ニコライ、告白する
ゴーダムを揺るがす騒動が収束を迎え、街は元通りの空気を取り戻していた。
ボリスもまた、普段と同じ生活に戻っている。今は店の奥の部屋で、ミーナと話をしていた。
「今回の件では、あなたにもご迷惑をかけたようですね」
ボリスは、深々と頭を下げる。だが、ミーナは仏頂面のままだ。
「別に大したことはやってないよ。ただ、ニコライを手伝っただけさ。こんなことくらいで、あんたに恩を着せようなんて思ってないから……それよりさ、早く薬出してくんない」
ミーナの言葉に、ボリスは頷いた。ポケットから、錠剤の入った小瓶を取り出す。
「これを、一日に一錠飲んでください。そうすれば──」
「わかってるよ。その説明、もういいから……本当に、でかい図体の割に細かい男だね」
言いながら、ミーナは小瓶を引ったくった。すぐに立ち上がり、扉へと歩き出す。
その背中に、ボリスは声をかけた。
「私は、ここにいます。何か悩むようなことや困ったことなどあったら、いつでも来てください」
すると、ミーナは立ち止まった。背中を向けたまま、言葉を返す。
「その台詞も、もう聞き飽きたよ。じゃあさあ、仮に困ったことがあったとして、あんたに何が出来るの?」
「話を聞くくらいは出来ます。話せば、気が楽になるかも知れませんよ」
その言葉に、ミーナは口元を歪めた。
「あんたと話したら、悩みが増えるだけだよ」
捨て台詞のような言葉を吐いて、ミーナは出て行った。
ミーナが帰った後、入れ替わるようにニコライが部屋に入って来る。
「ミーナの奴、またやってるな」
あきれたような口調のニコライに、ボリスも悲しげな表情で頷いた。やってるな、とは……邪眼草のことだ。
もっとも今回のことに関しては、ボリスも何も言えなかった。ミーナは、血を見るのが嫌いだ。人の血を見れば、バンパイアの本能が騒ぐことになる。
普段、ミーナは血を見ないような殺し方をしていた。だが、先日パチーノのボディーガードたちを始末した時は、そうもいかなかった。
そのストレスが、彼女を邪眼草へと走らせたのだろうか。
「しかし、今回ばかりはミーナさんを責められません。それより、トライブの方はどうでしたか?」
ボリスの問いに、ニコライは肩をすくめる。
「まあ、どうにか片付いたみたいだよ。パチーノは、ショウゲンの手で粛正された。あとは……キューブを売ってるチンピラが少し残ってるらしいが、あいつらも在庫がなくなり次第、すぐに商売変えするだろ。街は、元通りになったってわけだな」
「いえ、まだ終わっていません。個人的に、解決しなくてはならないことがあります」
そう言うと、ボリスはニコライの顔をじっと見つめる。その表情は、先ほどまでと違い堅くなっていた。しかし、ニコライは首を捻るばかりだ。
「へっ? まあ大小の事件はあったけどさ、双方の下っ端がやらかしたんだろうさ。んなもん、いちいち調べてたらキリがないよ」
「いいえ、ひとつだけ妙なことがあります」
言いながら、ボリスは立ち上がった。
「ショウゲンとグレンが対峙していた時、周囲の者たちはかなり殺気立っていたと聞きます。まさに、一触即発の空気だったとか。そんな時、大変に都合よく火事が起き、両者は引かざるを得なかった。そこに私は、何者かの作意を感じるんですよ」
そこでボリスは言葉を止め、ニコライをじっと見つめる。彼の口から、その答を聞きたかった。
だが、ニコライは無言のままだった。問い詰めるかのような視線を浴びながら、平然とした顔で座っている。何を考えているのかはわからないが、今は無言を貫き通す気らしい。
ややあって、ボリスは決定的な言葉を吐いた。
「あなたの仕業ではないか、と私は思っています」
その言葉を聞き、ニコライはふうとため息を吐いた。
「バレちゃあ仕方ないな。そう、俺がやったんだよ。二カ所にロウソクを仕掛けて、同時に燃え出すように細工し、派手に煙が上がるようにした。我ながら、上出来だったよ──」
「何のためにやったのですか!?」
吠えると同時に、ボリスの手が伸びる。ニコライの襟首を掴み、高々と持ち上げていた──
