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監獄都市の渡し守  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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ボリス、意外な展開に戸惑う

「それは、どういうことです?」


 尋ねるボリスを、ミーナは鋭い表情で見上げた。


「んなの、こっちが聞きたいよ。夜中に歩いてたら、いきなり化け物に出くわしてさ。本当、鯨みたいにデカい奴だったよ。ヤバいと思ってすぐに逃げたけど、あれは手ごわいだろうね。ほっといたら、何しでかすか分からないよ」


「そうですか。いや、とにかくご無事で何よりです」



 夜もふけ、店を閉めるための準備をしていたボリス。だが、そこに飛び込んで来たのはミーナだった。いつも不機嫌そうな表情の彼女にしては珍しく、慌てた様子である。ボリスはミーナを店に入れ、扉を閉めた。

 その後、彼女を奥の部屋に座らせ話を聞いた。ニコライも、ミーナの表情から異変を感じ取り、傍らにて話を聞いていた。


「確認ですが、あなたは本当に何もされなかったのですね?」


 ボリスの問いに、ミーナは頷いた。


「ああ。一応はね」


「分かりました。ところで、あなたはそんな場所で、いったい何をしていたのですか?」


 さらに質問を重ねるボリスに、ミーナの表情が歪む。


「んなもん、関係ないでしょ? あたしが外を出歩いて、あんたに何か迷惑かけてんのかい?」


 その時、ずっと黙っていたニコライが口を開いた。


「まあまあ。ボリスはね、ミーナさんのこと心配してるだけだから。こいつ、見た目はゴツいけど心配症だから」


「ふん、あんたなんかに心配してもらわなくてもいいよ。だいたいさ、あたしはあんたに日常生活の全てを報告しなきゃいけないのかい?」


 言いながら、ミーナは睨みつける。すると、ボリスは目を逸らした。


「いえ、そういうわけではありませんが──」


「だったらさあ、ほっといてくんないかな」


 いつもの通り、不機嫌そうな表情でミーナは立ち上がった。足音を立てながら、扉に向かい歩いていく。

 だが、途中で足を止めた。


「助けてくれたことには、感謝してるよ。ありがとさん」




「さっき、ミーナが見たって言ってた怪物だけど、ひょっとしたら成れ果てかもしれないな。実物を見てみないと、何とも言えないけど」


 ミーナが立ち去った後、ニコライは顔をしかめながら言った。

 未練を残し冥界に旅立つことが出来ず、魂の状態で現世をさ迷い続けた死者は、ほぼ例外なく悪霊と化してしまう。歳月が経つにつれて記憶も薄れていき、自分が何者であったかも忘れていく。最終的には知能も失われ、ただただ恨みや怒りといった負の感情に突き動かされる存在となるのだ。

 悪霊は、強い負の感情を抱く人間に引き寄せられる。その人間に取り憑くと、己の裡に潜む感情のまま、周囲に災いをもたらす。やがて、憑かれた者は異形の姿に変わってしまう。

 しかも、姿形のみならず内面も変化する。自我も理性も失い、ひたすら本能のまま破壊と殺戮を繰り返す怪物へと──

 その状態に陥った者を、ニコライは成れ果てと呼んでいる。


「実に哀れな話ですね」


 ボリスは、誰にともなく呟いた。その言葉に、ニコライは顔を上げる。


「哀れって、何がだよ?」


「成れ果てが出た……ということは、憑かれた人間がいたということですよね。かつては人間だったのに、悪霊に憑かれたばかりに怪物になってしまった。これを、哀れと言わずして何と言えばいいのでしょうね」


「確かに哀れではあるよ。でもな、そいつを放っておいたら、さらに死者が出る。俺たちが仕留めるしかないんだ。町中で、ライオンが逃げ出したようなもんさ。ライオンに罪は無くても、殺さなきゃならないんだよ


 その言葉を聞いたボリスは、悲しげな目で天井を見上げた。


「そうですね」


「とにかく、俺が悪霊の残り香を探る。見つけたら、きっちり仕留めてくれ……いや、ジェイクとミーナにも協力させるか」




 だが、翌日の夜──

 店番をしていたボリスは、妙な物音を耳にした。外から、奇妙な声が聞こえる。明らかに、人間のものではない。

 ボリスは、そっと立ち上がった。巨体に似合わぬ静かな動きで戸口に行き、そっと扉を開ける。

 人の気配がない。

 ボリスは扉を開け、顔だけ外に出してみた。もともと、このあたりは人通りの多い場所ではない。だが、いつもとは何か違う。おかしな空気が漂っている。

 首を捻りながら、ボリスはもう一度あたりを見回した。

 その時だった。突然、上から何かが降ってきた──


 ボリスの目の前にいるのは、鯨よりは遥かに小さな生き物だ。だが、熊よりは大きい。爬虫類を悪魔が力ずくで擬人化させ、仕上げに黒く塗り潰した……そんな外見である。ボリスは外に出て、扉を後ろ手で閉めた。

 これは、ミーナの言っていた怪物ではないのか。様々な特徴が一致している。しかし、自分から姿を現すとは考えもしなかった。

 なぜ、わざわさここにやって来たのだろうか?


