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監獄都市の渡し守  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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19/29

グレン、話し合う

 ひとりの男が、ゴーダムの大通りを歩いて行く。

 身長はさほど高くないが、鍛えぬかれた肉体の持ち主であることは、着ている革のシャツ越しにも分かる。肩までの栗色の髪と浅黒い肌、しなやかな動きで進んでいる。野生味あふれる顔つきであり、暴力的な雰囲気を漂わせているが、その瞳からは知性が感じられた。

 ゴーダムを徘徊しているチンピラとは、比較にならない凄みを感じさせるこの男こそが、ユーラックのリーダーであるグレンだった。彼はたったひとりで、ボディーガードも連れずに街を歩いている。

 しかも、彼が今いる場所は、トライブの縄張りシマなのだ。



 やがて、グレンは大きな建物の前で立ち止まった。

 門の前には、二人の男が立っている。両方とも若く、二十歳になるかならないかだろう。グレンは、その二人を睨みつける。


「ユーラックのグレンだ。会いに来たと、ショウゲンに取り次げ」


「グレンだと? てめえ、何しに来やがった!?」


 片方の男が、血相を変えて詰め寄る。どうやら、血の気が多いタイプらしい。しかし、グレンは鼻で笑った。


「お前みたいなザコじゃあ、話にならねえ。さっさとショウゲンを呼んでこい。でないと、怪我じゃすまねえぞ」


「なんだと!」


 男は、腰の刀に手を伸ばした。その動きを見たグレンは、余裕の表情で顔を近づけていく。


「聞こえなかったのか? なら、もう一度言ってやる。俺はな、ユーラックのグレンだ。俺の前でトライブの人間が剣を抜くのは、トライブがユーラックに戦争を仕掛けるのと同じことだぜ。お前、もし戦争になったら……その責任を取る覚悟はあんのかよ?」


 その言葉に男は怯み、後ずさりする。一方、グレンは涼しい表情だ。年齢だけなら、両者は大して変わらない。しかし、格も背負っているものも、あまりに違いすぎた。門番の若者二人は、たじたじとなっている。


「さっさとショウゲン呼んでこい。でないと、お前ら二人とも後悔することになるぜ」


 グレンが凄んだ直後、扉が開いた。中から、二人の男が姿を現す。

 片方は、トライブの幹部であるビリーだ。彼もまた、グレンと大して変わらない年齢である。整った顔立ちではあるが、その顔に浮かんでいるのは怒りだ。

 もうひとりは、色の黒い大柄な男である。見た目の年齢は三十代、髪の毛を綺麗に剃り込んでいる。背は高くがっちりした逞しい体つきだが、顔つきからは度量の大きさも感じさせる。ビリーと同じく、マントを羽織り布製の服を着ている。

 この男の名はディンゴ。トライブの中では、ショウゲンに次ぐ地位の大幹部である。鉄の掟を重んじ部下に対しても厳しいショウゲンとは対称的に、おおらかで情け深い性格である。ミスをした部下たちを弁護し庇う役目を担っている。


「あんたがグレンさんか。噂には聞いていたが、なかなかいい面構えしてるな。ちなみに、俺はディンゴだ。一応、幹部をやらせてもらってる。よろしくな」


 にこやかな表情で言ったディンゴを、グレンは鋭い目つきで睨みつける。


「あのな、俺はショウゲンに話があるんだよ。お前らみたいな三下に用はない。さっさとショウゲン呼んで来いよ」


 その瞬間、ビリーの表情が変わった。口元を歪め、肩をいからせ前に進み出ようとする。だが、ディンゴが彼を制した。


「まあ、待て待て。そう熱くなるな」


 ビリーの肩を軽く叩き、グレンの方を向いたディンゴ。いかつい顔立ちではあるが、どこか憎めない部分も感じさせる。


「グレン……お前、ひとりなのか?」


 親しげな態度で聞いてきたディンゴを、グレンは睨みつける。


「そうだよ。だったら、どうだって言うんだ?」


「ボディーガードも連れずに、たったひとりでここまで来たのか……俺には真似できないな」


「俺はな、ショウゲンと話し合うために来ただけだ。他に、誰も必要ないだろうが。それとも何か? お前らトライブは、話し合いに来た人間を問答無用で殺すようなクズ揃いなのか?」


 その答えに、ディンゴは愉快そうな表情になる。緊張感が全く感じられない。


「ユーラックのリーダーを務めるだけあって、たいした度胸だな。ただ、上に立つ者としてはあまりに無用心だ、とも言えるが」


「だったら、どうだって言うんだよ? お前らに、何か迷惑かけるのか?」


 グレンが凄んだ時、建物の中から声が聞こえてきた。


「グレン、いったい何しに来た?」


 その言葉とともに姿を現したのは、トライブのリーダーであるショウゲンだった。白い布の服を着て、細い刀剣を腰からぶら下げている。

 彼の傍らには、赤毛の女がいる。歳は二十代半ばから三十代前半、赤いシャツとズボン姿だ。鋭い目つきで、グレンを睨んでいる。


「あんたに話がある。サシで話せる静かな部屋を用意してくれ」


 グレンの言葉に、ショウゲンは頷いた。


「お前がわざわざ出向いて来たなら、話を聞かないわけにもいかないな。付いて来い」


 そう言うと、ショウゲンは建物に中に入っていく。グレンも後に続いた。さらに、赤毛の女も静かに付いて行く。

 


