ショウゲン、会議を開く
「ボリス、俺がいない間に何かあったのか?」
ニコライは、静かな口調で尋ねた。
先ほど、彼は店に戻って来たのだが……ボリスの様子がおかしいのだ。普段なら、外から帰って来ると何かしら話しかけて来た。だが今は、黙り込んだまま本を読んでいるだけだ。いや、読んでいるというより、本に視線を落としているようにしか見えない。
「は、はい? な、何もありませんよ?」
ビクリとなり、顔を上げるボリス。この男は、本当に嘘をつくのが下手だ……と、ニコライは思った。ボリスの心を悩ませる何かが起きたのは間違いない。
だが、今はそれどころではなかった。このままだと、二つの巨大な組織が潰し合うことになるのだ。それだけは、止めなくてはならない。
こうなったら、明日は自分なりのやり方で調べてみよう。
「ボリス、明日も店を頼むよ。俺は、あちこち行かなきゃならなくなった」
・・・
トライブの本部は、ものものしい雰囲気に包まれていた。大勢の男たちが、会議室にて椅子に座っている。その中心にいるのは、言うまでもなくショウゲンだ。
「既に知っている者もいるとは思うが、昨日ビリーが襲われた……それも、ユーラックの構成員にな。薬で、頭がおかしくなっていたようではあるが……」
皆の顔を見回しながら、ショウゲンは重々しい口調で言った。彼の前にいるのは、全員がトライブの幹部である。彼らは急遽集められ、緊急会議を開いていた。ディンゴやビリーやライザといった面々に加え、年輩の幹部たちもいる。
「ビリー、皆の前で確認しておく。お前を襲ったのは、ユーラックの構成員で間違いないのだな?」
ショウゲンの問いに、ビリーは頷いた。
「はい。調べたところ、ユーラックのメンバーでした。数人の人間から言質を取りましたし、間違いありません」
その言葉に、ショウゲンの表情がさらに険しくなった。
「奴らは、トライブの出方を見ているのか? それとも薬でおかしくなった下っ端のバカが、勝手に動いただけなのか? あるいは、別の何者かが糸を引いているのか? いずれにしても、このままだと戦争になりかねん」
「そうですねえ……これは、非常に由々しき問題ですな。その襲撃者を、生きたまま捕らえられれば良かったんですがね」
ロームという名の幹部が、聞こえよがしに言った。その言葉に反応し、ビリーの表情が険しくなる。
「それは僕に言っているんですか、ロームさん?」
「いいや、そうじゃねえよ。ただ、そのバカの口さえ割らせれば、いちいち面突き合わせて会議する必要もなかったんじゃねえのか、と思ってな」
そう言って、ロームはにやりと笑う。その時、別の者が口を開いた。
「なあ、ショウゲン。これは、むしろチャンスなんじゃないのか? 真相がどうであれ、トライブの幹部がユーラックの人間に襲われたのは事実だ」
言ったのは、パチーノという名の幹部だ。五十歳の古株であり、組織内の発言力も大きい。
「どういう意味だ?」
ショウゲンは鋭い目つきでパチーノを見るが、怯む気配はない。
「向こうの真意が何だろうと、そんなことはどうでもいい。ユーラックを潰すための、格好の口実が出来たわけだからな。俺も若い連中から、ユーラックのガキ共に対する不満や愚痴をさんざん聞かされている。あんたさえその気になれば、ウチの連中は今すぐにでも飛ぶぞ」
しかし、ショウゲンの態度はにべもない。
「まだ早い。今はその時ではない。皆も、軽はずみに動かぬよう部下に言っておけ」
皆に言った後、ショウゲンはビリーの方を向いた。
「ビリー、悪いが、ユーラックのアジトまで行って来てくれ。今回の件について、グレンに直接問いただして来るのだ」
「わかりました」
ビリーは即答した。だが、ディンゴが片手を上げて制する。
「おいおいショウゲン、ビリーに行かせたらまずいだろう」
穏やかな口調で言うと、ディンゴはロームの方を向いた。
「ローム、お前が行け。いいか、今のお前はトライブの代表も同然だ。お前に対する態度は、トライブに対するものだと心得ておけ」
「はい。今すぐに行きます」
返事と同時に、ロームは立ち上がる。険しい表情を浮かべ、足早に部屋を出て行った。
その途端、ビリーがディンゴを睨みつける。
「なぜです? なぜ、僕ではなくロームに行かせたのですか?」
「第一に、襲われた当事者のお前を行かせるのは、上手い選択とは思えん。第二に、お前には他にやってもらわなくてはならん仕事がある。適材適所だ。何も、お前よりロームの方が上だと言っているわけではない」
そう言うと、ディンゴはショウゲンの方を向く。
「ショウゲン、お前はどう思う? 違う意見があるなら、奴を呼び戻す」
「いや、ない。確かに、お前の言う通りだ」
言った後、ショウゲンは誰にともなく呟いた。