だがニコライには、怯む気配がない。ボリスの顔を正面から睨みつけ、ゆっくりと語り出した。
「仕方ないだろう。ああでもしなければ、ショウゲンとグレン……いや、トライブとユーラックは戦争になっていた。それだけは、絶対に避けなきゃならなかった」
「だから、火をつけたのですか? そのせいで、大勢の怪我人が出たんですよ! 運よく死人が出なかったからいいものの──」
「けどな、トライブとユーラックが戦争を起こしてたら、確実に大勢の人間が死んでたんだよ。なあ、そろそろ下ろしてくれないかな。いい加減、苦しくなってきたよ」
苦しくなってきた、などと言ってはいるが、ニコライの表情からは苦しさなど窺えない。ボリスは顔を歪めながらも、彼を掴む手を離した。
どさりという音を立て、ニコライは床の上に落ちる。だが、彼は何も感じていないらしい。不敵な笑みを浮かべつつ、ボリスを見上げた。
「俺のやったことが、許せないか? なら、俺を殺すなり何なり好きにすればいい。俺は止めないよ。お前にだったら、殺されても仕方ない」
言葉そのものは冗談めいていた。だが、ニコライの顔は真剣そのものである。その目を見れば、彼が本気であることはわかった。少なくとも、付き合いの長いボリスには伝わっていた。
少しの間を置き、ボリスは手を差し出す。
「今回、死人は出ていません。だから、あなたを殺しません。さあ、立ってください」
その言葉に、ニコライはくすりと笑った。差し出された手を掴み、立ち上がる。
「お前は、相変わらずお人よしだな」
「あなたは、本当に変わってしまいましたね」
ボリスの声には、複雑な想いが込められていた。出会った頃のニコライの目からは、光は感じられなかった。代わりに、闇を感じることもなかった。
今のニコライの目は、光を感じることが出来る。しかし、それ以上の深い闇を感じる。もはや、自分が何を言おうと、ニコライは変わらないだろう。
「ボリス、悪いがな……俺は、自分のやり方を曲げる気はない。もし嫌になったんなら、無理して俺に付き合う必要はないんだよ」
乾いた口調のニコライを、ボリスはじっと見つめる。
ややあって、静かに語り出した。
「モンスターは、私と全く同じ製法で造られました」
造られました、という言葉を口にした瞬間、ボリスの体は震えた。表情が歪み、拳を固く握りしめ、床を睨みつける。あたかも、そこに憎むべき何者かが潜んでいるかのように……。
「モンスターの力と知恵は、多くの人間にとって役立つものとなったはずでした。しかし、そうはならなかった。彼は、周囲の人間から怪物として扱われ……結果、彼の内面を外見に相応しい怪物へと変えていったのです。周りの環境が、彼を怪物へと変えたんです」
ボリスの声は震えていた。彼にも、覚えがある。化け物と言われ、殺意を感じたことなど、今まで何度あっただろうか……それこそ、数え切れないくらいだった。
それを実行に移さなかったのは、ひとえに人間として扱ってくれる人が、そばにいたからだ。
フランチェンに人間として育てられ、ニコライに仕えるようになり、さらにミーナやジェイクやフィオナと出会えた。
皆がいなければ、自分もまたモンスターと同じ怪物になっていたはずだ。
「モンスターは、全ての人間を憎んでいました。その憎しみだけが、彼を突き動かしていたのです。私も、そうなっていてもおかしくありませんでした」
そこで、ボリスはニコライに視線を戻す。その目には、深い哀れみがあった。
「あなたと出会わなければ、私も彼と同じ道を歩んでいたことでしょう。あなたのお陰で、私は人として生きていられるのです。ですから、私は今後もあなたにお仕えします。たとえ、あなたがどんな卑劣な手段を用いる人間であろうとも、あなたを他の誰にも殺させません」
「そっか……お前も案外、ろくでなしだな」
ニコライは、歪んだ笑みを浮かべた。彼に背を向け、扉へと歩いていく。
その背中に、ボリスはさらなる言葉を投げかけた。
「ですが……この先、あなたがモンスターと同様の怪物と変わったと判断したら、その時は、私の手であなたを殺します」
「好きにしろよ」