 グレンは、小さな部屋に通された。木製のテーブルと、椅子が二つあるだけの殺風景な部屋だ。壁は灰色で、窓らしきものはない。まるで監獄の独房のようである。


「なんだか、気が滅入ってくる部屋だな」


 呟くように言ったグレン。


「だが、ここなら外に声が洩れたりはしない。お前の望みは、こんな部屋ではなかったのか」


「まあ、そうだけどよ……で、あの女はここにいさせる気か?」


 グレンの言葉に、ショウゲンは苦笑した。数メートル離れた位置に、ライザが無言のまま立っている。グレンの目線にも、怯む気配がない。


「問題ない。彼女はライザだ。その口は、岩より堅い。それよりも、今日は何の用だ」


「あんたんとこに、テッドとかいうのがいるな」


「知らんな。俺は、トライブに所属している人間の名を全て把握している訳ではない。それは、お前も同じだろうが」


 その言葉に、グレンは眉をひそめた。


「んなこと言ってる場合じゃねえんだよ。そのテッドっていうアホがな、よりによって俺の弟のシドに切りかかった」


「なんだと……」


 ショウゲンは、思わず顔をしかめた。

 今、トライブとユーラックは休戦状態にある。かつて、両者の小競り合いは日常茶飯事であった。それを鎮静化させたのは、ひとえにショウゲンの力である。彼がユーラックのリーダーであるグレンに直談判し、休戦協定が結ばれたのだ。しかし、それが仮初かりそめのものであるのは、お互いに理解している。


「シドはな、そいつを取っ捕まえて痛めつけた。誰の差し金か、何が目的なのかを吐かせようとしたんだが、やり過ぎて吐かせる前に死んじまったよ。はっきりしてるのは、そいつの背中にトライブの入れ墨があったことと、両手の小指がなかったってことだけだ」


「両手の小指がないのか……」


 トライブには、いくつもの厳しい掟がある。そのうちのひとつが特殊な罰則だ。メンバーが何らかの重大なミスを犯した場合、己の手の小指を切断しなくてはならない。さらにもう一度ミスをしたら、今度はもう片方の手に残っている小指を切断する。

 三度目のミスを犯した時、それは破門である。トライブを、強制的に抜けさせられることとなるのだ。

 破門された者には、悲惨な末路が待っている。こういう者はえてして、トライブのメンバーということを鼻にかけ、街で傍若無人な振る舞いをしている。後ろ盾を失った途端、街の住人たちから狙われるケースも少なくない。


「恐らく、そのテッドという男は破門されたのだろう──」


「だから俺には関係ない、そう言いてえのか? あいにくだがな、そいつは通らねえんだよ。シドは完全にキレちまってるし、下の連中も殺気立ってる。今は、どうにか俺が押さえ込んでる状態だ。けどな、もう一度同じことが起きたら、俺にも止められねえぞ」


 ショウゲンの言葉を遮り、グレンが言い放つ。その表情は鋭い。トライブのリーダーに対する態度にしては、あまりにも失礼だ。見ているライザは、露骨に不快そうな表情を浮かべる。

 だが、ショウゲンにも今の状況の深刻さは分かっている。一触即発の空気が、ユーラック全体に漂っているのだ。何かあれば、トライブにも飛び火しかねない。今は、礼儀や面子にこだわっている場合ではない。


「分かった。ならば、そのテッドという男のことはきっちり調べておこう。しばらくは、おとなしくしておけとも言っておく」


「ああ、頼むぜ。俺だって戦争がしたいわけじゃねえ。もっとも、お前らがやりてえというなら、話は別だがな。もう一度言うがな、また同じことが起きたら、ウチのバカ共は何やらかすか分からねえぞ」


 言いながら、グレンは立ち上がった。扉の方に歩きかけ、ふと立ち止まった。傍らに立っているライザを、じっと見つめる。


「いい女だな。あんた、ショウゲンの何なんだ?」


「あんたには関係ないわ、坊や」


 ライザは、不快そうな表情で言い返す。グレンは苦笑した。


「坊や、か。なあ、今の仕事に飽きたら、いつでもウチに来なよ。あんたなら歓迎するぜ」


「坊やの小遣いじゃ、私を雇うのは無理ね」


「そうかい。だったら、ママに頼んで小遣い上げてもらうからよ。邪魔したな、ショウゲン」


 彼女の挑発するような言葉にも、グレンはクールな態度を崩さない。扉を開け、出て行った。


 ・・・


 扉の開く音がした。ボリスが顔を上げると、若い男が入口に立っている。浅黒い肌と肩まで伸びた栗色の髪が特徴的な、野生味漂う青年だ。


「いらっしゃいませ。何の用ですか?」


 ボリスは立ち上がり、にこやかな表情で声をかけた。


「あんたがボリスか。噂は聞いてるよ。あんた、この街で一番ケンカ強いそうじゃねえか」


 親しげに話しかけて来る男に、ボリスは少々戸惑っていた。この男とは、今日が初対面であるが……ボリスの人相の悪さにも、怯む気配がない。


「ところで、渡し屋のニコライはいるかい?」


「ニコライさんですか? 実は今、出かけていまして……しばらく帰って来ませんが──」


「そうかい。じゃあ、また今度にするわ。帰って来たら、ユーラックのグレンが会いたがっていたと伝えといてくれ」

 

 





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