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監獄都市の渡し守  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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アンクル、嵌まる

 アンクルは、トライブに所属する戦士である。筋骨たくましい肉体を持ち、顔も悪くない。肩まで伸ばした金髪と、いかつさの中にも優しさを感じさせる瞳の持ち主であり、女からの人気もある。だが、不思議と浮いた噂はなかった。




 その日、アンクルは町の裏通りを歩いていた。既に日は沈み、あたりは暗くなっている。このゴーダムで夜遅くに外出していれば、どんな目に遭わされようとも文句は言えない。

 もっとも、トライブのメンバーは別である。彼らに手を出せば、それはトライブに弓を引いたと見なされるからだ。アンクルは、悠然とした態度で裏道を歩いていく。

 だが突然、横道から人がひょっこり顔を出す。金色の髪の、小洒落た服装の青年だ。小柄だが、可愛らしい顔立ちである。


「やあ、アンクルさん。はじめまして、渡し屋ニコライです」


 ニコライは、恭しい態度で頭を下げる。だがアンクルの方は、こんな男など知らないし、招いた覚えもない。首を捻り、ニコライを見下ろす。


「何だお前? 俺に何か用か?」


「ええ。実はですね、非常にこみいった用事があるんですよ。イートから、話を全て聞かせてもらいました。あなたが今まで、イートに何をしていたかもね」


 にこやかな表情を浮かべ、ニコライは言った。すると、アンクルの表情が険しくなる。


「お前、イートを知ってるのか!? あいつは今、どこにいるんだよ!?」


「死んだよ。ロッコを拾うために地下道に降りようとして、はしごから落ちた。首を折って即死だよ。しかも、イートの死体は、地下にうごめく生き物の餌になっちまったのさ。あの子は、暗い地下道で誰にも知られることなく死んだ。埋葬すら、してもらえなかった。なんて哀れな話なんだろうね」


 言いながら、ニコライはかぶりを振ってみせた。一方、アンクルは怪訝な様子で彼を見る。


「それ、本当か?」


「ああ、本当だよ。しかし、あんたもひどい人間だな。あんたがイートに何したか、ちゃんと聞かせてもらったぜ」


 そこで、ニコライは言葉を止める。その顔からは、一切の表情が消えていた。


「アンクルさん、あんたは身寄りのない幼子を引き取った……それ自体は、いいことだよ。だがね、あんたはイートを犯した。年端も行かぬ少女を、無理やりにね」


「てめえ、何デタラメ言ってんだよ……」


 アンクルは、ニコライを睨みつけた。その手は、腰にぶら下げた刀へと伸びている。トライブの一員の証である、細身の刀剣へと。だが、ニコライは怯まない。

 

「いや、デタラメじゃないね。本人があの世に旅立つ前に、俺に教えてくれたよ……あんたに、何をされていたかを。あんたは幼いイートを、欲望のままに犯し続けた。その行為が小さな子供にどれだけ深い傷を負わせるか、あんたに分かるかい?」


 言いながら、ニコライはゆっくりと歩く。路地裏の奥へと進む彼の後を、アンクルは憑かれたような顔つきで追った。


「イートは心も体もボロボロになり、たったひとつの持ち物である犬の人形と会話するようになった。まるで、生きた人間と話しているかのようにね。そうでなければ、あの子は耐えられなかったんだろうさ。ところが、そんなイートを気持ち悪がったあんたは、あの子から人形を取り上げ、手足を引きちぎり地下道に捨てた。どうだい? 今、俺が言ったことに何か間違いがあるかい?」


 そこでニコライは立ち止まり、アンクルを見つめた。それに対し、アンクルは鼻で笑う。


「その話に、証拠はあるのか? 言ってみろよ、どんな証拠があるのかをよ」


 言いながら、アンクルは刀を抜いた。だが、今度はニコライが鼻で笑う番だった。


「証拠だって? よくもまあ、そんなことが言えるね。そんなもの、俺には必要ないんだよ。俺の目は、死者の姿を見ることが出来る。俺の耳は、死者の声を聴くことが出来る。死者は、嘘なんか吐く必要なんかないんだよ。あんたみたいなクズと違ってね」