 ボリスの頭を、疑問が掠めた。その時、怪物が動く。いきなり跳躍し、路地裏へと入っていく。

 ひとけのない場所へと、彼を誘っているかのようだ。ボリスは一瞬迷った。これは、罠かもしれない。

 かと言って、むざむざ逃がすわけにも行かない。ボリスは、急いで後を追った。



 しかし、予想外の光景が待っていた。路地裏に入っていくと、怪物がじっと立っていたのだ。ボリスを待っていたかのように。

 ボリスは目だけを動かし、周囲を見た。今の状況は、どう考えてもおかしい。悪霊に憑かれた成れ果てらしからぬ行動だ。

 一方、怪物はじっとボリスを見つめた。

 直後、奇怪な叫び声を上げた。聞く者全てを不快にさせる、耳障りな声だ。だが、どこか悲しげでもある。ボリスは、僅かに表情を歪めた。

 怪物は、もう一度吠えた。高く跳躍し、ボリスに襲いかかる。

 鉤爪の生えた手が、凄まじい勢いで振り下ろされた。牡牛をも撲殺できる威力を秘めた、強烈な一撃だ。しかし、ボリスは前腕を上げて受け止める。地面に沈み込むような錯覚すら覚える打撃だったが、彼は耐えた。

 次の瞬間、今度はボリスが右拳を振るった──

 強烈な打撃が、怪物の顔面に炸裂する。怪物の巨体は吹っ飛び、後ろの壁に叩きつけられた。

 周囲に住んでいる者たちは、間違いなくこの戦いに気づいている。だが、外で観戦するつもりはないらしく、誰も姿を現さない。この街では、下手な野次馬根性は、おのれの命を危うくすることをちゃんと知っているのだ。


 だが、怪物も並のタフさではない。すぐさま起き上がった。ボリスに向かい、奇妙な声で吠える。

 ボリスは、哀れみを込めた目で見つめた。


「哀れですね。あなたが何者かは知りませんが、悪霊に憑かれてしまった以上、あなたを救う手段はありません。あの世で、己の不運を嘆いてください。私を呪っていただいても構いません」


 言い終えると同時に、ボリスは突進した。怪物の顔めがけ、再度その右拳を振るう。

 怪物は、その一撃でよろめいた。城壁ですら破壊してしまうほどの、強烈な打撃だ。しかし、怪物は耐えた。ボリスを睨みつけ、吠えながら腕を振り上げる。

 その刹那、ボリスは懐に飛び込んだ。己の額を、怪物の顔面に叩きつけていく。

 その一撃で、怪物の顔が陥没した。ボリスは追撃の手を緩めず、怪物の喉を手のひらで掴む。

 ボリスの強靭な指が、怪物の太い首に食い込む。一瞬で、喉を握り潰したのだ──

 怪物の目から、生気が消える。首はガクンと折れ、その体からは、命が抜けていった。

 気のせいか、その表情は安らかなものに見えた。呪われし生から解放され、喜んでいるようにも──


「まさか、そんなことが……」


 怪物の死体を見下ろし、ボリスは呟いた。

 ややあって、怪物の死体を担ぎ上げる。ニコライに、この死体を見せなくてはならない。そして、全てが完了したことを伝えなくてはならない。




 ボリスは、最後まで知らなかった。

 己の殺した怪物が、ジムという気弱な少年の成れの果てであったことを。一度は、少年と言葉を交わしたことがあった。助けの手をさしのべ、触れ合ったこともあった。

  

(もし、困ったことがあったら、いつでも来てください。この店は避難所くらいにはなりますよ)


 ・・・


 ゴーダムの中でも、ユーラックの縄張りシマは若者が多い。彼らは自由を重んじ、厳正なルールを嫌っている。それゆえ、組織力という点ではトライブに比べ劣っている。シマの雰囲気も、トライブと比べると無秩序なものだ。

 それでも、ゴーダムにおける一大勢力であることに代わりはない。ユーラックの人間に好んでケンカを売る者など、まずいない。




 ユーラックのリーダーであるグレン。その弟のシドは今、数人の仲間を連れて夜の街を歩いていた。無法の街とはいえ、シドの顔と名前は大半の人間が知っている。彼らに手を出すバカはいない……はずだった。


「何言ってんだコイツ、頭悪い奴だな!」


 陽気な笑い声を上げるシド。いかにも楽しそうな空気である。だが、その雰囲気はすぐに変わった。

 彼らの前に、ひとりの男が姿を現す。着ているものはボロボロで、顔は汚れている。地下の住人のような雰囲気だ。


「おい、お前。そこをどけ」


 若者のひとりが、横柄な口調で言った。だが、男には引く気配がない。若者たちは、顔を見合わせた。

 

「ふざけてるのか、こいつ」


 誰かが口にした瞬間、男が動いた。意味不明の金切り声を上げ、何かを懐から取り出した。

 それは、錆びてボロボロになった手斧だった。男は、手斧を振り上げる。

 口からよだれを垂らしながら、またしても叫んだ。その直後、男はシドめがけ襲いかかる。だが、シドは余裕の表情だ。男の攻撃を躱すと同時に、相手の腹にナイフを突き刺す。

 確かに、ナイフは腹に刺さった。手応えもあったし、血も流れている。にもかかわらず、男には引く気配がない。傷をものともせず、なおも手斧を振り回す。

 シドは舌打ちし、男の一撃を躱した。と同時に、後ろから若者たちが襲いかかる。地面に倒し、数人がかりで押さえつけた。

 面倒くさそうな表情を浮かべ、シドはその場にしゃがみ込む。


「お前、どこの誰だ? 何で俺を襲った?」


 尋ねるシド。だが、男は訳のわからない叫び声を上げるだけだ。

 その時、若者のひとりがシドをつついた。


「こいつ、確かトライブのメンバーだよ」


「本当か?」


「ああ、間違いない。背中に入れ墨が入ってるはずだよ」


 それを聞いたシドは、怒りで顔を歪める。

 

「ンだと……上等じゃねえか。ショウゲンの野郎と、きっちり話つけねえとな」



 その一部始終を、路地裏からじっと見ていた者がいた。身長は二メートル、肩幅が広くがっちりした体格だ。黒いマントを羽織り、フードを頭から被っている。

 彼は巨体を縮こませて路地裏に潜み、シドの行動をじっと見ていた。





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