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監獄都市の渡し守  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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ボリス、大事な話をする

「火事、ですか……」


 ボリスは、呆然とした表情で呟いた。

「ああ、そうなんだよ。まいったぜ。そんな中で、あいつら今にもケンカおっ始めそうでよう……いやあ、ビビったぜ」


 口ではビビったなどと言ってはいるが、ジェイクの表情はのんびりしている。父親が、子供同士のケンカについて語っているかのような口振りだ。

 対照的に、ボリスの表情は堅い。ただでさえ恐ろしい顔なのに、より一層凄みを増している。




 ジェイクとフィオナの二人は、渡し屋の店に来ていた。ニコライは留守であり、ボリスがひとりで店番をしている。

 そこで二人は、昨日の出来事を話した。

 二人にしてみれば、軽い世間話のつもりたったのだが……聞いていたボリスの表情は、暗く沈んでいる。

 だが、それも当然であろう。全ての騒動を仕組んだ者は、彼の兄弟も同然の存在なのだから。

 ボリスにはわかってる。奴は……モンスターは、この程度で諦めるつもりはない。今後、さらにとんでもないことを仕掛けて来るはずだ。

 しかも、目の前にいる二人が、奴の計画を妨害してしまった。下手をすると、今度は彼女たちまで──


「ねえボリス、どしたの?」


 フィオナが、恐る恐る尋ねる。彼女は、基本的に頭が悪い。だが、人の気持ちには妙に敏感なところがある。心配そうな面持ちで、ボリスを見上げていた。


「い、いえ。なんでもありません」


 ボリスは、無理に笑顔を作る。だが悲しいかな、彼の演技は致命的なくらい下手であった。


「ちょっとお、なんでもないわけないじゃん。なんか困ってるなら、あたしたちに言いなよ」


 言いながら、フィオナはボリスの顔をじっと見つめる。この汚れた街には似合わない、優しい瞳で見つめられ……ボリスは、引き攣った笑みを浮かべて目を逸らした。


「本当に、なんでもないですから──」


「フィオナ、わかったぞ。ボリスはな、火事に遭った人たちのことが心配なんだよ」


 不意に、ジェイクが横から口を挟んだ。すると、 フィオナは合点がいったように、何度も何度も頷いた。玩具のようにブンブンと首を振る姿は滑稽であり、ボリスは内面の葛藤を一瞬忘れ、思わず笑ってしまった。


「ああ、そっかあ……ボリスは優しいからね。火事に遭った人たちのことを心配してるんだね。でも、元気だしなよ! あたしたちが付いてるからさ!」


 フィオナは、ボリスの太い腕をぺちぺち叩いた。本人は慰めているつもりなのだろうが、傍からは子供が大人にジャレついているようにしか見えない。険しかったボリスの表情が、少しずつ和んでいった。