「こんなやり方は、グレンらしくない。あいつなら、もっと上手い手を使うはずだが……」
その後のロームの行動は早かった。部下の中でも選りすぐりの者を四人集め、すぐさまユーラックの縄張りへと向かう。彼は、久しぶりの大役に興奮を隠せなかった。なんといっても、若手の中でも勢いのあるビリーを差し置いて抜擢されたのだ。
「ビリーの野郎、上の連中に気に入られてるからって、調子に乗りすぎなんだよ」
目をぎらつかせながら、ロームは言った。彼は、ビリーのことを好いてはいない。もっとも、トライブの三十代から四十代の中堅幹部は、ほとんどがビリーを嫌っている。若くして出世したとなると、当然ながら敵も多くなる。
「まあ、ディンゴさんはわかっているんだよ。いざという時、頼りになるのはどういう人間か……経験の浅いガキじゃあ、こういう大役は務まらねえのさ。やっと俺にも、チャンスが巡ってきたというわけだな」
ロームは部下に向かい、大声で喋り続けていた。彼の言葉に、部下が下品な笑い声で答える。夜の街に、彼らの声が響き渡っていた。
そんな雰囲気を、一変させる者が現れた。大柄な体格を黒いローブで覆い、フードを目深に被っている。男は脇道から不意に姿を現し、道端で無言のまま立ち止まり、ロームたちをじっと見つめている。両者の距離は、十メートルにも満たない。
「なんだあいつ、俺たちに用ですかね?」
部下のひとりが、腰の刀に手を伸ばす。だが、ロームが制した。
「ほっとけ。どうせ、ただのチンピラだろう」
直後、ロームは吹っ飛んだ──
ロームと部下が言葉を交わした、その僅かな時間に大男は動いた。一気に間合いを詰め、巨大な拳を叩き込む。たった一発のパンチで、ロームの体は宙を舞った。
部下たちは皆、何が起きたのかわからず硬直している。だが、大男の動きは止まらない。手を伸ばし、近くにいた部下の頭をわしづかみにする。
そのまま、ぐいと持ち上げた。
直後、頭が破裂する──
その光景を見て、ようやく部下たちは現状を理解した。見たこともない怪物が現れ、一瞬にして二人を破壊したのだ。
数々の修羅場をくぐってきたはずの彼ら……だが、その心は一瞬にして恐怖に支配された。
「ば、化け物だ!」
ひとりが叫んだ。それが引き金になり、皆が逃げ出す。彼らは今、本能だけで動いていた。恐怖の源から少しでも離れようと、三人とも同じ方向に走っていたのだ。
だが、それは大きな過ちであった。大男は、走る速度も尋常ではない。あっという間に三人に追いつき、手を伸ばす──
それは、残酷であると同時に滑稽でもあった。大男が走りながら、部下たちの頭を掴む。軽々と持ち上げ、力任せに放り投げる。まるで、子供がボールで遊んでいるかのように。
だが、遊ばれているのはボールではなく人間だ。部下は、凄まじい勢いで地面に叩きつけられた。直後、グシャッという音が響き、血を吐き痙攣し息絶える。
それが、三回繰り返された。
大男は立ち止まり、死体となった者たちを見下ろす。
やがて、死体から流れる血を手ですくい、塀に文字を書き始めた──
・・・
「すみません、お届けものですよ」
外から声が聞こえてきた。ボリスは立ち上がり、用心しつつ扉を開ける。
そこには、二人の女が立っていた。どちらも革の鎧を着ており、腰からは短剣をぶら下げている。ボリスを見る目には、嫌悪感があった。
ボリスは、この二人が何者か知っている。クイン率いるアマゾネスの構成員であり、ゴーダムでの物の配達を請け負っている。どちらも若いが、彼女たちを甘く見て下手な真似をしようものなら、喉を切り裂かれるのがオチだ。
「こちらです。差出人は、フランチェンさんです」
言いながら、女は黒い木製の箱を差し出す。
だが、ボリスは唖然となっていた。フランチェンといえば、彼の創造主の名前ではないか……既に他界したはずの人間が、自分に何か贈ってきたのか? しかし、そんなはずはない。
その時、ボリスの頭にひとりの男の姿が浮かぶ。
あいつ、か?
「すみません、よろしいでしょうか?」
女の声を聞き、ボリスは我に返る。ペこりと頭を下げると、箱を受け取った。
奥の部屋に行くと、ボリスは箱を開けた。中には、羊皮紙の巻物が入っている。
巻物を広げると、そこには地図が書かれていた。この街の、どこかの区画だ。ひとつだけ、赤く塗られた場所がある。
さらに、地図の下には文が書かれていた。
俺が誰だか、わかっているな。
今、俺はこの場所に住んでいる。協力する気が無くても構わないから、いつでも会いに来てくれ。お前なら大歓迎だ。
読み終えたボリスは、ため息を吐く。この赤く塗られた場所に、モンスターは住んでいるのだろう。
しかし、奴に会ったらどうなるか。
「私は、どうすればよいのだ?」