 その言葉を聞き、アンクルはゆっくりと刀を構える。


「お前の首をぶった斬る前に、ひとつだけ言っておく。あいつは、身寄りのねえガキだった。そんなガキが、この監獄都市ゴーダムでどうやって生きていけたというんだ? 俺はイートを食わしてやったし、住む場所も与えてやった。代わりに、奴は体を差し出した。それだけのことだ。ガキが死んだのは、あいつがヘマしただけだろうが。俺は、何も悪くねえだろうが」


「悪くねえ、だって? 笑っちゃうね。そんなの、言い訳にもなりゃしない。イートにはね、可能性があったんだよ。確かに、あの子はすぐに死んでいたかもしれない。だがね、元気に生き延びていた可能性だってあるんだよ。あんたに拾われなきゃ、イートはゴミを漁りながら、たくましく生き抜いていたかもしれないんだよ……ロッコと一緒にね。だが、あの子からその可能性を奪ったのはあんただ。イートから友だちを奪い、あの子が死ぬ原因を作ったのは、紛れもなくあんたなんだよ」


 言いながら、ニコライはにやりと笑った。親しみの感情など欠片ほどもない、不気味な笑顔だった。

 アンクルをじっと見つめながら、ニコライはさらに言い添える。


「あんたの心は腐ってるね。この世界に存在する、どの化け物より醜いぜ。見ているだけで、ゲロ吐きそうな気分だよ」


 それを聞いたアンクルは、思わず唇を噛みしめた。目の前に立っている青年は、彼から見れば一太刀で始末できる相手だ。しかし、得体の知れないものを感じる。そもそも武器も持たず、自分を糾弾しに来たというのだろうか。だとしたら、恐れいったバカだ。

 その時、アンクルはひとつ思い出した。以前、死者と話せるという男の噂を聞いたことがある。このゴーダムでも、それなりの影響力を持ち、トライブのリーダーであるショウゲンすら一目置く存在だと。その名は、渡し屋とか何とか……。

 聞いた時は、アンクルもバカバカしいと思っていた。だが、目の前にいる者は渡し屋ニコライと名乗っている。


「思い出したよ、お前が噂の渡し屋か。だが、お前が本当に死者と話せようが話せまいが、そんなことはどうでもいい。ここで死んでもらうんだからな」


 鋭い口調で言うと、アンクルは刀を振り上げた。一気に間合いを詰め、一太刀で斬り殺す……それで終わり、のはずだった。

 ところが、想定外の事態が起こる。間合いを詰めようとした瞬間、彼の動きは急停止したのだ。

 一瞬、何が起きたのかわからなかった。振り上げた刀が空中で固定され、アンクルは動くことが出来ないのだ。恐ろしく強い力で固定されている。

 アンクルは驚愕の表情を浮かべ、上を見る。すると、岩石を連想させるような巨大な手が後ろから伸び、刀身をしっかりと掴んでいた。

 直後、刀の先端がポキリと折れる。巨大な手は、竹細工でも折るかのように、親指の動きだけで刀をへし折ってしまったのだ。

 アンクルは呆然として、その様を眺めていた。この刀は、トライブの正式なメンバーとなった証として渡されるものである。特殊な製法で作られており、細身ではあるが、ただ分厚いだけの剣よりは遥かに頑丈だ。切れ味に至っては、比較にすらならない。

 だが、その刀がいとも容易く折れてしまったのだ。アンクルは何が起きたのか把握できず、完全に思考が止まっていた。

 さらに、もう一本の手が現れる。二本の手が刀身を掴み、あっさりと奪い取った。

 アンクルはようやく我に返り、慌てて振り向いた。が、途端に口をあんぐりと開け、じりじりと後ずさる。その目には、恐怖の色があった。だが、それも当然であろう。彼の前にいたのは……二メートルの長身、岩のごときゴツい体格、さらに怪物のような顔をした大男である。

 大男はアンクルの目の前で、彼の持っていた刀をへし折った。さらに、細かく砕く。特殊鋼で作られているはずの刀は、いとも簡単に鉄屑と化した。

 その時、アンクルの背後からニコライが近づく。あまりの出来事に、口を開けたまま硬直しているアンクルは、ニコライの動きに気付かなかった。


「あのさ、人前で口開けたまま突っ立ってんの、やめた方がいいぜ。何が入ってくるか分からないし、第一マヌケだよ」


 耳元で囁く声に、アンクルはようやくニコライの存在を思い出した。振り向こうとした瞬間、口の中に何かが入ってくる。小石、いや丸薬のようなもの。


「ま、もう遅いけどね」


 ニコライの声。直後、巨大な手がアンクルの顔に伸びてきた。彼の口は覆われ、次いで上を向かされる。と同時に、丸薬が喉を通り体内へと入っていく。アンクルは、ようやく自分の置かれた状況に気づいた。