「フィオナの言う通りだ、そんなに心配すんなよ。死人は出てないらしいぜ、怪我人は出たけどよ」


 今度はジェイクが、とぼけた口調で言う。だが、ボリスの表情はまたしても暗くなった。


「そうですか……怪我人は、出てしまったのですね」


「えっ? ああ、よくは知らんけど、二十人くらい怪我して運ばれたって聞いたよ。まあ、あちこちボンボン燃えてたからな。死人が出なかったのが奇跡だよ」


 答えるジェイクを、ボリスはじっと見つめた。その表情は真剣そのものであり、神をも恐れぬ不遜なジェイクですら、たじたじとなっていた。


「な、なんだようボリス、そんな怖い顔で見つめないでくれよう──」


「あなたたちに、ひとつお願いがあります」


 そう言うと、ボリスはジェイクとフィオナを代わる代わる見つめる。二人は戸惑いながらも、うんうんと頷いた。


「う、うん。俺たちに出来ることなら、なんでもするぜ。なあ、フィオナ?」


「も、もちろんだよ。あたしたち、何すればいいの?」


「では、お願いします……もし、私に何かあったら、ニコライさんのことを頼みます」


 そういうと、ボリスは深々と頭を下げる。二人は、わけもわからず顔を見合わせた。


「ね、ねえ、どうする?」


「頼むって言われてもよう、俺は何をすりゃあいいんだ? フィオナが決めてくれよ」


「うーん、あたしも難しいことはわかんないよ。ジェイクが決めてくれなきゃ」


「そ、そんなあ……フィオナが決めてくれよう」


「だめ! ジェイクが決めるの!」


 フィオナに強い口調で言われ、ジェイクは困った顔をしながら頷いた。


「わ、わかったよう。ところでボリス、もしものことってなんだ?」


「そ、それは……とにかく、私も無事に終われるよう努力します。それと、しばらくは身の安全に気を配ってください」




 それから、数時間後。

 店に戻って来たニコライに、ボリスは重々しい口調で告げた。


「あなたに、大事なお話があります」


 ・・・


 ゴーダムの外れにある古い倉庫は、もともとトライブに所属している者たちが使用していた。

 その倉庫には、緊急の場合に備え地下室が作られている。対立する組織からの奇襲を受けた時など、その地下室に立て篭もり救援が来るのを待つ……という思想から設置されており、それゆえ頑丈である。

 今、その地下室には、二人の男がいた。 




「火事?」


 醜い顔の大男が、不快そうな声を上げた。傷だらけの顔が歪み、目が細くなっている。


「あ、ああ。奴ら、リムラ地区でバチバチやり合ってたらしいんだよ。ところが、そこに変なのが乱入してきた。しかも、そこで火事が起きたんだよ。ショウゲンもグレンも、引き上げちまったよ」


 話しているのは、パチーノだ……トライブの大幹部であり、ショウゲンにも正面からものが言える数少ない男のひとりである。


「どういうことだ? 誰が火をつけた?」


 語気を荒げて尋ねる大男に、パチーノは慌てた様子で首を振る。トライブの会議にて見せていた自信たっぷりな態度は影をひそめ、怯えたような表情で大男の顔色を窺っている。

 それも仕方ない話だった。このモンスターという名の大男は、一瞬でパチーノを撲殺できるのだから。しかも、この怪物にはトライブの威光も通じない。

 モンスターの前では、パチーノなど、ただのひ弱な中年男に過ぎないのだ。


「いや、俺は知らねえよ。むしろ、あんたの差し金かと思ってたんだが……違うのか?」


「そんなわけがあるまい。何の利益もない」 


 そう言うと、モンスターは眉間に皺を寄せ下を向く。一方、パチーノは憎々しげな様子だ。


「ショウゲンの野郎、ふざけやがって……あいつさえいなけりゃ、俺がトライブを仕切っていたはずだったんだよ」


 パチーノは、呟くように言った。彼の実力や人望は、自身が考えているほど大きなものではない。だが、全くの間違いであるとも言いきれない部分もある。

 そもそも、トライブは大小の組織の集合体である。ショウゲンというカリスマがトップにいればこそ、ひとつの巨大な組織として成り立ってはいるが……ショウゲンのやり方に反発している者もまた、少なくはないのだ。

 パチーノも、そのひとりである。このゴーダムで、長らく大組織のトップとして生きてきた。そんな彼にとって、若いショウゲンの下に付かねばならない状態は、決して気分のいいものではない。

 自らの内に燻るものを抱えつつ、それでもショウゲンの下で幹部としての役割を務めていた時……予想もしなかったことが起きる。


 ある日、パチーノは数人の部下を連れ、夜の町を歩いていた。

 だが突然、目の前に巨大な男が出現する。男は、あっという間に部下を打ち倒してしまった。

 目の前で部下たちを殺され、怯えるパチーノ……そんな彼に、男は言った。


「俺の下に付くか、ここで死ぬか、好きな方を選べ」


「えっ?」


 困惑しているパチーノに向かい、男は言葉を続ける。


「俺の下に付けば、お前の望みを叶えてやれるぞ」


 言いながら、男は顔を覆っていたフードを外す。

 パチーノは、思わず息を呑んだ。目の前には、見たこともない醜い顔がある。縫い目のような長く太い傷痕が、顔面を這っていた。肌の色は所々で異なっており、目や鼻といったパーツの位置や大きさもおかしい。

