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ニコライ、頭を抱える

 外から騒がしい音が聞こえてきた。数人の男たちが争っているかのような声だ。ボリスは立ち上がり、のっそりと歩いていく。

 扉の隙間から、そっと表を見てみた。店に迷惑をかけるような輩に、目の前の通りをうろつかれては困るからだ。しかし、店の外には誰もいなかった。何か揉め事があったにせよ、すぐに収まってしまったのだろう。

 ボリスはホッとした様子で、店の奥へと戻っていく。無論、彼は闘いとなれば大抵の者に引けは取らない。だが同時に、ボリスは争いを好まない性格でもある。

 それに、彼は外に出ることも好きではない。特に、明るい間は。


「外が騒がしかったみたいだけど、何かあったのかい?」


 店の奥から出て来たニコライに、ボリスは首を振る。


「さあ。何があったのかは知りませんが、もう収まったようです」


「そうか。最近、ここらもアホが増えてきたみたいだね。トライブの連中に、ここらの見回りを強化してもらうよう頼んでみようか」


 ニコライは軽い口調で言ったのだが、ボリスの表情は暗くなった。


「私は、あの連中は好きではありません」


「俺だって好きじゃない。けどな、この街で生きていくには、トライブとも上手くやっていかなきゃならないのさ。お前だって分かるだろう、俺より頭いいんだからさ」


「知識と知恵は、違うものですから」


 苦笑しながら、ボリスは答えた。だが、直後に真剣な表情になる。


「もし仮に、トライブのリーダーであるショウゲンを殺してくれ、と死者に頼まれたとしたら、あなたはどうするのです? 殺しますか?」


「さあ、どうしたもんかなあ。お前は、どう思う?」


「私に聞かれても困りますよ。それは、あなたが自分で考えて決めることです。ただ、あなたの選択が何であれ、私は従います」


「いや、丸投げされてもな。まあ俺としては、そんな突拍子もないことを頼むようなアホが来ないことを祈るだけさ」


「しかし、来る可能性はゼロではありません。ショウゲンは今まで、私たちより多くの人間を殺しているでしょうから」


 ボリスが答えた時、店の扉がすっと開いた。ニコライは、思わず笑みを浮かべる。


「おやおや、噂をすれば何とやらだね」


 ニコライの目には、ひとりの男が見えていた。年齢は三十代後半から四十代、小太りの体型で温厚そうな顔つきだ。もっとも、ボリスの目には見えていないのだが。


「あんた、何の用だい?」


 にこやかな表情を浮かべつつ、ニコライは尋ねた。だが中年男は、ためらうような素振りでボリスの方をちらちら見ている。ボリスの存在が気になるらしい。

 そのことに気づいたニコライは、扉を開けた。


「とりあえず、外で話そうか」




 二人は、店の外に出た。周囲に人の姿はなく、何者かが潜んでいる気配もない。


「で、あんたの名前は?」


「サム」


 答えたサムの表情は、ひどく暗いものだった。もっとも、明るい表情でここを訪れる者など、まずいないのだが。


「で、サムさん、あんたは何がして欲しいんだ?」


 ニコライの問いに、サムは力なく首を振った。 


「わからない」


「へっ? 何それ?」


 唖然となるニコライの前で、サムは座り込んだ。その顔には、虚な表情が浮かんでいる。


「俺は、どうしたらいいんだろうな……」




 サムは四十年以上、このゴーダムで生きてきた。ラーカスという金貸しの下で、取り立てなどの雑用をして生きてきた。

 やがてサムは結婚し、二人の子供も授かる。こんな監獄都市の中とは言え、彼は幸せな生活を送っていた。

 だが、サムの人生は唐突に終わりを告げる。


「金をくすねてることが、ラーカスにバレちまった。おかげで、俺は殺された。それはいいよ……仕方ない。俺も覚悟はしてたしな。ところが、問題はそのあとだ」


 そういうと、サムはふうとため息を吐いた。


「今になって分かったんだけどさ、うちの嫁が若い男と浮気してたんだよ。俺が生きてるうちからな」


 ニコライは思わず頭をかかえた。死者になってから、身内や仲間だった人間の違う一面を知ってしまう……これは、珍しいことではない。

 それは大抵の場合、厄介なことになる。ニコライはこれまで、何度も見てきた。


「で、あんたはどうしたいんだい?」


 とりあえず平静を装いつつ、ニコライは尋ねてみた。この場合、下手をすると嫁と浮気相手を殺してくれ、などと言いかねない。さすがのニコライも、そんな頼みは聞き入れるわけにはいかなかった。

 かといって「それは出来ない」などと、冷たくあしらうわけにもいかない。そんなことをすれば、恐ろしい事態を引き起こす可能性があるのだ。ニコライは、そっと男の表情を窺った。