 彼も、たくましい肉体の持ち主である。トライブの戦士として生きてきた過去もある。全身の力を振り絞り、手足を振り回して必で抵抗する。にもかかわらず、手は外れない。やがて、アンクルの体に力が入らなくなっていった。意識も薄れていき、そのままへたり込んだ。

 アンクルの意識は、闇に消えた。




 ぼやけた視界に、灰色の壁が映る。アンクルはまばたきし、頭を振った。すると、激しい頭痛に襲われる。しかも、体のあちこちに違和感があるのだ。

 まだ意識ははっきりしないが、何が起きたか知らなくてはならない。アンクルは顔を上げ、周囲を見回す。

 そこは、奇妙な場所だった。石造りの壁に覆われており、部屋の明かりも、どこか暗い雰囲気だ。部屋の半分は鉄格子に覆われた檻のような形状になっており、中には木のベンチが設置されている。言うまでもなく、アンクルはこんな部屋など知らない。


「ここは、どこだ?」


 言いながら、アンクルは痛む頭をさすろうとする。だが、何かおかしい。頭に触れることが出来ないのだ。彼は、己の右手を見てみた。

 右手がない。肘のあたりから、綺麗に消え失せている。


「う、うわあぁぁぁ!」


 アンクルは叫んだ。その時になって、自分の肉体がどういう状態であるかに気づく。

 彼の手足は、肘と膝のあたりから切断されていた。しかも衣服は着ておらず、首には革のバンドらしきものが巻かれている。そのバンドには鎖が付いており、壁と繋がっている。

 まるで犬のように、首輪を付けられ繋がれているのだ……。


「何だよこれ……」


 絶望と恐怖のあまり、今のアンクルはただただ震えることしか出来なかった。何故こんなことになったか、彼には分からない。前後の記憶が、全くないのだ。


「やっとお目覚めかな、お姫さま」


 不意に声が聞こえた。アンクルは、呆然とした表情でそちらを向く。

 そこには、金色の髪の青年が立っていた。洒落た服を着て、にこにこしながらこちらを見ている。

 アンクルは、その青年に見覚えがあった。


「お、お前は……」


「薬のせいで記憶が飛んでるかもしれないから、もう一度名乗るよ。俺は渡し屋ニコライさ。よかったねアンクルさん、あんたはここで、ずっとずっと可愛がってもらえるよ。客が飽きるまで、ね」


 そう言って、クスリと笑うニコライ。


「な、何でこんな――」


「こんなことを、って言いたいのかい? 簡単だよ。あんたは、幼いイートをさんざん犯し、ロッコの手足をもぎ取って捨てた。だから、これから同じ目に遭ってもらう。あんたは手足を失い、変態男たちに犯され続けるペットになる。よかったなあ」


 ニコライは、楽しくてたまらないという表情で語った。だが、その瞳には狂気めいた光が宿っている。アンクルは震えながらも、最後の勇気を振り絞る。


「お、お前、俺はトライブの一員だぞ! 俺にこんなことしたら、ショウゲンさんが黙ってねえ――」


「あんたってバカ? あんたみたいな幼女強姦魔のザコのために、ショウゲンがわざわざ動くと思う? それ以前に、トライブの一員の証である背中のイレズミは、あんたが寝ている間に消させてもらったけどね。今のあんたは、ただの男娼だよ。いや、人犬と呼んだ方がいいかな」


「う、嘘だ!」


 喚きながら、アンクルはどうにか背中を見ようとする。だが、見えるはずがない。必死の形相で無駄な努力を続ける彼を、ニコライはせせら笑った。


「んなことしたって、見えるわけないじゃん。あんた、頭悪すぎだよ。まあいいや、せいぜい頑張って、可愛がってもらうんだね。あんた、結構いい男だから人気出るかもよ。もっとも、飽きられたら終わりだけどね」