 子供が作った粘土人形に、悪魔が生命を吹き込んだ……そんな異様な顔の持ち主は、いかつい風貌に似合わぬ落ち着いた口調で語った。


「お前は、ショウゲンに消えて欲しいはずだ。俺も、奴には消えて欲しい。俺たちの利害は、完全に一致しているのではないかな」


 両者は、手を組んだ。やがてパチーノは、キューブという薬を密かにさばき始める。

 モンスターが作り出したキューブには、強烈な効き目があった。精神を高揚させ、一時的に全ての悩みや苦しみを忘れさせる。また、体の痛みも消し去る効果もあった。

 底辺の若者たちはすぐに飛びつき、あっという間に中毒者を生み出していく。中毒者たちは、キューブのためなら何でもした。人殺しだろうがお構いなしだ。

 モンスターがキューブを作り、パチーノが人脈を活かし大量に売りさばく……結果、中毒者たちは短期間で増えていった。その中毒者たちを使い、彼らはある計画を実行する。

 それは、きわめて単純なものであった。トライブとユーラックに所属している中毒者たちを使い、双方の幹部を襲わせる……次に、パチーノがトライブの幹部たちを煽る。これで、放っておいても戦争になるはずだった。

 やがて両者が疲弊した時、兵力を温存していたパチーノがショウゲンを暗殺し、トライブの実権を握る。ユーラックの方は、薬で骨抜きにして支配下に置く。計画は、途中までは上手くいっていた。

 しかし、ここでひとつの誤算が生じる。パチーノは、ショウゲンとグレンを見くびっていたのだ。

 どちらも、パチーノが思うほどバカではない。戦争になるのを徹底的に避け、話し合いでの解決を試みたのだ。何度煽られようとも、ショウゲンに動く気配はない。その姿勢に、ブレはなかった。

 ようやくトライブのチンピラがユーラックの縄張シマりを荒らし、間違いなく戦争になると思われたが……余計な邪魔が入ってしまった。


「おい、次の手は考えているんだろうな?」


 苛立たしげに尋ねるパチーノに、モンスターは鋭い視線を投げかける。パチーノはたじたじとなり、愛想笑いを浮かべる。


「そ、そんなに怒るなよ──」


「次の手は、既に考えてある。こうなれば、別の勢力を介入させる」


 モンスターは、落ち着いた様子で答える。パチーノは、怪訝な表情で首を捻った。


「どういうことだ?」


「お前は、俺の言う通りに行動していればいいのだ。勝手な行動はせず、今はおとなしくしていろ」


 直後、モンスターは音もなく立ち上がる。と同時に、スッと間合いを詰めて来た。パチーノは恐怖を覚え、半ば反射的に逃げようとしたが遅かった。

 モンスターの巨大な手が伸び、パチーノの襟首を掴む。次の瞬間、パチーノの体は高々と持ち上げられていた──


「もう一度言う。俺の指示があるまで、勝手なことはするなよ。わかったな?」


「わ、わかった」


 パチーノは、震えながら頷く。すると、モンスターは彼を下ろした。


「後のことは、追って指示する」 




「クソ、化け物の分際でふざけやがって……」 


 帰り道、パチーノは毒づいた。

 周りのボディーガードたちは、触らぬ神に祟り無しとばかりに、素知らぬ顔で隣を歩いている。彼らはモンスターの存在こそ知らないが、己の主人が裏で何をしているか、だいたいは把握している。


「ショウゲンの野郎、ふざけやがって。てめえみてえなガキが、俺の上に立とうなんざ十年早いんだよ」


 ぶつぶつ言いながら、パチーノは夜の街を歩く。が、その足が止まった。


「なんだあいつは?」


 十メートルほど先に、何者かが立っている。黒い革の服を着ているのはわかるが、街灯の薄明かりでは顔は識別できない。しかし、そのシルエットから女性であるのはわかった。すらりとした体型であり背も高いが、体つきは女性的な魅力を失っていない。


「モグリの立ちんぼですかね」


 ボディーガードのひとりが、そう言いながら前に進み出る。すると、女は何かを抜いた。

 白銀の刃が、街灯の光に煌めく。


 ・・・


 不意に、地下室のドアが開いた。

 テーブルの上に薬瓶を並べ、薬草をすり潰す作業をしていたモンスターは、不快そうな様子で顔を上げる。


「また来たのか。今度は何の用……」


 そこで、モンスターの言葉は止まる。入って来たのは、彼の想像とは違う者であった。


「あなたに、大事なお話があります」






 



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