 だが、サムは首を振る。


「わからない」


 答えるサムの表情は複雑なものだった。いろんな思いや感情が胸の裡でうごめいており、まだ整理しきれていないのだろう。ニコライは、こう言うしかなかった。


「とりあえずは、ひとりになってゆっくり考えてみようよ。明日、また話し合おう」


 ・・・


 ゴーダムの中心地はレンガ造りの建物が多く、そのほとんどが商業施設である。もっとも、まともでない店も少なくないが。

 金貸しであるラーカスの事務所も、その中心地にある。それなりに繁盛しており、客足が途絶えることはない。

 今も、事務所には客人が訪れていた。



 ラーカスの外見は、眼鏡をかけた小太りの中年男である。丸い顔に口ヒゲを生やし、踏ん反り返った態度で木製の椅子に座っている姿は滑稽であった。

 もっとも、彼の前に立っている者はにこりともしていない。体を震わせながら、ペコペコ頭を下げていた。


「おいアラック、ここにいるジャックさんは、返す金がないと言ってる。人に金を借りておきながら、返す金がないんだと。お前なら、どうする?」


 ラーカスに聞かれ、横にいるアラックは眉間に皺を寄せた。


「ぶ、ぶっ殺す」


「そうだよな。借りた金を返せない奴は、殺されて当然だよな」


 ラーカスは目の前にいる男を完全に無視し、己の横に立っている者と愉快そうに話している。アラックという名の用心棒だ。恐ろしく頭が弱いが、体は大きい。二メートルを軽く超す身長に、巨岩のごとき厚みのある肉体。顔は人というより猿に近く、髪の毛は生えていない。

 そう、このアラックは人間ではなくオーガー族なのだ。田舎の村では、人食い鬼として恐れられている。事実、オーガー族の中には人間を食べる者もいるのだ。

 ラーカスは、そんなオーガー族のアラックをボディーガードとして雇っている。アラックは底無しに頭が悪い。だが、腕力は熊なみだ。荒事に対する躊躇もない。


「ただ、ぶっ殺したところで一文の得にもならない。こっちとしても、金さえ返してもらえりゃ言うことはねえ。そこで……」


 言いながら、ラーカスはジャックの方を向く。とたんに、ジャックは床にひざまずいた。頭を愉快に擦り付けながら、振り絞るように声を出した。


「お願いします! もう少し……あと三日待ってください!」


 だが、それを見下ろすラーカスの表情は冷たいものだった。


「そうしたいのはやまやまなんだがな、そいつは出来ないな。なぜなら、今後の俺の仕事に差し支えるからだ。お前みたいに返さない奴に甘い顔をしていたら、他にもそんな奴が出てくる。それは分かるな?」


「わ、分かります。でも、そこを何とか!」


 ジャックは、またしても額を床に擦りつける。それを見たラーカスは、アラックの方を向いた。


「アラック、こいつを押さえつけろ」

 

 直後、アラックは動いた。巨体に似合わぬ速さで移動したかと思うと、ジャックを上から押さえつける。

 アラックのゴリラ並の腕力で押さえつけられ、ジャックは動くことが出来ない。

 それを見て、ラーカスはにっこりと微笑んだ。


「最近、とある魔術師と仲良くなってね。その魔術師は、様々なものを買ってくれるんだよ。実にありがたい話さ」


 言いながら、ラーカスはしゃがみ込んだ。ナイフを取りだし、ジャックの顔に近づける。


「その魔術師なんだが、人間の眼球をひとつ二十ダレルで買ってくれるんだよ。二十ダレルなら、あんたの借りた金の利息分くらいにはなる。だから、眼球を片方もらうよ」


 その言葉を聞いたとたん、ジャックの表情が変わる。


「そ、そんな! やめてくれ!」


 叫びながら、ジャックは必死でもがいた。半ば本能的に、手足を動かし床を這って刃から離れようとする。だが、アラックの腕から逃れることは出来ない。


「そう言うなよ。何も両方取るとは言ってない。片方だけでいいんだから」


 ラーカスは、ナイフの切っ先を顔に当てようとした。だが、ジャックが必死で顔を動かしているせいで、上手く狙いが定まらない。ラーカスは苛立ち、アラックを睨んだ。


「アラック! しっかり押さえとけ! お前のその図体は、見かけ倒しなのか!」


 ラーカスに怒鳴られ、アラックはさらに力を込める。

 そのとたん、ジャックは不意に痙攣しだした。体を小刻みに震わせ、意味不明の声を上げる。見ていたラーカスは、事態を察してアラックに叫ぶ。


「まずいぞ! 手を離せ!」


 だが、遅かった。ジャックの動きが止まり、首がガクリと落ちる。アラックの押さえつける力が強すぎたため、首が折れた、あるいはか内臓が破裂したか……見ていたラーカスは、面倒くさそうに舌打ちした。


「おいおい、死んじまったじゃねえか。何やってんだよ」


「ご、ごめん」


 面目なさそうな表情のアラックに、ラーカスはもう一度舌打ちする。


「まあ、死んじまったもんは仕方ねえ。おいハリー、ちょっと来てくれ!」


ラーカスが、扉に向かい叫んだ。すると、ボサボサ頭の中年女が入って来た。いかつい顔つきで体はがっちりしており、薄汚れた皮の服を着ている。


「こいつ、死んじまったよ。ハリー、ちょっと手伝ってくれ」


 言いながら、ラーカスは死体を指差す。 


「何よ、また殺しちゃったの?」


 うんざりした口調のハリーに、ラーカスは愛想笑いを浮かべる。


「そう言うなよ。仕方ないから、眼球を両方ともいただこう。ついでに、売れるとこは全部切り取れ。残った部分は、地下道に捨てとこう。そうすりゃ、ネズミが始末してくれるからな」








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