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監獄都市の渡し守  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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ボリス、昔を思い出す(3)

 ボリスは扉を開け、ニコライの手を引く。

 

「ニコライさん、行きましょう」


 その言葉に従い、ニコライは慎重に歩いていく。

 彼を先導しているボリスは、部屋の様子に圧倒されていた。一見、殺風景な木造の部屋でしかない。家具らしきものは見当たらず、木製の壁と床があるだけだ。部屋の奥には、上に昇る階段がある。

 だが、ボリスには分かっていた。ここには、魔法の力が充満している。彼自身は魔法を使うことは出来ないが、魔力を感知することは出来た。

 ここの住人は、彼の創造主であるフランチェンにも劣らないほどの魔力を持っているだろう。


「ニコライさん、この部屋には何もありません。奥には、上の階に通じる階段があります。行ってみますが、大丈夫ですか?」


「は、はい!」


 ニコライの返事を聞き、ボリスは部屋の奥へ慎重に進んで行く。だが、そこで予想外のことが起きる。階段に近づいたとたん、床が光り始めた。

 と同時に、階段の前に何かが出現した――


「スケルトン、か」


 ボリスは呟いた。彼の目の前には、二体の骸骨がいる。片手には湾曲した刀シミターを持っており、生きた人間のように立ったままこちらに顔を向けていた。

 ボリスは知っていた。これは魔法により作り出された、骨型の動く人形である。自分の意思はなく、自らを作り出した魔法使いの命令に従うだけ。恐らくは、この家の警備兵の役割を担っているのだろう。

 スケルトンは、カタカタ音を立てながら近づいて来る。こちらを歓迎している様子は、微塵も感じられない。


「ど、どうかしたんですか?」


 異変を感じ恐怖に震えるニコライに、ボリスはそっと囁いた。


「大丈夫、すぐに終わります。下がって待っていてください」


 言葉の直後、ボリスは動く――

 巨体に似合わぬ速さで、ボリスは一瞬にして間合いを詰める。スケルトンはその動きに反応し、シミターで切り付けた。普通の人間なら、その一撃で切り殺されていただろう。

 だが、ボリスの皮膚は刃を弾き返した。彼は何事もなかったかのような表情で、両拳を振り上げる。

 次の瞬間、スケルトンの脳天に叩きつけた――

 無造作に振り下ろした拳は、二体の動くしかばねを粘土細工のように簡単に叩き潰す。スケルトンは、本物の屍へと変わった。

 その時、上から声が聞こえてきた。


「あんまり暴れないでおくれ。私は、まだしばらくここで暮らさなきゃならないんだから。用があるなら、階段を上がってきな」


 ボリスは振り向き、ニコライの手を握る。


「今から階段を上がります。気をつけてください」



 

 ボリスとニコライは、奇妙な部屋にいた。大きさそのものは、先ほどまでいた部屋と同じだ。殺風景な点も同じである。だが、この部屋には大きなテーブルと椅子がある。テーブルの上には、様々な物が乗っていた。羊皮紙、奇妙な液体の入ったガラスの瓶、水の入った壺、インクと羽根のペンなどなど……。

 そして椅子に座り、こちらをじっと見つめている女がいる。年齢は三十代のようだが、五十代にも見える。髪は黒く、目は細い。室内だというのに、黒いローブを着ている。

 これが、数百年生きている魔女なのだろうか……さすがのボリスも戸惑い、とっさに言葉が出て来なかった。

 一方、女は余裕の表情だ。怪物そのものの外見をしているボリスを見ても、怯んでいる様子がない。彼女は、面倒くさそうな顔つきで尋ねた。


「また、変わったお客が来たもんだ。あんたら、何しに来たんだい?」


 その問いに、ボリスはためらいながらも口を開いた。


「すみません……その前に、ひとつ聞かせてください。あなたは、西の黒い魔女と呼ばれていたヘルガさんで間違いないですか?」


 すると、女の顔がわずかにほころんだ。


「おやおや、そんな昔の名前を知っている者がまだいたとはね。いかにも、私がヘルガさ。で、あんたらは何の用で来たんだい?」


 その問いに答えず、ボリスはニコライの肩を叩いた。ニコライは頷くと、おずおずと前に進み出る。


「ぼ、僕の名はニコライです……僕は目が見えません。お願いです、この目を治してください」


 ニコライの言葉に、ヘルガはくすりと笑った。


「あんた、何か勘違いしてるようだね。私は、治癒の魔法を使うわけじゃない。あんたの目を治すことは出来ないよ」


「えっ?」


「私は、あんたの目を治せない。ただし、あんたに力を授けることは出来る。そうすれば、あんたの目はふたたび見えるようになる。ただし、あんたの目は見たくないものまで見ることになるけどね」


