華奢な腰に腕を回して、雅子から引き離す。そうして、タケルに目配せし、裏口から出ていった。

「ちょっとぉ、サトちゃんキャラ変わった!?」

雅子はタケルの隣に座りなおし、彼のグラスに生酒を酌んだ。

「初めての案件だから、って言いたいとこだけど、思うところがあるんだろうな」

「若いっていいわねぇ」

「俺たちが年寄りみたいな言い方だな」

「三十過ぎたら、時間は容赦なく加速するの」

「あー、来月で四十二になるんだっけ?」

タケルは茗荷の天ぷらを味わい、冷えた生酒を流し込む。

雅子は、タケルが杯を置くのを待ってから、ラリアットを食らわせた。



ようやくメインキャストが揃いました。


いつも酒ばかり酌み交わしていてすみません。

それはこれからも続きますが…

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