 そう言い放ち、ニコライは去っていく。背後から、悲鳴とも咆哮ともつかない絶望的な声が聞こえてきたが、彼は無視して部屋を出て行った。




「本当に大丈夫なんだろうね。あたしは、トライブと揉めるのは御免だよ」


 扉を閉めたニコライの前で、面倒くさそうにぼやいた女がいる。年齢は三十代半ばでニコライより背は高く、肌もあらわな黄色い衣装を着ている。肌は浅黒く髪も漆黒であり、肉感的な肢体と妖艶な雰囲気を合わせ持つ美女だ。道ですれ違えば、ほとんどの男が振り返るだろう。

 もっとも、彼女の名前がクインであることを知れば、ほとんどの男が目を逸らして足早にその場を離れるだろうが。

 そう、彼女はゴーダムの売春婦たちを仕切る組織『アマゾネス』のリーダーなのだ。アマゾネスは売春だけでなく、物流にも大きな影響力を持っている。クインが一声かければ、ゴーダムの物流の半分は止まってしまう。好き好んで彼女を怒らせるバカは、この町にはいない。


「大丈夫だよ。あんまりうるさいようなら、喉切って声出ないようにしちゃっていいから」


 ヘラヘラ笑うニコライに、クインは苦笑した。


「あんた可愛い顔してるけど、とんでもないことするね。恐れいったよ」


「いやいや、クインの姐御ほどじゃないから」


 ・・・


 その頃、ボリスは店番をしていた。とは言っても、この店に客など来ない。大した仕事もなく、ひたすら本を読む毎日である。

 不意に、外から声が聞こえてきた。


「このチビが! 生意気言ってると殺すぞ!」


 罵声の直後、ドスンという音が聞こえてきた。何かが、ドアにぶつかってきたらしい。

 ボリスはため息を吐くと、すっと立ち上がった。店の迷惑にさえならなければ、何をしようが知らぬ存ぜぬを貫くつもりであった。しかし、ドアに傷でも付けられてはたまらない。ボリスは、慎重にドアを開ける。

 店の前に、数人の少年がいた。ひとりが倒れ、その周囲をガラの悪い少年たちが囲んでいる。予想通りの光景だ。ボリスの存在にすら、気づいていないらしい。


「すみませんが、暴れるなら他でやってもらえませんか?」


 ボリスの言葉に、少年たちは一斉にそちらを向いた。邪魔するなとでも言いたげな、敵意を剥きだしにした視線が放たれる。

 だが、その敵意は一瞬にして消え失せる。代わりに、怯えの表情が浮かんだ。ボリスの巨体と恐ろしい顔を前にして、少年たちは震えながら後ずさっていく。

 ボリスが、一歩前に踏み出した。その途端、少年たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。残ったのは、倒れている小柄な少年だけだ。


「大丈夫ですか?」


 言いながら、ボリスは手を伸ばした。少年の腕を掴み立たせる。少年は、呆気に取られた表情でボリスの顔を見ていた。


「どうやら、大した怪我は負っていないようですね。では、気をつけてお帰りください」


 そう言うと、ボリスは向きを変えた。扉を開け、店の中に戻ろうとする。

 だが、声が聞こえた。


「ま、待ってください!」


 その声に、ボリスは立ち止まった。振り向くと、先ほど倒れていた少年がじっとこちらを見ている。体は小さく、痩せている。金色の髪は癖があり、あちこちはねている。気弱そうな顔に精一杯の勇気をみなぎらせ、少年は言った。


「あ、ありがとう、ございます」


「いえいえ、いいんですよ」


 ボリスは、にっこり笑った。もっとも、彼の顔は恐ろしい。たいていの人間は、その笑顔にすら恐怖を感じるだろう。

 だが、少年も微笑んだ。


「僕は、ジムっていいます。あなたは?」


 ややあって、少年が聞いてきた。


「私は、ボリスといいます」


 ボリスは、かつてニコライと出会った時のことを思い出していた。目の前にいる少年は、昔のニコライにどこか似ている。


「もし、困ったことがあったら、いつでも来てください。この店は避難所くらいにはなりますよ」


「い、いいんですか?」


「いいんです。どうせ、お客さまはほとんど来ないですから」





 




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