「見たくないもの、ですか?」


 困惑の表情を浮かべるニコライに、ヘルガは語り続ける。


「そう。もし、私の力を受け継いだら……あんたは、この世とあの世の境目に立つことになる。あんたの目は、死者の姿をも映し出すんだよ。死んだ後も、現世に思いを遺している者たちをね」


 そう言うと、ヘルガはふうとため息を吐いた。少しの間を置き、語り出す。


「今の私がどれだけ言葉を費やそうと、この力の怖さや辛さを教え込むのは不可能だろうね。ただ、これだけは言っておく。私の力を受け継ぐことが出来れば、あんたの目は見えるようになるよ。ただし、物事には代償が付き物さ。あんたは、私に何を支払ってくれるんだい?」


「えっ……」


 呆然となっているニコライに苛立ったのか、ヘルガは険しい表情になった。


「もう一度言うよ。あんたは、目が見えるようになる。その代償として、私に何を支払うんだい? 世の中には、ただで出来ることなんかないんだよ。さあ、何を支払ってくれるんだい?」


 その言葉に、ニコライは下を向きながら答えた。


「ぼ、僕に出来ることなら、何でもします!」


「じゃあ、あんたに何が出来るんだい? 言ってみなよ。果たして、それが、力に見合うものなのかどうか……」


 問い詰めるような口調のヘルガに、ニコライは泣きそうな表情で俯いた。今の彼に、支払えるものなど何もない。

 その時、ボリスが口を開く。


「では、私ならどうでしょう」


「何だって? あんたがかい?」


 尋ねるヘルガに、ボリスは落ち着いた口調で答える。


「ニコライさんの目を見えるようにしてくれたら、私があなたの望みを叶えましょう。私に出来ることなら、何でもします。今は持ち合わせはありませんが、屋敷に帰れば、珍しい高価な品物や魔法の呪文書もあります。ですから、ニコライさんの目を治してあげてください」


 そう言うと、ボリスはじっと彼女を見つめる。すると、ヘルガは視線を逸らし、くすりと笑った。


「そこまで言うなら仕方ないね。だったら、あんたに力を授けよう」


 ヘルガは立ち上がり、ニコライに近づいて行く。

 手を伸ばし、ニコライの額に触れた。ニコライはびくりと反応したが、ヘルガは手を離さない。


「おとなしくしてるんだ。抵抗すると、かえって痛い思いをすることになるよ」


 言葉の直後、ヘルガの手が輝き出した。緑色の、優しい光だ。その光は、ニコライの全身を包んでいった。ボリスは目の前の光景に圧倒され、ただただ立ちすくむばかりであった。ニコライの全身に、強い魔法の力が吸収されていくのが分かる――


 不意に、ニコライの首がカクンと倒れた。脳震盪でも起こしたかのように、意識が消えている……ボリスはハッと我に返り、慌てて近づこうとする。しかし、ヘルガが片手で制した。


「大丈夫、上手くいったよ。この子は今、眠っているだけ……明日になれば、目を覚ます。その時、この子の目は光を取り戻すはずさ」


 言いながら、ボリスの方を向いたヘルガ。じっと彼を見つめ、おもむろに口を開く。

 

「さっき、あんたは言ったね……何でもする、と。その言葉に、嘘はないね?」


 その問いに、ボリスは力強く頷いた。


「もちろんです。私に出来ることなら、何でもやります」


 すると、ヘルガの表情が変わった。真剣な目つきで、ボリスを見つめる。


「ニコライはこの先、生者と死者との境界線を歩むことになる。それは、あまりにも辛く厳しい道のり……その辛さに耐え切れず、生きながらにして悪鬼と化すものもいる」


 ヘルガの視線が、横たわっているニコライへと移った。彼は、寝息を立てつつ眠っている。


「しかも、この子からは闇を感じる。心に、巨大な闇を抱えてる……まだ若いのに、哀れなものさ。いつか、この子は本物の悪魔になってしまうかもしれない。そうならないよう、あんたに傍らにいて欲しいんだよ」


「私が、ですか?」


「そう、あんたにしか出来ないことさ」


 そう言って、ヘルガは微笑む。だが、その瞳には哀しみの色があった。


「あんたは強くて、知識もある。それに……あんたなら、この子の運命を変えられるかもしれない」


「どういうことです?」


 ボリスの問いに、ヘルガの顔は歪んだ。


「この力を授かった者は、必ず不幸になる。これはね、呪いみたいなものなんだよ……強大な力を得れば、相応の何かを失う。まして、この子は闇を抱えている。死者の闇、そして、己自身の闇……いつか、その両方がこの子の全てを飲み込むかもしれない。だからね、あんたにニコライを導いてあげて欲しいんだよ」


「私に、そんなことが出来るのでしょうか?」


「出来る……というより、あんたに出来なきゃ、他に出来る奴はいないよ」


 そう言うと、ヘルガは微笑む。


「この世界は、神の定めたことわりに従って動いている。我々人間ひとりの意思なんか、その理の前には無力……風の前の塵みたいなもんさ。でも、あんたは違う。あんたは、人間の手で生み出された人間……いわば、自然の理の外に立つ存在。そんなあんたならば、この子の運命を変えられるかもしれない」


 ・・・


 ボリスは、ふうとため息を吐いた。

 あの時……彼の本音をいえば、ニコライに諦めて欲しかった。そのため、わざと険しい山道を通り、ニコライに苦しい思いをさせた。さらに、オーガーとの闘いの時も大袈裟な音を立てて恐怖心を煽った。

 全ては、ニコライを挫けさせるためだった。こんなにも辛く苦しい思いをするくらいなら、目が見えないままでいい……そう考えて、諦めて欲しかった。諦めてくれれば、今まで通りに友だちでいられるから。

 ボリスの醜い顔を、見せなくて済むから。 


「私は、最低だ」


 ボリスは呟いた。

 あの時の彼は、弱い心に支配されて嘘をついていた。嘘というほどではないにせよ、真実を告げずニコライを苦しめたのは確かなのだ。

 ボリスが彼を担いで山を登れば、簡単に魔女の家に到着していたのに。

 しかし、ニコライは諦めなかった。怪物の恐怖に耐え、道の険しさにも負けずに歩き続け、頂上へとたどり着いのだ。

 そして、視力を手に入れた。しかも、ボリスの醜い顔を見た後も、ニコライは以前と全く変わらぬ態度で接してくれている。

 ニコライに負けた……その事実が、ボリスの心に刺さったままだ。




 今になって、時おり考えることがある。ニコライは、果たして幸せになったのだろうか。

 ニコライは今、渡し守として生きている。死者の心遺りを叶えてやり、同時に生者をあの世に渡す役目も果たしている。否応なしに、人間の心の闇に触れることとなる。

 しかも、時には悪霊と接触することもある。怨みを遺したままに、現世をさまよい続ける死者は……いつしか、自分が何者であったのかさえ忘れてしまう。やがて死者は悪霊と化し、人間に取り憑き災いをもたらす存在となるのだ。そんな悪霊と、やり合うこともある。

 その上、この街ではニコライは一目置かれる存在だ。トライブやユーラックのような、大物の悪党連中とも関わらざるを得ない。


 そんな日々を過ごすうちに、ニコライは変わってしまった。知りたくもない心の闇に触れ、多くの罪人たちをあの世へと渡してきた。

 今はまだ、人の心を保っている。だが、いずれは人間をやめてしまうのではないだろうか? いつかニコライは、身も心も怪物と化してしまうのでは?

 もし、そんなことになってしまったら……誰の責任だろう。


「そんなことはさせない。私が止めてみせる」


 ボリスは、そっと呟いた。



 







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